天才芸人バカリズムが、天才脚本家でもある4つの理由を考察する

2025.10.5

文=竹島ルイ 編集=田島太陽


脚本家としてのバカリズムには、「型」も「感動」も「王道」もない。あるのはただ、「設定」だけで引っ張る圧倒的な構造力と、セリフひとつで世界を浮かび上がらせる冷静な距離感。

バカリズム脚本作品では、『ブラッシュアップライフ』や『ホットスポット』が人気を博し、映画『ベートーヴェン捏造』も公開された。

芸人として培った感覚をそのままに、ドラマの中で“笑い”と“リアル”を共存させる独自の作劇術と、その魅力の正体を4つのポイントに分けて読み解いていく。

“脚本芸人”のトップランナー、バカリズム

ひと口に脚本家といっても、デビューまでの流れは千差万別だ。

野木亜紀子(『アンナチュラル』、『MIU404』):ドキュメンタリー制作会社を経て脚本家に転身
吉澤智子(『あなたのことはそれほど』、『きみが心に棲みついた』):ケーブルテレビのアナウンサーから転身
古沢良太(『リーガル・ハイ』、『コンフィデンスマンJP』):漫画家から転身
鈴木おさむ(『ハンサム★スーツ』、『極悪女王』):放送作家出身
君塚良一(『踊る大捜査線』、『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』):放送作家出身

王道なのは、人気劇団の劇作家がテレビ・映画に進出するパターン。

三谷幸喜(『古畑任三郎』、『王様のレストラン』):東京サンシャインボーイズ
宮藤官九郎(『タイガー&ドラゴン』、『不適切にもほどがある!』):大人計画
上田誠(『サマータイムマシン・ブルース』、『リバー、流れないでよ』):劇団ヨーロッパ企画

など、枚挙に暇がない。

19歳でフジテレビ・ヤングシナリオ大賞を受賞し、そのまま第一線で活躍し続けている坂元裕二(『大豆田とわ子と三人の元夫』、『ファーストキス 1ST KISS』)は、異例中の異例といっていいかもしれない。

多士済々の才能がシノギを削るこの世界で、最近特に増えてきたのが、お笑い芸人が執筆するケース。大昔は漫才のネタは専門の作家が書いていたが、今では芸人本人が作っているのだから、資質は十分。この流れは、ゼロ年代からすでに始まっていた。裏方に転身した元芸人が、この世界に足を踏みいれるケースが増えたのだ。

西田征史(『アフロ田中』、『信長協奏曲』)
金沢知樹(『サンクチュアリ -聖域-』、『クジャクのダンス、誰が見た?』)

などが、芸人を引退して人気脚本家となった代表例といえる。だが現在では、現役の人気芸人がドラマ・映画を手がけるようになってきている。

シソンヌ・じろう(『美人が婚活してみたら』など)
ヒロコヒー(『トーキョーカモフラージュアワー』で脚本家デビュー)
吉住、空気階段水川かたまり、かもめんたる岩崎う大(オムニバス『脚本芸人』)

出演する俳優の知名度だけではなく、脚本家自体に訴求力があることも、現在ではドラマ作りの重要な要素になってきている。おそらくこれからも、“脚本芸人”の流れは続いていくことだろう。そして、

そのトップランナーをひた走る存在こそ、バカリズムなのである。

バカリズム脚本の魅力①:インプットなしでアウトプットできる発想力・展開力

バカリズムは、今の芸能界でトップクラスの実力・人気を誇るピン芸人だ。

『家事ヤロウ!!!』や『私のバカせまい史』など、多数のバラエティー番組MCを担当するかたわら、『アメトーーク!』や『水曜日のダウンタウン』といった人気番組に不定期に出演。俳優活動や雑誌連載、単独公演もある。超多忙なスケジュールの合間を縫って、ハイペースで脚本作品を世に送り続けている。

きっかけはおよそ10年前、人気オムニバスドラマ『世にも奇妙な物語』のオファーが舞い込んだことだった。

「短編ならコントと同じような感じでいける」

バカリズム「“今回も面白かった”ということをちゃんと褒めてほしい」 - スイッチインタビュー - NHK

と軽い気持ちで快諾。すると今度は、連続ドラマの執筆を依頼される。さすがに最初は驚いたというが、それでも「おもしろそう」という気持ちが上回って、これも快諾。竹野内豊演じるタクシー運転手が、乗客を過去に連れて行って「選択のやり直し」をさせるSFチックなコメディドラマ、『素敵な選TAXI』を執筆した。

