自分を発見し、自分を見守り、自分を検討する。人生の一大事業――臼井吉見の言葉(荻原魚雷)

2020.10.30

荻原魚雷 半隠居遅報 第12回

文=荻原魚雷 編集=森山裕之


臼井吉見という小説家がいた。筑摩書房の創業者の古田晁と旧制松本中学の同級生で生涯の親友。雑誌『展望』の編集長を務め、代表作『安曇野』をものした。

20代で読んだ臼井の本は古くさく感じおもしろ味は感じなれなかったが、頭の片隅に何かが引っ掛かっていた。50歳になった今、改めて臼井の言葉が自分に問いかける。

自分は正しい。おかしいのは社会。学生時代はそんなふうに考えがちだった

今、日本に小学校の数は約2万校ある。大雑把に計算すると、学年にひとりいるかどうかの変わり者は全国に12万人くらいいることになる。学年ではなく、クラスにひとりかふたりの変わり者レベルなら、膨大な数になる。SNSなどで何かしら意見をつぶやけば、そこそこ賛成してくれる人がいるだろう。

子どものわたしは教室の隅っこのほうにいる子供だった。うるさく騒ぐタイプではなかったが、今思うと、ある種の協調性や社交性のようなものは欠落していた。子供の頃にはよくあることだ(でしょ?)。

自分は正しい。おかしいのは社会のほうだ。世の中の大人は目先の仕事や生活のこと以外何も考えていない。ゆえに、間違っている。間違っていないかもしれないが、おもしろくない。

学生時代のわたしはそんなふうに考えがちだった。自分と似た考えの人は探せばいる。そうこうするうちに自分の信念は次第に強固なものになっていく。

20代の10年はそうした自分の思い込みを壊す作業に没頭した。毎日のように飲み歩いていた。そのうち自分が頭でっかちの世間知らずだと痛感した。少なくとも周囲の人たちにそう思われていたことがわかった。

昨年、50歳になった。19歳のときから文筆稼業を始め、かれこれ三十余年になる。昔と比べると、丸くなった、角がとれたと言われることも増えた。その分、つまらなくなったと思う。

臼井吉見著『自分をつくる』(ちくま文庫、1986年。単行本は1979年)に「人間の条件」というエッセイがある。

『自分をつくる』(臼井吉見/ちくま文庫/1986年)

相手を理解し、尊重する。自分が大事だから、自分と同じような一個の人間である相手の立場を尊重する。特に相手の意見を尊重する。自分の意見とちがえば、一層これを尊重する。自分の反対意見には、つとめて耳を傾ける。そして、自分の考えがまちがっていないかをしょっちゅう警戒する。これをぬきにして、人間の進歩なんてありません。気の合った者同士だけが手を結ぶなんて、そんな考えで、どうして、自分を引き上げていくことなどできましょう。

『自分をつくる』(臼井吉見/ちくま文庫/1986年)

臼井吉見は1905年長野生まれ。もともと教育者で、筑摩書房の『展望』の編集長を経て、評論家、小説家になった。代表作は『安曇野』(全5巻、ちくま文庫)。

ちなみに筑摩書房の創業者の古田晁と臼井吉見は旧制松本中学の同級生で生涯の親友だった。

「自分を見つめる」というエッセイでも「自分の考え、自分の判断、自分の感じ、したがってそれを表現することばに責任を持つ、これが一人前の人間の条件だと思います。と同時にいつも考えていること、判断したことが、間違っていないかと、常に反省することが必要でしょう」と語りかける。

『自分をつくる』は中学生、高校生、大学生、勤労青年、教育者に向けの講演が収録されている。子供たちには自分の頭で考えなさいと言い、大人には組織のなかで自分を見失うなと呼びかける。

自分は不完全な人間であるという自覚をなくすと他人に厳しくなる

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