最近のインド映画が「歌と踊りがメインではない」「短くなっている」理由とは?アカデミー賞インド代表作の監督が語る
今年開催される第95回アカデミー賞にて、国際長編映画賞のインド代表に選出された『エンドロールのつづき』が、1月20日(金)より日本で公開される。あらすじは以下のとおりだ。
インドの田舎町に暮らす9歳の少年サマイ。厳格な父は映画を低劣なものだと思っているが、信仰するカーリー女神の映画は特別と、家族で映画館へ。そこで映画にすっかり魅了されたサマイは、再び映画館に忍び込むが、チケット代が払えずつまみ出されてしまう。その様子を見た映写技師のファザルのはからいで、映写室から映画を観られることとなったサマイ。映写窓から観る色とりどりの映画の数々に圧倒され、いつしか「映画を作りたい」という夢を抱き始める。
本作は監督を務めたパン・ナリンの自伝的映画となっており、自身がインドで過ごした少年時代に体験したことや出会いなどが描かれている。なお、作中の舞台は2010年代に変更されている点も特筆すべきポイントとなっている。今回は、地方出身ながら今や世界的評価を受ける作品を手がけ、インド映画業界において新たなフィールドを拓いているナリン監督にインタビューを実施。今、大きな変化を遂げているというインド映画の実情について話してもらった。
高まりつつあるインド映画の国際評価
まずは『エンドロールのつづき』がインド代表に選出されたアカデミー国際長編映画賞について解説することで、世界の映画シーンにおけるインド映画の立ち位置を捉えたい。
同賞は、“会話の50%以上が非英語・全体の尺が40分以上の米国以外で製作された映画”が対象となり、アメリカ国内で上映されている必要はないことが、アカデミー賞における他の賞と異なる。毎年各国から代表作品のエントリーがあり、そのうち5本が本ノミネートを果たすといった流れだ。
インド映画が同部門でノミネートを果たしたのは、2001年の『ラガーン』以降は1度もなく、本作がもしノミネートされれば22年ぶり、さらに受賞となれば史上初の快挙となるのだ。
このように、これまで米アカデミー賞におけるインド映画の立ち位置は“アウェー”であったといえる。また今回、国際長編映画賞では、パク・チャヌク監督の韓国映画『別れる決心』、イエジー・スコリモフスキ監督のポーランド映画『EO イーオー』などの有力作が名を連ねている。
しかし今年、本作が同部門でノミネートを果たすことはそれほど不可能ではないように思えるのも事実である。というのも、昨年公開のインド映画『RRR』や『ブラフマーストラ』などが全米ボックスオフィスの首位になるなど、近年におけるインド映画の世界的評価はますます高まりを見せているからだ。
それに加え、世界におけるインドの映画市場の立ち位置が変化しているといった現状もある。厳しい表現規制など中国市場が閉鎖的な姿勢を見せるなか、今やハリウッドにとってインドが中国に代わるマーケットになりつつあり、たとえば『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』は公開初週の興行収入約24億円、『ジュラシック・ワールド/新たなる支配者』は約22億円という好成績を叩き出している。
まさに過渡期を迎えている現在のインド映画シーンにおいて、年間2000本前後が製作されている中から代表として選ばれたことで、大きな注目を集めているのがこの『エンドロールのつづき』なのである。
“家系重視”だった業界の体質変化
先述のとおり、本作はナリン監督自身の体験がベースとなっている。鑑賞中、筆者の心に芽生えたのは、田舎町出身のパン・ナリン監督が、コネなしでいかにして映画監督になったのかということである。
特にインドの映画業界は、親や親戚が映画監督や俳優といった後ろ盾がないと、監督になるのはなかなか困難な状況がある。そのためインドの田舎町に住む主人公サマイ、そのモデルとなったかつてのナリン監督が「映画を作りたい」という夢を抱くことすらも難しかったのではないかと感じたのだ。
こうした筆者の疑問に、ナリン監督は以下のように答えてくれた。
「そのとおりです。ムンバイやチェンナイ、ハイデラバードといった都会には、私が10代のころはまったく受け入れてもらえませんでしたし、現場にも近づくことができませんでした。インドの映画業界は、監督や俳優を目指すのも家系が大事で、雑用係になれるかどうかも難しいほど敷居の高い業界です。特別な技術や資格、コネもなかった私が入る余地はありませんでした。
