『オードリー・タンの思考 IQよりも大切なこと』:PR

オードリー・タンが、大臣の仕事を「楽しい」と言い切れるのはなぜか?『オードリー・タンの思考 IQよりも大切なこと』

2021.3.27

文=神田桂一 編集=田島太陽


35歳にして台湾のデジタル担当大臣に就任した、オードリー・タンのことを、あなたはどの程度知っているだろうか。

IQの高さ? トランスジェンダーであること? それとも天才ハッカーとして? ほとんどの日本人の認識はこの程度だろうが、オードリー・タンの本を読んでみても、実際の人物像は生い立ちを追いかけるだけではわからない。

発売1週間で重版になった『オードリー・タンの思考 IQよりも大切なこと』(ブックマン社)は、台湾在住10年の著者・近藤弥生子さんが、オードリーが何を思い、どう考え、どのように行動しているかにフォーカスした、オードリーの実像に肉薄したインタビュー本である。

と、同時に、オードリーの思考を通して私たちが日本のために何ができるのかを問う内容ともなっている。日本のことは、日本に住んでいてはわからない。外から見て初めて問題がなんなのかがわかる。そういう意味で、近藤さんは台湾在住10年の目で、日本の問題点も理解した上で、オードリーから言葉を引き出している。

社会問題を解決する、従来とは異なる創造性

本書は、まずオードリーの生い立ちを、彼女の母親の著書『成長戦争』を紐解きながら探っていく。次の章でオードリーが実際に手がけた仕事を具体的に紹介しながら、僕らの心に小さなオードリー・タンを宿そうというテーマ構成になっている。

生い立ちでは、過去のいじめられた経験や、トランスジェンダーということに気づいたときのこと(3つある人格をひとつにまとめるために山にこもった)、中学中退時のエピソードなどが列挙されている。さらに、オードリーが実際に関わったたくさんの仕事例から、オードリーの仕事のやり方、発想の源泉、他者をどう巻き込み、共感を得ていくのか……等々を知ることができる。

たとえば、『萌典』と呼ばれるオンライン辞典、ひまわり学生運動でのYouTube生配信、民間による法規討論プラットフォーム『vTaiwan』の設置、教育改革、オープンガバメント、SDGs、ソーシャル・イノベーションの3つの柱などだ。

『萌典』のページの一例
『萌典』のページの一例

特に、ソーシャル・イノベーションというフレーズは、本書のキーワードとなって何度も登場する。この言葉は、従来とは異なる創造的な解決法によって社会問題や課題を解決することを指す。「僕らの心に小さなオードリー・タンを宿そう」とは、このソーシャル・イノベーションの考え方を少しでも自分の体にインストールしようという意味だと僕は受け取った。

「ハクティビスト」という考え方

その方法とは、たとえば「ハクティビストになろう」というものがある。ハクティビストとは、「ハック」と「アクティビスト」とをかけ合わせてできた造語で、自ら主体的な行動を取ることを指す。

この正反対の概念が「クリックティビズム」。いいね!をクリックしたりシェアをしたりすることは一見主体的に見えるが、他人の行動に受動的に反応しているだけだ。常に、自分は「ハクティビスト」でいられているかということを意識しながら生活することで、日常の行動が少しずつ変わるだろう。

「使命感や情熱よりも大切なこと」という項目では、オードリーは、なぜ、こんな多忙な仕事を率先してやっているのか、そのモチベーションはなんなんですか、と聞かれたときに、大臣の仕事のことを、「楽しいからやっている、趣味なんです」と答える。

それはなぜか。情熱や使命感は一定の時間が過ぎると使い終わってしまうけど、楽しさを原動力にすれば、ずっとつづけることができる、と述べている。確かにオードリーのようにIQを高くすることはできないが、これらを実践してみることによって、オードリーの考え方を自分の中にインストールして、少しでも社会に貢献できるような人間になれそうな気がしてくる……というのは気の迷いか。

友好な隣人、台湾に学ぶべきこと

画像仮/オードリーの名刺、左が表で右が裏面。「私は名刺に、デジタル担当大臣とだけ記載しています。これは台湾政府のために働く人間ではなく、台湾政府と共に仕事をする人間であるという私の姿勢を示しているのです」とオードリーは語る(本書P205より)
画像仮/オードリーの名刺、左が表で右が裏面。「私は名刺に、デジタル担当大臣とだけ記載しています。これは台湾政府のために働く人間ではなく、台湾政府と共に仕事をする人間であるという私の姿勢を示しているのです」とオードリーは語る(本書P205より)

オードリーは、現地では、台湾の希望と言われているそうである。ここから見えてくるものは、台湾社会の多様性を認めようとする風土である。LGBT法の成立しかり、台湾は、マイノリティにもちゃんと権利を与えようとする気風がある。

僕の台湾人の友人が言っていた。台湾は、中国との対立のなかで、未だ未承認国家のままである。だから、社会的な問題で、いち早く進歩的な態度を表明することで、国際社会にアピールしているのだ、と。オードリーがデジタル大臣に抜擢されたのも、そういったことの一環なのかもしれない。

オードリーが登場してから、「なぜ、日本ではオードリー・タンのような人物が出てこないのか」という議論が活発に行われるようになった。しかし、同調圧力と出る杭は打たれる国、ニッポンでは、とうてい出てきようもない、無理な話だ。ピアツーピア技術でのちのブロックチェーンにつながる『Winny』を開発した天才プログラマーの金子勇は、日本では逮捕である。この差はいったいなんなのだろう。

日本が経済だけでなく、本当の意味で、3流国家になってしまう前に、今こそ、友好な隣人、台湾に学ぶべきではないだろうか。と、新型コロナウイルスの防疫に成功し、毎日ライブハウスをオープンでき、マスクをしている人もほとんどいないと台湾の友人から聞かされて、一方、打つ手がないから緊急事態宣言を解除するというニュースを観た日本で暮らす日本人の僕が、早く台湾に遊びに行きたいと思いながら書いてみた。

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