落語家が考える『M-1』王者への条件。ファイナリスト9組が秘める「爆発的なエネルギー」

2023.12.23
春風亭昇咲

文=春風亭昇咲 編集=梅山織愛


12月24日(日)にいよいよ決勝戦が行われる『M-1グランプリ2023』。今大会はキャッチコピーに「爆笑が、爆発する。」を掲げている。つまり、王者に求められるのは「爆笑」以上の「爆発」。これが起きるのはどんな瞬間なのか。

「目の前のお客様に笑ってほしい」という漫才と同じ目的を持って舞台に立つ落語家・春風亭昇咲が、『M-1』という大会の特異性と「爆発」が起きる瞬間について考える。


『M-1』という“芸能”の特殊さ

『M-1』決勝がいよいよ明日に迫りました。

私も準決勝を配信で観させていただきました。「ナイスアマチュア賞」を受賞したナユタさんの『M-1』準決勝のために作られた、この日専用の漫才(去年の深海魚さんから、今年のナユタさんというお笑いファンに刺さりまくる「準決勝専用ネタ」を披露する流れができて、来年の受賞コンビにはかなりプレッシャーがかかるんじゃないでしょうか)からスタートし、全31組それぞれの人生の断片をぶつけられているような、おもしろすぎる漫才ばかりでした。

まさか、自分がこれを言う日が来るとは思っていなかったのですが、今まで『M-1』やさまざまな賞レースを批評するコラムや動画を観るたびに、「もういいよ、それ」「毎回毎回それしか言うことないのかよ」と、心の中でつぶやいていたセリフを私にも言わせてください。

「とんでもなくハイレベルな戦いで、毎年レベルが上がっています」。

ネタの内容には一切触れてはいけないという決まりのなか、全芸人さんへ心からのリスペクトを持って、とてもおもしろかった予選を表現するとなると、本当にこのセリフしかないんですね。コラムを書く側になって初めてわかりました。人生反省ばかりです。

準決勝・決勝のネタ時間は「4分」。この限られた分数の中にそれぞれの芸人のすべてが注ぎ込まれ、その出来によって人生が変わる。改めてすごい“芸能”だなと思います。

近年では、準決勝に行けば『M-1ツアー』や、さまざまな営業仕事が舞い込み、次の年は安泰なんて言葉もよく聞きます。また、準決勝まで行かずとも、YouTubeに投稿された3回戦のネタを観たメディア関係者から、仕事のオファーが来ることもあるそうです。

私が身を置いている落語の世界には、優勝すれば確実に人生が変わる「賞レース」はひとつもありません。そんな環境に身を置いているせいもあってか、『M-1』というたったひとつの賞レースに人生を賭ける芸人さんたちの姿が、うらやましくもあり、強く心を打たれるんだと思います。

漫才と落語。受け手が求めるものの違い

落語では本編に入る前に自らの近況や世間話、これから演る落語に関係する小噺などを交えて、少しずつ会場全体の空気を作っていきます。いわゆる「マクラ」です。

落語家の寄席での持ち時間は、ひとりおよそ15~20分。地方での自分の独演会ともなると、ひとりで2時間しゃべることになります。15分の持ち時間の中でも、最初の5分をマクラに当て、残り10分で落語本編を演じる。2時間の独演会となると半分の1時間以上をマクラに当て、いざ落語に入ったときに聞き手が笑いやすい、落語の世界に没入しやすい空気を丁寧に作る。目先の笑いではなく、その日の落語会が終わったときに「ああ、いいものを観たな」と思っていただけるよう、全体の構成をその日その日の客層や会場の大きさ、雰囲気によって変えていく。「お笑い」というより、「世界最小の即興のお芝居」といってもいいかもしれません。

春風亭昇咲

対して、最近の「お笑い」を楽しむ視聴者は、常に新しいワクワクやドキドキを求めている気がします。特に賞レースにおいては、受け手の常識が破壊されるような初めて観る角度の「仕掛け」や「展開」が期待され、常に予想の上を行くものが求められます。特に一度、賞レースの決勝に進んで世間から認知されたコンビはさらに1段階、2段階とおもしろさを更新させなくては、翌年の優勝はおろか決勝に進むことも難しくなる。

江戶時代から脈々と継承され、変わらないことが美学とされる「落語」と、常に新しさが必要とされる「現代のお笑い」。同じ「目の前のお客様に笑ってほしい」という目的のはずなのに、受け手が求めるものはこんなにも違うんですね。

「爆発的なエネルギー」を秘めた9組

今年、決勝に駒を進めた9組は決勝経験者が半数、初出場組も名実ともに若手漫才界を席巻する実力者の方々ばかりです。あくまで私が感じた印象ですが、決勝経験者である4組は、漫才のかたちやそれぞれのキャラクターがある程度バレているなかで、そのハンデを物ともしない漫才の圧と4分間途切れることのないパワーによって、笑いの量で圧倒している印象。

一方、初出場組は去年、一昨年も決勝に進んでいてもなんらおかしくないコンビばかり。しかし、今年は各々のスタイルの漫才を万全のかたちで披露し、その中で生まれる笑いの「最大瞬間風速」の多さで他を上回り、満を持しての決勝進出という感じでした。

ネタの作り、構成、漫才のうまさがすごいのはもちろんのこと、私は密かに「すべてを凌駕するような爆発的なエネルギー」のようなものが優勝の絶対条件だと思っています。昨年のウエストランドさん、一昨年の錦鯉さん、さらに印象的なのは2005年のブラックマヨネーズさんなど、4分のネタの中で、会場全体を包み込むようなそれはそれは強い人間力、エネルギーを出せたコンビが最終的に紙一重の差でトップに立てる。決勝に進出した9組は、まさにそんな「爆発的なエネルギー」を秘めた9組。だから、当日のネタの演目や出順によって、誰が主役になってもおかしくないと思います。

とにかく決勝戦が楽しみで仕方ないのですが、私には毎年『M-1』決勝直前になると思い出す、苦い思い出があります。落語家になって最初の4年間は「前座」という修行中の期間。あれは2018年だったでしょうか。落語会終わりの打ち上げの真っ最中、修行中はいつ何時でも集中を切らしてはダメ。携帯を見るなんてもってのほか。しかし、私は同い年の霜降り明星さんの点数が気になって気になって、不自然なほどの頻度でこっそりトイレに逃げては、Twitterで途中経過を見ていました。案の定、「こいつ、仕事中に『M-1』の速報見てるぞ」と、その場にいた落語家全員にバレ、『M-1』が好きすぎて落語家生命の危機に立たされました。

きっとこのコラムを読んでくださっている皆様の中にもお笑いが人生の生きがいで、『M-1』をなによりも楽しみに、つらい毎日でも⻭を食いしばって生きている方もいるのではないかと思います。私だってそうです。『M-1』が大好き。お笑いがなによりも好き。

とりあえずなんとか放送までに、片づけなくてはいけない仕事はすべて終わらせましょう。そして、万全の状態で一緒に観ましょう。「爆笑が爆発する」瞬間を。


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春風亭昇咲

(しゅんぷんてい・しょうさく)1992年東京都出身。落語家。日本大学芸術学部放送学科を卒業後、師匠・春風亭昇太に入門。2020年「二ツ目」に昇進。落語家として活動する傍ら、モデルエージェンシー「FRIDAY」に所属、2023年から「神保町よしもと漫才劇場」に構成作家見習いとして入るなど、活動の幅を広..

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