愛するマッサージを邪魔する電車の音。電車はどこへ向かうのか<金井球「マインド・オーバー・マッサージ」>
雑居ビルにひっそり店を構えるマッサージ屋さん、顔も名も知らぬ誰かに体を委ね、徐々に意識が遠くなっていくその一瞬、金井球の脳内に広がる美しきワンダーランドをお届け。
「わたしは思い立ったらすぐにからだを揉まれたいのだ。はやく、知らない場所で知らない人にからだを揉まれたい」という“へんな願望”を持つほど、マッサージを愛する金井球による新連載「マインド・オーバー・マッサージ」。
初回は、マッサージ中にいつも聞こえてくるという電車の音について。音はどこから届き、電車はどこへ行くのか、彼女の脳内をお届けする。

※本連載は、2026年4月13日発売の『Quick Japan』vol.183にも収録しています
【第1話】電車はどこへ向かうのか
がたんごとん、がたんごとん、シュー……て感じの音。背中を押す親指の強さに悶(もだ)えながらも、遠くで電車の音がするたび、わたしの意識はだんだんとそちらにひっぱられていく。遠くといえるほどの距離から聞こえる音でもないはずだ、新宿駅南口出てすぐのマッサージ屋にいるのだから。
そういえば、電車の音はいつも遠くのほうから聞こえてくる気がする。
がたんごとんが響くたび、わたしの頭の中にはある映像が浮かぶ。これは、秋の、山? 全体的にだいだいがかってゆく途中という感じの山の中に一本とてもしっかりした橋がかかっていて、それは線路で、電車が右奥から手前のほうへ、山の中をのんびりと進んでいる。のを、上のほうから見下ろしている。わたしの思い出の中の映像にしてはいささかきれいすぎるその光景は、だれ視点? この電車は、どこへ向かっているんだろう。

おじさんとわたしは揉み・揉まれるために出会う
いつでもマッサージに行きたい。
それは20分前のこと。わたしは雑居ビルへそそくさ向かっていた。肩の凝りをわずかに意識した瞬間、考える間もなくマッサージを予約した。いつものことだ。現在地からの経路を検索したところ、すこし急がなくては予約に間に合わないようで、だからわたしは急いでいる。
余裕を持って予約すれば?いいえ、わたしは思い立ったらすぐにからだを揉まれたいのだ。はやく、知らない場所で知らない人にからだを揉まれたい。我ながらへんな願望だと思う。
新宿駅南口の雑踏をあらかた抜け終わり、しかるべき角を左に曲がれば、人並みは急にきえて静寂である。
思わず身構える。たどり着いたのは、これぞ「雑居」。え、これって壊してる途中ではないですよね?という佇まいの雑居ビル。ちんちくりんの侵入を拒むように6階を経由しやってきたエレベーターにふんと飛び乗る。4階へ。あやしげな不動産屋・わたしのそれとは目的のちがうむらさき色のマッサージ屋などが雑に店を構えるなか、角にみどり色の看板が見える。ここだ。恐る恐るドアを開けた。なんの変哲もないちいさな部屋。奥にはふたつの茶色いベッド。手前にひとりのおじさん。さっきホームページで見た、「肩甲骨まわりが得意」な彼である。急な予約を把握できていなかったのか、観ていた動画を急いで停止し、手元のパソコンを確認している……。
通されたベッドの上には、くたびれたミッキー柄のパジャマが置いてあり、この店の歴史をわたしに一瞬で感じさせた。
言われるがまま着替えを済ませうつぶせになる。そうそう、この枕。この枕に顔をはめると、うし。マッサージ屋にきたぞ。って感じがする。おじさんとわたしは揉み・揉まれるために出会い、これから目的を遂行するのだ。
そしていま。おじさんがわたしの肩甲骨付近を猛烈なパワーで指圧しています。これが本当に痛いのだが、わたしがもうすこし強めで大丈夫ですと言い出したのだから仕方のないことだ。我慢できるなら強めに押してもらえたほうが得に決まっている。強いほうが圧倒的に効いてる感じがする。いたい、きもちい。委ねてみたい。次第に、おじさんが他者であることをからだは忘れていく。
頭の中はかっこうつけで、ほぐれてくれない
がたんごとん。意識がほどけていくのを邪魔するように、頭のなかで景色はどんどん鮮明になる。電車走る。どんどん走る。葉っぱはこんなに紅かったかしら。ふと、この映像はテレビサイズに切り取るとかなりバランスがよいことに気がついた。
テレビだとするなら、きっと『マツコの知らない世界』だと思う。『マツコの知らない撮り鉄の世界』てきなものを見ているとき、ふいに脳裏に焼きついた写真なのかもしれない。
『プレバト!!』の俳句のテーマの可能性も出てきた。梅沢富美男の昇段がかかっただいじなお題。秋の鉄道で、一句。好きなテレビ番組を聞かれればわたしはこのふたつの名前をあげる。
もちろんほんとうに好きではあるが、毎週かじりついて観ているわけではない。なんとなく知的な感じがするのでそう言っているだけである。わたしはかっこうつけなのだ。自分ひとりの頭の中ですら。恥ずかしい。
がたんごとん。木々が右上へながれていくだけで景色はなにも変わらない山の中。どこにたどり着くのかを見届けたい自分がいる。わたしがイメージしなくては到着駅もなにもないというのに。滝も川も。もしや、目標を設定して行動しろよ、みたいなことを無意識がわたしに伝えようとしているのかもしれない。人生のメタファーが電車なのは、ちょっとひねりがなさすぎる。才能ナシ。
骨のきわをぐっと押されて正気に戻る。痛そうな声を漏らしてしまったようだ。「力強いですか?」と聞かれ、思わず「だいじょうぶです」と即答してしまう。いたいです。たすけて。そこはもう骨ではないですか。そう言い出せないのは、自分へのつよがりだ。からだはとっくにほぐれているのに、頭は一向に素直になってくれない。
マッサージが終わった瞬間から、もうわたしは知らない人にからだを揉まれたい
電車はどこへ向かっているのか。知らない。答えはない。それなのに考えてしまう。くやしい。せっかくのリラックスタイムをこんな思考で埋め尽くしていいものか。寝ろ、寝るんだ。気づけばいつも、リラックスとはほど遠い、しょうもない考えごとに興じてしまっている。
寝ろ寝ろ寝ろ、と思えば思うほど、電車がスピードをあげていく。あまのじゃくな脳みそを恨んでも意味がなさそうだし、もういっそ楽しむしかないのかもしれない。電車走れ、どこにも着くな!
お疲れ様でした。と言われるタイミングは大体わかる。くせのある日本語に従い起き上がると、わたしは茶色いカーテンに覆われたベッドの上にいた。ベッドに腰掛け、さいごに肩首をすこし揉んでもらいながら、ゆっくりと他者同士であることを思い出していく。
ミッキー柄のパジャマを脱いで、自分の服に着替えながらさっそく伸びをした。がたんごとんと揺られて家へ帰ろう。マッサージが終わった瞬間から、もうわたしは知らない人にからだを揉まれたい。

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