青葉市子が、2010年代を経て「今なら歌ってもいい」と感じた1曲、2020年を始める1枚

2020.3.10

文=荻原 梓


この10年間、シンガーソングライターたちは何を歌ってきただろうか。2010年代に突入して間もなく、2011年、東日本大震災があった。

ライターの荻原梓が昨年訪れたのは、浅草公会堂での青葉市子の公演。彼女が歌った「誰かの世界」は、東日本大震災を受けて書かれ、7年後に音源化された曲だ。青葉が口にした「今なら怖がらずに歌ってもいいんだよという感じがした」という言葉には、一体この10年の何が込められているのか。公演に参加した荻原が考えた。

※本記事は、2020年2月25日に発売された『クイック・ジャパン』vol.148掲載のコラムを転載したものです。


「あのとき」を歌えるようになるまで

2010年代があっという間に終わった。この10年の間にシンガーソングライターたちは何を歌っただろうか。それを考える上でふと思い出すのが、昨年たまたま観る機会のあった浅草公会堂での青葉市子の公演だ。印象に残ったのが「誰かの世界」という曲。“鳴り止まない罵声”という、彼女の妖精のようなイメージからすると似つかわしくない言葉から始まるこの曲は、2011年の東日本大震災を受けて書かれたものだという。それがようやく7年経って音源化されたのだ。曰く、当時この歌を歌っていたらもっと直接的に解釈されて言葉の持つ力が制限されていた、けれども「今なら怖がらずに歌ってもいいんだよという感じがした」のだとか。この曲で隣に座っていた男性は鼻をすすりながら泣きはじめ、筆者も思わず体を震わせたのを覚えている。

“今なら歌ってもいい”という感覚、それは何よりも多くを物語っている。我々は知らず識らずのうちに言葉に制約をかける。水道の蛇口をひねるように、思ったことや感じたことを調節しながら表に出している。それは受け取り手への配慮なのかもしれないし、世の中の空気によるものなのかもしれない。だから“何を歌ったか”よりも“何を歌えなかったのか”のほうがそのときその場の雰囲気をリアルに伝えるだろう。忖度という言葉が流行語になり、表現の自由が議論された。時代に漂う緊張感は、時代の言葉をねじ曲げる。2010年代……それはきっと、震災によってきゅっと締められた蛇口を、少しずつゆるめていった10年なのだろう。その場の空気を敏感に感じ取れる彼女だからこそ、“歌えるようになった”ことが時代に起きた繊細な変化を体現しているようだった。

同い年のビートメーカーSweet Williamとの共同名義で発表された「からかひ」は、有機的なビートにささやくような優しい唄声が乗る1曲。先進的なビートと弾き語りという普遍的なスタイルの融和が心地よい。それでも歌詞に民謡からの引用だったり、天狗や鬼が登場するためかどこか怪しげだ。一方で「あまねき」は、ピアノの和音の運びが明るく、全体的な音像もあたたかい。まるで深い眠りから醒めたような安心感がある。この2曲の読後感は不思議だ。通しで聴くと、前者によって狐につままれて、寝起きのような生活感のある後者によって目が覚める。魔法が解けて、何かがゆったりと始まってゆく感覚。さあ、2020年はこの1枚で始めよう。


Sweet William と 青葉市子
「からかひ と あまねき」

(12インチアナログレコード+フォトブック)
2,750円(税込) レーベル:Arte Sonata

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荻原 梓

(おぎわら・あずさ)日本の音楽を追いつづける88年生まれのライター。『クイック・ジャパン』、『リアルサウンド』、『ライブドアニュース』、『オトトイ』、『ケティック』などで記事を執筆。

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