このドラマのチーフ監督を務めた筧昌也は、インタビューで

「(バカリズムは)必要以上にドラマを観てないからこそ自然とできたことなのかも。やっぱりドラマや映画をたくさん観ている人は、無意識レベルで発想が縛られちゃっているかもしれない」

バカリズム×筧昌也が語り合う『素敵な選TAXI』の挑戦、そしてスペシャル版で描こうとしたこと|Real Sound|リアルサウンド 映画部

という発言をしている。

これは脚本家バカリズムを考えるうえで、非常に重要な指摘だ。大喜利No.1を決定する『IPPONグランプリ』で、歴代最多となる6回の優勝を飾っていることでも明らかなように、バカリズムの発想力は他の芸人を圧倒している。

古くから親交のある放送作家のオークラが、

「昔からバカリズムは、コントの中で1個ルールをつくって、そのルールをうまい具合に笑いにつなげるのが天才的なんですよ」

バカリズム×オークラが語る、脚本、芝居、笑いについて 「ずっととんがり続けている」|Real Sound|リアルサウンド 映画部

と語っている通り、彼には設定ひとつから物語を大きく膨らませる能力が備わっているのだ。

生粋の映画好きを公言している品川庄司の品川祐は、自作に深作欣二やクエンティン・タランティーノ映画の雰囲気を再現したかったと発言している(サンブンノイチ インタビュー: 品川ヒロシ監督×藤原竜也 映画へのたぎる思いぶつけた「サンブンノイチ」 - 映画.com)。

だがバカリズムの場合、そのような参照元は存在しない。復讐のために殺人計画をたてるプロセスを丹念に描いたら?という発想で『殺意の道程』を、何度も人生をやり直すことができたら?という発想で『ブラッシュアップライフ』を、仕事の同僚が宇宙人だとカミングアウトしてきたら?という発想で『ホットスポット』を書き上げたのだ。

しかも恐ろしいことに、バカリズムは『ホットスポット』について

「最終的にどうなるのか自分自身にも見えないまま書き始めたんです」

『ホットスポット』バカリズムに聞く“リアリティ”の生み方 「絶対重要なセリフは特にない」|Real Sound|リアルサウンド 映画部

とインタビューで語っている。あまりにも殺人的なスケジュールのため、そのようなやり方しかなかったのかもしれないが、それにしてもとんでもない作劇術。最終的な目的地が決まらないまま、手探りでストーリーを紡いでしまうのだから。

明確なゴールなし、綿密なリサーチにかける時間なし、ドラマ・映画のインプットなしで、シナリオをアウトプットしてしまう発想力・展開力。

「書くスピードが速いんですよ」

『ブラッシュアップライフ』小田P、バカリズム脚本に感服「全て計算していたみたいに」

と『ブラッシュアップライフ』の小田プロデューサーが証言しているくらいだから、脱稿するまでの速度も尋常ではないのだろう。唯一無二の才能から産み落とされたシナリオは、“バカリズム的”としかいいようのない魅力に満ちている。

では、ここからは具体的にその特徴を見ていこう。

バカリズム脚本の魅力②:井戸端トークのようなセリフ回し

バカリズム作品では、お馴染みのメンバーがお馴染みの場所で会話をするのが鉄板。『素敵な選TAXI』では、主人公のタクシー運転手が行きつけの喫茶店(マスターを演じるのはバカリズム自身)に足繁く通っていたし、『黒い十人の女』でも、愛人たちがいつも同じカフェでケンカを繰り広げていた。

そして近年、その会話はもはやストーリーに寄与するものではなく、井戸端トークそのものが楽しいというフェーズに進化している。『架空OL日記』の更衣室、『ブラッシュアップライフ』のレストラン、『ホットスポット』の喫茶店で、主人公たちはなんの変哲もない日常会話を喋り続ける。

だがバカリズム作品の場合、ひとりだけ見た目がおじさんのOLが紛れ込んでいるとか、普通のおじさんっぽいけど実は宇宙人だとか、シュールな設定をカマしているために、単なる女子会トークでは終わらない。会話が日常的であれば日常的であるほど、非日常的な設定が際立つという構造になっている。

