サンドウィッチマン『病院ラジオ』が“少し”和らげてくれる「ひとりぼっちの孤独」

『病院ラジオ』より (C)NHK

(C)NHK

文=村上謙三久 編集=森田真規


お笑いコンビ・サンドウィッチマンが全国の病院に出張して特設のラジオブースを設置、その病院内のみで聴ける1日限定の番組を放送するドキュメンタリー番組『病院ラジオ』。

「患者さんやご家族の声を聞く超ローカルな音楽リクエスト番組」としてNHKで不定期に放送されている『病院ラジオ』は、テレビ番組ながら「人に寄り添うメディア」と言われているラジオならではの魅力が詰まっている。

そして『病院ラジオ』の視聴経験は、どんな人でも抱くことがある「誰かに打ち明けたいけれど、誰にも言えない思い。ひとりぼっちの孤独」を少しだけ和らげてくれる──。

サンドウィッチマンが体現する「寄り添うラジオ」

『病院ラジオ』はラジオをフォーマットにしたテレビ番組だ。そして、テレビだからこそ、ラジオの魅力が詰まっている。まるで言葉遊びのように感じるかもしれないが、音声だけのメディアであるラジオの普段見られない側面が映像ゆえに浮かび上がってくる特異な番組だ。

番組の構成は至ってシンプルだ。パーソナリティはお笑いコンビ・サンドウィッチマンの伊達みきおと富澤たけし。ふたりが病院内に特設のラジオブースを設置し、その病院内のみで聴ける1日限定の番組を放送する。その様子を伝えるドキュメンタリー番組だ。放送内では「患者さんやご家族の声を聞く超ローカルな音楽リクエスト番組」と紹介されている。NHK総合テレビで2018年から不定期に放送。これまで14回放送され、第15回となる「がん専門病院編」が2024年4月29日に放送される。

ラジオにおいて音楽リクエスト番組は定番中の定番だが『病院ラジオ』が大きく違うのは、先ほどもお伝えしたようにテレビ番組であること。そして、ゲストが入院患者やその家族であることだ。

ガンや白血病、脳梗塞、アルツハイマー病といった一般的によく知られている病気のほか、普段耳にすることのない難病を抱える人たちも登場する。病院とは希望と絶望が交錯する場所。ゲストたちが語る言葉の一つひとつは、視聴者がどう受け止めていいかわからなくなるほど重い。「ICU」「余命」なんて単語が当たり前のように口に出るし、先が見えない闘病生活や人の死についても語られる。

だが、けっして暗い雰囲気にならないのはサンドウィッチマンがパーソナリティだからこそ。ふたりは丁寧に患者やその家族に話を聞いていく。その姿はどこまでも自然体だ。病人だからといって同情しすぎることはないし、ヘビーな内容に対しても過剰に反応はしない。相手への敬意は忘れず、でも興味を持ったことには遠慮なく踏み込む。

相手が話している最中で感情が高ぶり、思わず涙を流したときは「ゆっくりでいいですよ」と声もかけるし、前向きな姿勢を見せると「素晴らしい」と素直に称える。どんな病気やケガを抱えていようと特別視せずに、年齢性別関係なく、目線を合わせてひとりの人間として接しているのがよくわかる。ラジオは「人に寄り添うメディア」と言われるが、ふたりはまさに「寄り添うラジオ」の体現者だ。

終わりの見えない闘病生活といえども、そこで人が生活していれば、自然と日常が生まれる。誰かに伝えたくなるちょっとした事件や他愛もない笑い話も起こる。サンドウィッチマンは絶妙な距離感で会話を重ねながら、シビアな病気の話だけでなく、笑顔になる日常もすくい取っていく。だから、番組が終わったときに印象に残っているのは出演した方々の笑顔と笑い声だ。

