「作り込んでいない感」だと思っていたもの
数年前、生で初めて三四郎の漫才を見たとき、ネタ中に小宮が興奮しすぎてメガネがズレてこめかみに引っかかってしまったのだ。思わぬハプニングと小宮のアタフタぶりに会場は大爆笑。それを見た僕は
「あんなハプニングすら笑いに変えるなんてやっぱりプロの芸人はすごい。笑いの神が降りた」
そんな安直な感想を持っていた。が、その後日、たまたまやっていたネタ番組で三四郎がそのときとまったく同じ漫才をしていて、目を疑った。まったく同じ場面でまったく同じ角度にメガネがズレていたのだ。
え、、、じ、じゃあ、あのとき、まったくの偶然だと、ハプニングだと思っていたメガネのくだりは、す、すべて、「計算」だった……?
そう、われわれが三四郎を見てその場その場の笑いだと思っていたものはすべて「台本どおり」だった。アドリブにしか見えない偶発的な笑いすらホンにする企画力、どの場面でどういう動きをしてどういうメガネのズレ方をすれば一番ウケるのか、それらをすべてを同じタイミングで再現できる表現力、その後のリカバリーすらハプニングだと思わせる演技力、すべてが想像を遥かに超えていた。
三四郎に笑いの神が降りたんじゃない、三四郎が笑いの神を引きずり降ろしたのだと気づいたとき、あのチャーミングなメガネが何よりも恐ろしく見えた。
以前、テレビ東京の番組『ゴッドタン』の企画「この若手知ってんのか2019」に登場した一切ネタを作らずアドリブのみで漫才をするパラダイスメンという芸人が「三四郎の漫才はずっとアドリブ漫才だと思っていた。だからネタを作らなかった」と言っていたが、同業者すら簡単に騙されてしまうのだ。われわれ素人が三四郎の仕掛けた罠に抗うことはできるはずがない。「作り込んでいない感」などと評した自分が恥ずかしくなった。
もはや何が台本で何がアドリブなのかわからない。ハプニングすら計算し、欺き、笑いにするお笑いライアー・三四郎。どこまでが計算なのかは本人だけが知っている。
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