推し古墳探しのポイントは「入れる」「被葬者」が重要。その理由とは

2020.1.25
赤坂天王山古墳

文=摩弥子


実は全国に、コンビニの3倍ほどの数がある“古墳”。歴史の授業で学んで覚えている人は多いと思うが、要は墓だ。3世紀後半から存在する古代の墓。そんな古墳に夢中になる人は多い。ライターの摩弥子は特に「入れる」古墳を目当てにしている。古墳に入るというのはどのような体験なのか。“静謐な異界”と表現した、古墳見学の様子を鮮明に描き出す。

※本記事は、2017年4月24日に発売された『クイック・ジャパン』vol.131掲載の記事を転載したものです。

古墳の中から君へ

古墳好きが集まると「推し墳はどこ?」と尋ね合うことがある。推している古墳で『推し墳』。現存する古墳は全国で約16万基、コンビニの3倍もある。見所や特徴はさまざまあり、一基だけの推しをあげるのはむずかしい。まだまだ推しを見つける旅の途中なのだ。

古墳巡りをはじめてから、多くの仲間もできた。出向いた先の古墳で偶然出会った「古墳にコーフン協会」のみなさんは、従来の考古学ファンにはなかったカジュアルな古墳の楽しみ方を広めている。協会を率いるまりこふんさんは古墳の歌を作って歌う古墳シンガーであるし、縄文時代が本命の人や、神社や城巡りの延長で来た人など、魅力の感じ方や楽しみ方もそれぞれにある。古墳を目的に旅に出なければ、一生訪れることもなかった土地や生活、人。それらとわたしをつなげるのが3世紀後半から存在する古代の墓というのがおもしろい。

わたしは「石室派原理主義」を自称し「入れる」横穴式石室の古墳を特に目当てにしている。最初にいても立ってもいられず古墳へ向かったきっかけは、入れる古墳があることを知ったからだった。そしていざ現地で石室内の独特な空気を味わうと、神秘的な空間のあり方にすぐ魅了された。暗がりの先に鎮座する石棺の存在は「具体的にここに亡骸が安置されていた」という情景を想起させ、一切の畏怖もなくいられるかといえばそうではない。異界に足を踏み入れたと意識させられるし、圧倒もされる。死でも生でもない空間が現代まで粛々と残ってくれていた感動と、時代を超えて古代に導かれたような魂に刺さる記憶が残る。

もうひとつ『中の人』も気にしたい。中の人、つまり被葬者だが、古事記・日本書紀である程度特定された名前があると、キャラクターや死に様など学習でき、想像して楽しめる。神と人間の境界が曖昧な、バッキバキのファンタジーを元に「神」として描かれた存在やその子孫の墓が実際に造られ、現存してるという古墳の設定最高。現代人が古代史の真実を見ることは叶わないが、現地へ行けば感じ取れるなにかがあるのかもしれないし。

奈良県桜井市の赤坂天王山古墳は、政変で暗殺された崇峻天皇が被葬者といわれている。わたしの推し墳のひとつだ。蘇我馬子の部下に討たれ、その日のうちに埋葬された場所というきな臭さ、「呪われたりするんじゃ?」と、現地で食らうであろうアドベンチャーの予感に気が昂った。

開口部が土砂で埋まって狭まり、ほふく前進で進まないと入れない石室だが、意を決して滑り込む。「今地震が起こったら、ここで死ぬのか。まあいいか、ここも墓だし」という尻込みからの開き直りが毎度よぎる。上半身を羨道(えんどう)に取り込まれた時点で、しんとした気配と、外気とは違う温度、土っぽく原始的な匂いはどこかなつかしく嫌いじゃないかも、と思う。身を起こすと、身の丈の倍はゆうに超える高い天井の空間が広がっている。鎮座する家形石棺は胸の高さほどあるが、圧迫なくそれを包む空間。ていねいに封をするように、巨石で堅牢に綿密に組んである。石棺をライトで照らし、暗がりに慣れた目で周囲を見渡す。神妙で、生活の影が届かない玄室内で、息づかいが反響している。暗い石室のなかから外の光をぼんやり見つめていると、崇峻天皇はもう暗殺のことなんか気にしていないように思えた。屈託ない外の様子に、時の流れの威力らしいものを感じ、すとんと納得させられた。

もしまだ古墳見学をしたことがなければ、ぜひ出かけてみてほしい。静謐な異界がそこにあると約束する。

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