たとえば坂元裕二であれば、瑛太に「結婚は3Dです。打算、妥協、惰性。そんなもんです」と言わせてみたり(『最高の離婚』)、松たか子に「恋愛感情と靴下の片方はいつかなくなります」と言わせてみたり(『ファーストキス 1ST KISS』)、一度聞いたら耳にこびりついて離れないパンチラインを繰り出すことで視聴者に深い余韻を与えるのだが、バカリズムはセリフの強度ではなく、設定の強度を高めることで、どこにでもあるような日常会話をクスリとさせてしまうのである。

バカリズムはセリフの強度ではなく、設定の強度を高めることで、どこにでもあるような日常会話をクスリとさせてしまうのである。

バカリズム脚本の魅力③:シスターフッドを切り取るフラットな視座

『池袋ウエストゲートパーク』、『木更津キャッツアイ』、『タイガー&ドラゴン』……。ゼロ年代・テン年代のテレビドラマを牽引したのは、間違いなく宮藤官九郎だった。これまでの伝統的なファミリードラマに、厨房男子的感性(&ヤンキー的感性)をプラスさせることで、軽快な群衆劇を次々に発表。彼は一貫して、ホモソーシャル的な空間を描いてきた。

高校時代は野球部に所属し、下積み時代はバナナマンの日村勇紀と同居していたというバカリズムも、本来はホモソーシャルにどっぷり遣っていた側のはず。だが不思議なことに、彼が描く世界は女性同士の連帯であり友情だ。『ブラッシュアップライフ』や『ホットスポット』はもちろん、愛人たちが敵対する『黒い十人の女』でさえ、最後はなぜか奇妙なシスターフッドが築かれていた。

『ブラッシュアップライフ』が第115回ザテレビジョンドラマアカデミー賞の脚本賞を受賞した際に、バカリズムは

「わざわざ“女性の気持ちになって女子トークを書こう”としたわけではなく、“男でもこういう会話ってするよね”という感覚」

脚本賞 受賞インタビュー バカリズム | 第115回 - ザテレビジョンドラマアカデミー賞

と語っている。

つまり彼のなかでは、ホモソーシャルとシスターフッドのあいだに差異はないのだ。

にも関わらず、彼の作品は女性からも「男性目線を感じさせない」という評価を得ている。よくよく注意してみると、バカリズム脚本には「駅前に美味しそうなケーキ屋ができた」みたいな会話はあっても、生々しい恋愛話はほとんど登場しない。これは想像だが、バカリズム本人がその手の話を普段からしないのではないだろうか。

シスターフッドを切り取るフラットな視座は、ことさらシスターフッドであることを意識しないことで生まれている。

バカリズム脚本の魅力④:アンチドラマティックな作劇

『ホットスポット』のキャッチコピーは、「SF史上かつてない小スペクタクルで贈る、地元系エイリアン・ヒューマン・コメディー!」。その看板に偽りなく、本当にこのドラマは小スペクタクルな物語だった。

日本政府が宇宙人を捕縛するような話にはならないし、UFOが富士山麓に現れることもない。いつも猫背のおじさん宇宙人が、天井に挟まったバレーボールを除去するような、アンチ・ドラマティックな物語。バカリズム脚本は、

必要以上にドラマティックに高揚させないし、必要以上にカタルシスを発動させないのである。

どんなに些細な日常でも、右斜め上の独自視点で世界を覗き込めば、そこにはちょっとだけ新しい風景が広がっている。それはまさに、バカリズムのフリップ芸のよう。多くの人たちが見逃している小さな出来事を、顕微鏡のように拡大し、独自の解釈を加えることで、そこはかとないユーモアが生まれる。芸人バカリズムの芸風が、そのまま脚本にも活かされている。

9月からは、彼が脚本を務めた映画『ベートーヴェン捏造』が全国で公開されている。監督は、『地獄の花園』や『ケンシロウによろしく』でタッグを組んだ関和亮。すっかり大物脚本家となったバカリズムは今後どんな世界を見せてくれているのか。願わくは、いつの日にかバカリズム脚本の朝ドラ、大河ドラマが作られることを!

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竹島ルイ

映画・音楽・テレビを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン『POP MASTER』主宰。