『アニメージュとジブリ展』に潜んでいた「アニメブーム終焉」の真実(藤津亮太)
緊急事態宣言を受けて開催中止となった『アニメージュとジブリ展』だが、アニメ評論家・藤津亮太は、展覧会の導入部分に展示されたグラフが「アニメブーム」について大きな真実を伝えていることに気づいていた。「アニメブーム」は1980年代半ばには終わっていた?
『アニメージュとジブリ展』の背景
4月22日に『アニメージュとジブリ展』に足を運んだ。この展覧会は、アニメ雑誌『アニメージュ』の記事などを通じて、雑誌創刊から、アニメ映画『風の谷のナウシカ』を経て、スタジオジブリ第1作である『天空の城ラピュタ』が生まれるまでを扱ったもの。展覧会は当初、5月5日までの予定だったが、緊急事態宣言の発出を受けて25日以降は中止となってしまった。
当時のアニメを取り巻く状況に詳しくない人のために、この展覧会の背景をまず簡単に説明しておこう。
1978年、徳間書店が『アニメージュ』を創刊する。同誌は大手出版社による定期刊行されるアニメ雑誌の嚆矢である。現在スタジオジブリのプロデューサーとして知られる鈴木敏夫は、創刊時は同誌の副編集長であった。鈴木は取材を通じて、宮崎駿と知己を得ることになる。そこから同誌で宮崎によるマンガ『風の谷のナウシカ』が連載されることになり、同作は1984年に宮崎自身の手でアニメ映画となる。この『風の谷のナウシカ』のヒットを受け、宮崎の次作のために制作スタジオを設立することが決まり、1985年、徳間書店をバックにスタジオジブリが設立される。そして、翌年の1986年に、スタジオジブリ第1作となる『天空の城ラピュタ』が公開さたのだ。こういう経緯を踏まえての今回の展覧会なのである。
このようなコンセプトだから、展覧会の“ヘソ”となっているのは『風の谷のナウシカ』である(『ラピュタ』に関する部分は案外少ない)。なのでまず『機動戦士ガンダム』を中心にアニメブームの盛り上がりが紹介され、その中で『アニメージュ』という媒体がどのような挑戦を行ったかが紹介される。そしてブームの中で『アニメージュ』に紹介されたさまざまなクリエイターが、『ナウシカ』に参加したことがピックアップされる。たとえば会場には美術監督の中村光毅の背景画がまとまった数で展示されていたが、これは中村が『ガンダム』と『ナウシカ』両方に参加しているからだ。この「アニメブーム」から『ナウシカ』に至るという骨格に、さまざまな枝葉を繁らせるかたちで、展覧会は構成されていた。
ちなみに、この展覧会の“副読本”として最適なのが『二階の住人とその時代 転形期のサブカルチャー私史』(大塚英志/星海社新書)だ。これは当時の徳間書店のビルの2階で、漫画雑誌の編集に携わっていた、現在批評家の大塚英志が、『アニメージュ』などに関わっていた当時の若者たちの様子を中心に記したもので、それがどんな意味を持っていたか、ということについて考察している一冊だ。展示されている『アニメージュ』記事が、どのような人たちのどのような意識から生まれていたものか。そしてそれはサブカルチャーの歴史にあってどういう意味があったのかが記されているのである。だからたとえば、展覧会のオーディオガイドに出演しているスタジオジブリの高橋望も、もともとは『アニメージュ』の編集者なので、本書の後半でコメントと共に登場している。
そのように考えると、この展覧会は「人」を切り口にした展覧会だった。たとえば展覧会公式サイトでは展覧会の趣旨について「本誌(引用者注:『アニメージュ』のこと)を作るうえで確立していった鈴木流のプロデュース術とはどういうものであるか、それが後の作品制作にどのような影響を与えたのか、スタジオジブリのプロデューサーである鈴木敏夫の、“編集者”としての『もう一つの仕事』に着目します」と説明する。実際の展覧会はここまで前面に“鈴木推し”を打ち出しているわけではないが、当然ながら鈴木が展覧会の背骨として存在していることは間違いない。そしてその背骨の周囲に、『アニメージュ』と関わりがあった宮崎駿をはじめとするさまざまなクリエイターの名前が並んでいるのである。
だからこそ、というわけではないけれど、僕は展覧会を観ながら、むしろそこで語られる「人」ではなく、「時代」について考えていた。展覧会のテーマではないにもかかわらず、さまざまなところからにじみ出る、1978年から1986年にかけての「時代」の空気について。
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