『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)など多くのお笑い関連書を執筆し、書籍だけでなくテレビなどあらゆるメディアで「今のお笑い」について解説する、お笑い評論家のラリー遠田。
2019年の年末にお笑い界を騒然とさせた、「優しいツッコミ」について振り返る。ボケを否定しないツッコミが特徴的な、お笑いコンビ・ぺこぱの漫才。『M-1グランプリ 2019』王者ミルクボーイと並び言及される、彼らのお笑いの正体を改めて考える。
ぺこぱはきっと「人を傷つけない笑いを作ろう」とは思っていない
『M-1グランプリ』はここ数年、12月の上旬に放送されていたんだけど、去年は久しぶりに年末の放送だった。これがすごく良かったんじゃないかと思う。
何が良いって、そのことによって『M-1』で盛り上がった「熱」みたいなものが、年末年始にかけてジワーッと広まりつづけて、1月いっぱいぐらいまではずっとそれがつづいているような感じがあった。そうそう、昔の『M-1』は年末に放送されていたからこの感じがあったんだよな、というのを思い出した。
人が去年の『M-1』の話をするとき、話題の主役はもちろん優勝したミルクボーイなんだけど、それに負けないくらいよく語られているのが、3位だったぺこぱのことだ。一部のお笑いファン以外にはほぼ無名だったぺこぱは決勝の舞台に突如現れ、強烈な印象を残した。10組中10番目に出てきて、圧巻のウケをもぎ取り、暫定3位だった和牛を押しのけて最終決戦に滑り込んだ。
そんな彼らの漫才は、単に笑えるというだけではなく、人々の印象に残るものだった。ツッコミ担当の松陰寺太勇が、シュウペイのボケを否定せず、理解を示してみせたからだ。「優しいツッコミ」なんて言われていた。本来ツッコミは常識に則ってボケを修正するものだが、松陰寺はボケを突き放さず、理解の可能性を探る。そこがおもしろいし画期的だと。その「優しさ」に着目して「人を傷つけない笑いだから素晴らしい」みたいなことを言う人も出てきた。
さらに、「現代は優しい笑いの時代だ」みたいな話になってくると、なんというか、いかにも評論家が言いそうな話だな、と思うし、私自身もそんな原稿を書いたことがある気もする。オードリーの若林(正恭)さんもラジオで「本来ツッコミと相性が悪いはずの多様性を飲み込む」という手法でぺこぱが漫才を演じたことに対して、感動のあまり号泣したと語っていた。
自分も「今はそういう時代だ」的なことを書いたし、そういう見方もできると思ってはいる。でも、ここで勘違いしてほしくないのは「だから、どの芸人もこうするべきだ」とか「優しい笑いこそが最高の笑いだ」などとは思っていない、ということなんだよね。
もっと言うと、ぺこぱ本人もたぶん、人を傷つけない笑いを作ろうと思ってあのネタをやっているわけではないだろうし、「人を否定するのは良くない」という倫理的なメッセージを伝えるためにあの漫才を考えたわけでもない、と思う。勝手に代弁してしまって恐縮だけど、松陰寺さん本人はきっと「悪くないだろう」と言ってくれると思うから続けるね。