可視化されたリスナーの姿

ふたりはラジオブースでゲストと向かい合いっているのだけれど、私が毎回思い浮かべるのは一緒に同じ方向を向いているイメージだ。患者さんや家族が抱えている困難な出来事に対して、ふたりは耳障りのいい言葉を返すのではなく、まるで友達のように一緒に受け止めていく。『病院ラジオ』からにじみ出てくる伊達と富澤の人間性は「好感度」なんていう言葉には収まらない。

サンドウィッチマンは宮城県気仙沼市で東日本大震災に罹災。災害を目の当たりにし、それ以降、何度も被災地を訪れ、チャリティ活動をしてきたことは有名な話だ。伊達は2021年に膀胱がんに罹患している。そんな経験を積んできたふたりだからこそ、患者やその家族のことを他人事とは思えないだろう。

もうひとつ、番組を観ていて強く印象に残るのは、さまざまな場所で『病院ラジオ』を聴くリスナーの姿だ。放送内ではラジオブースの様子だけでなく、ゲストの家族たちのほか、病院内でラジオに耳を傾けるほかの患者や担当医、看護師の姿も映し出される。病室で、待合室で、食堂で、ナースステーションで……。さまざまな場所でラジオが流れている様子が要所要所で挟み込まれる。

スピーカーやイヤフォンから流れてくるさまざまなエピソードを耳にして、たまらず吹き出してしまったり、共感して小さくうなずいたり、流れてくる音楽に聴き入ったり。ラジオが流れる場所でリハビリに励むご老人や勉強に勤しむ子供たち、仕事に追われるドクターや看護師の姿も放送される。

ラジオは音声だけのメディアだから、普段は自分以外のリスナーの様子は想像することしかできないのだけれど、『病院ラジオ』ではそれが可視化されている。改めて考えてみると、ほかでは見られない特別なことだと思う。

『病院ラジオ』より (C)NHK
『病院ラジオ』より (C)NHK

さまざまな“つながり”を与えてくれる番組

『病院ラジオ』ではゲストとして出演する患者や付き添い、そしてそのラジオを病院内で聴いている家族、という構図になることが多い。毎回、サンドウィッチマンは決まって「普段家族に言えないこと、こういうときだからこそ伝えたいこと」を質問する。

人は病気というシビアな状況に置かれても、なかなか身内に伝えたい思いを直接言えないめんどくさい生き物らしい。生と死が身近にある病院でも、人の気持ちはすれ違う。サンドウィッチマンから促され、彼ら彼女らの口から出てくるのはシンプルな言葉の場合がほとんど。考え抜かれた美辞麗句ではないけれど、だからこそリアルで、人の心にダイレクトに響く。音声だけのラジオから生まれる「ありがとう」や「よろしく」が電波を通じて家族に伝わる瞬間、いつも私の心の温度がグッと上がり、温かい気持ちになる。

特に私が好きなのは、番組へのゲスト出演を終え、ラジオを聴いていた家族のもとに戻るとき。みんな決まって恥ずかしそうな、それでいて誇らしそうな表情を浮かべる。あえて愛想なく振る舞ったり、抱き合ったり、そのときの家族のかたちは本当にそれぞれだけれど、普段からラジオはこんなふうに人と人の気持ちをつないでいるんだと実感する。

そして、『病院ラジオ』は人と人の気持ちをつなぐだけでなく、人と病院や病気もつないでくれる。毎回、がん専門、依存症治療、産婦人科、神経症、高齢者医療専門……など、特徴のある病院が舞台となっていて、世の中には自分の知らない難病がこんなにもたくさんあり、その治療を行う病院が全国各地に無数にあるのだと驚かされる。私はこの番組を観てから、病院に親しみを感じるようになった。

『病院ラジオ』が生まれるまで

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村上謙三久

(むらかみ・けんさく)編集者、ライター。1978年生まれ。プロレス、ラジオ関連を中心に活動。『声優ラジオの時間』『お笑いラジオの時間』(綜合図書)の編集長を務め、著書に『深夜のラジオっ子』(筑摩書房)、『声優ラジオ“愛”史 声優とラジオの50年』(辰巳出版)、『いつものラジオ リスナーに聞いた16の..

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