ところが、そうした状況がこの5~6年で変わってきました。それは配信サービスやSNSが普及してきたからです。世界の映画が簡単に観られるようになったことで、ストーリーテリングの在り方がインドの映画シーンでも変わってきました。3時間以上の長編が主流だったのが、2時間以内の短い作品も増え、ジャンルも豊富になりました。またNetflixやAmazonなどを通じて発信もできるようになりました。
今回、アカデミー賞のインド代表選定員の7人全員がスタジオのついていない私の作品を推薦してくれました。彼らは比較的、若い世代の人たちでした。本作が、映画界を目指す人たちの心に刺さる一本になっていると信じています」
地方の発展と映画産業の活発化
インドの映画業界やストーリーテリングの在り方が大きく変わった背景には、配信サービスやSNSの普及が大きく関わっており、それをナリン監督は実際に肌で感じているようだ。
今まではある程度のコネがなければ難しかった「映画を作る」という行為が、インドの地方出身者でも可能になったという現状。先述のとおり、インドでは年間2000本前後制作されているというのに、今後さらに多くの映画人が誕生し、その圧倒的母数が世界市場に押し寄せてくるとなると、いよいよインド映画が世界的コンテンツになるだろうことが予測される。
また映画業界の変化だけでなく、技術的な発展が与えた影響も考えられる。2025年までには、インドの極端な田舎にも光ファイバーが行き渡るといった見立てもあり、小さな村にもパソコンが導入されている動きもある。
少し前までは都会や映画産業の中心地に行かなければ作品を発信することはできなかったのが、地方でも実現可能になる日は近くなった。こうした現状を、インドのいち映画人であるナリン監督はどのように見ているのだろうか。
「ワクワクする時代ですね。配信サービスもそうですが、スマホやパソコン、カメラの普及で、その前からすでに変化は始まっていました。私の育ったグジャラート州もかなり進化してきています。映画に関わるため、都会に行く必要がなくなったのです。配信サービスを通してドキュメンタリーや長編映画を発信することができますし、配給側と難しい交渉をしなくてもYouTubeを通して誰でも発信もできます。
商業主義のブロックバスター映画よりも、自分の作家性を反映させた映画を作りたいと思う人が、インドでも圧倒的に増えたと思います」
インド映画は世界へ羽ばたくか
さらに、世界進出を目指すインド映画シーンの目前に大きく立ちはだかってきたのは、言語の壁である。しかし急激的にデジタル化とグローバル化が進むインドにおいて、世界とリンクするには英語が必修となっており、今では貧しくても英語学習ができる環境が整っていたり、インターナショナルスクールも続々と新設されている。
しかしナリン監督の少年時代は、英語が必要であるということを実感する材料自体や情報が限られていて、保守的な大人が多かったのではないかと思う。作中には、サマイの通う学校の先生が「現代に身分の違いはなく、英語ができるか、できないか」という印象的なセリフが登場したが、当時そのようなリベラルな考えを持つ大人は実在したのか、そしてインドにおける英語教育格差について聞いた。
「私の少年時代にも、実際にリベラルな考え方の先生がいました。その先生は自分が英語を話すことができなかったことにコンプレックスがあって、子供たちにはそうさせたくないという想いが強かったのです。だからこそ英語が大事であることを人一倍理解していたのです。英語だけに限らず、なりたい職業に就くには、どういうことを学ばないといけないかを導いてくれました」
インドの田舎から世界に羽ばたいたパン・ナリン監督。今ではインドを代表するフィルムメーカーとなった。
そんな彼の少年時代の出会いや体験談はすべてが貴重であり、かつまだまだ多くのステレオタイプも存在するインド映画業界において、ナリン監督の信念と映画愛が込められた本作が誕生したことは、インドのみならず世界中の人に勇気や感動を与えるものであるに違いない。だからこそ、そんな監督がアカデミー賞のインド代表に選出されたというのは非常に夢のあることであり、多くの映画業界を目指す人に勇気を与える作品となっていると言えるだろう。
『エンドロールのつづき』
2023年1月20日よりロードショー
監督・脚本:パン・ナリン
出演:バヴィン・ラバリ
2021年/インド・フランス/グジャラート語/112分/スコープ/カラー/5.1ch
英題:Last Film Show
日本語字幕:福永詩乃 G 応援:インド大使館
配給:松竹 協賛:スズキ株式会社
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