俺はもうBUCK-TICKを知っている(諭吉佳作/men)
『Quick Japan』のコンセプト「DIVE to PASSION」にちなんで、「私だけが知っているアツいもの」について綴るコラム企画「DtP」。
でんぱ組.incへの楽曲提供などでも知られる2003年生まれのシンガーソングライター・諭吉佳作/menが、「いつからか当然にその名前を知っている。でも自分と関係のあるものだと考えたことがなかった」というBUCK-TICKを初めて聴いたのは、2023年にリリースされた『異空 -IZORA-』だったという。
ここでは『Quick Japan』vol.174(2024年10月9日発売)には収まりきらなかった、諭吉佳作/menとBUCK-TICKの邂逅、その全文を掲載する。
『異空 -IZORA-』との出会い
勝手に、このコラム企画のテーマ「私だけが知っているアツいもの」を皮肉に感じた。むしろBUCK-TICKの魅力を今の今まで知らなかったのが、俺だけなんじゃ?
いつからか当然にその名前を知っている。でも自分と関係のあるものだと考えたことがなかった。言い訳をするなら、“名前だけはずっと知っていたアーティスト”を聴くきっかけは生まれづらいものだと思う。
おそらく2023年の『異空 -IZORA-』リリース直後のことだ。Apple Musicの新着にそのアートワークが表示され、退廃的なデザインの好きな俺はすぐにライブラリへ追加した。モーションも印象深い。2羽の鳥が飛び交って永遠の記号を描く、優美な姿に惹かれたのだった。
“異空”、読みは不明だがなんとデカダンなシルエット。うっとりする。ただそこに“BUCK-TICK”とあるのを確認して、衝撃を受けた。先入観さえないくらいBUCK-TICKのことを知らなかったのだから驚くのはおかしい。自分に驚いたのだ。俺は人生のここへきてついにあのBUCK-TICKを聴くことになるのか!とやや幽体離脱気味に。しかし、1曲目のインストゥルメンタル「QUANTUM I」を気に入りすぎたためか、長らく2曲目に進めなかった。
とにかくマジでかっこいい
機運と言うしかない。『異空』の全曲をやっと聴いたのは今年の5月28日だ。2曲目以降歌ものが続く。アートワークからも感じられたダーティーな雰囲気。まずは低音から高音までおどろおどろしく、ボーカルは悲痛にもどこか鷹揚(おうよう)にも響いた。自責が、そして祈りが空想が哀愁が、創意的なアレンジで届いてくる。
“あのBUCK-TICK”という視点があった1周目、俺の準備は完璧とはいえなかった。でも2周、3周とするうちにそこを真に心地よいすみかにできるであろうと確信していた。実際そうなった。初めは「SCARECROW」「THE FALLING DOWN」「Boogie Woogie」の3曲を特に気に入った。徐々に全曲と溶け込んでいく。ミュージックビデオを遡り始めた。音源は今だんだんと聴き進めているので未聴の作品がたくさんあるが、新旧さまざまが新たに俺個人の歴史に加わっていくその不思議な感覚を、ゆっくり味わっている。
BUCK-TICKの何が急速に俺の胸を打ったのか。耽美/退廃的なバンドの美的感覚に共鳴したのを前提に、蓋を開けてみれば音楽性は多様だ。演奏の確かさはもちろん、創造される空間の力が凄まじい。それは闇の中へ蜘蛛が巣をかけるような極めてまっくらなものもあれば、幸福な陶酔のシャワーに抱かれるようなものもある。妖美な目配せに誘われるが、戯(おど)けと狂乱の最中煙に巻かれる。夢の中を浮遊し、愛と命に思いを馳せ、寛大なスウィングとステップを踏み遊ぶと、俺たちは多くのリズムを体内に再現することとなる。
闇に居て人の内省に寄り添う。逡巡をからかう。またそれと同じ口で、平和を祈って見せてくれると、どれだけ心救われるか。
学生時代に出会いメンバーチェンジなく、長く独自の音楽性を築き続けるというのはまったくバンドの夢みたいな話で、憧れの的で、無謀にも嫉妬に狂う。櫻井敦司氏の玲瓏(れいろう)、今井寿氏の発砲の声、そのかけ合いなんかもたまらない。髪を立てていようがいまいが、BUCK-TICKという5人には独特な華がある。もっと昔に知っていたら、確実に俺は右手でコードを押さえようとしたと思う。
新旧の作品多くを押し並べて聴けるこの時代にそんなに流行っていない説だとは思うが改めて、「古い作品」が今から見ては古く、だから最近の作品より格好悪いというのはナンセンスだと実感する。時代背景や機械技術の変移はあるとしても、時代の匂いや懐かしさを感じられることと古びていることとは別だ。鮮烈なものはどれだけ経っても鮮烈さを隠さない。
いろいろ書いてはみたが、つまりとにかくマジでかっこいいということだ。
BUCK-TICKがあってくれる人生がスタートした
触れなければ嘘になるのは、櫻井氏が『異空』を遺作に亡くなっていることだ。櫻井氏とは偉大なるBUCK-TICKの櫻井敦司であり日本を代表するボーカリスト・作詞家なのだと、俺が知ったのは今さらだった。引退や解散、逝去、今までどおりとはいかない、それは当然で、もっと早くに知っていれば生で歌声を聴く機会にも恵まれたのかもしれないと無理な葛藤をするのも、よくあることだ。
『異空』。遺作になる前最後の機会をつかみかけたのに、遺作になってからしかその声を聴いたことがない。十数年前の自嘲的に道化(どうけ)たフレーズも、近年の深く包容する歌声も、俺にとっては並列に記録で、すべて含め歴史として、何かを超越した何かとも見えてしまう。(こんな勝手を言われたら、やはり<人気者はごめんだ>ろうが……)自分はこんななので、生前からのファンがどんな心持ちなのかは想像することも憚(はばか)られた。
近頃タイムラインにファンらの投稿が流れてくる。その心情を垣間見ると、執筆も躊躇した。でも同時に、音楽がどんな誰のもとにもそのままの純度でそこにあり、あり続けることに気づく。なにより、BUCK-TICKは新作を制作中である! なんて頼もしいんだろうか? 生きていくということを、教えられている気がする。
それに、俺はもうBUCK-TICKを知っている。俺の生活に当たり前のようにBUCK-TICKがあってくれる人生がスタートしたのだ。いつも聴ける! もし、もし仮に急に聴かなくなったりしても、もう知っているので、いつでも戻ってこられるのである。それは知らなかったころとは全然違うのである。
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