志村貴子による恋愛オムニバス『どうにかなる日々』の劇場アニメ版が、10月23日から公開される。 主題歌と劇伴音楽はクリープハイプが担当。リアルだからこそ愛すべき情景描写に、良い/悪いでは割り切れない価値観の表現。共通項が多そうなふたつの世界、尾崎世界観はどう作品と向き合ったのだろうか。
※本記事は、2020年4月25日に発売された『クイック・ジャパン』vol.149掲載のインタビューを転載したものです。
作品と対峙して、新しい創作意欲が湧いた
――クリープハイプにとって、初めての劇伴なんですね。
尾崎 やったことがないし、「できるのか」という不安はありました。実は、アニメ作品にかかわることに対しては複雑な思いがあって、もうやらないほうがいいんじゃないかとも思っていたんですよね。だけどオファーをいただいたとき、ちゃんと望まれているんだと感じました。それはうれしいことだし、もともと志村貴子さんの作品にとても興味があったので、まずはこれを機に読もうと思って、本を買って読みました。
――どう感じましたか?
尾崎 「この作品ならいいものを作ることができるんじゃないか」と思いました。いろんな話が入っていますけど、全体的に流れている空気が好きです。自分が曲を作るときも、漫画の短編のように作る感覚があるので、その部分もしっくりきました。それと、「今っぽい作品だ」と感じましたね。
20年ぐらい前に発表されて、当時もすごく先を行くような作品だったと思うけれど、時代が追いついているような印象がおもしろかったです。自分がバンドをスタートさせたころに始まっていて、バンドがなんとかなってメジャーデビューできて、その作品の劇場アニメの劇伴を任せていただけるというのは、すごくうれしいことですね。
――主題歌『モノマネ』は、『どうにかなる日々』のもうひとつのスピンオフのような趣を感じました。原作をどう音楽に落とし込んでいったのでしょうか。
尾崎 物語は、いろんな人の日常がそれぞれ関係ないところで起こっているということを、丁寧にすくいあげている印象がありました。重ならないけれど、重ならないということが、すごくお互いにとって幸せというか。
だから曲作りも、物語の登場人物や出来事に絡めていくよりは、自分が思う日常を反映して、それを作品の横に並べるほうがいいんじゃないかと思ったんです。ストーリーや登場人物からは直接的に影響されていないけれど、この作品に触れ、対峙したことによって、自分の中に新しい創作意欲が湧いて作った曲です。
――歌詞は、昔、恋人とTVを見ていて「このモノマネ全然似てないね」と笑い合っていたことを思い出して……というシチュエーションですが、切ないのかおかしいのかわからない感情が滲みでていて、いいモチーフだなと思いました。
尾崎 おもしろいですよね、モノマネ。「この人のモノマネ全然似てないな」と思ってても、ほかの人から「すっごい似てるよね」と言われることもある。色の見え方もそうですけど、モノマネを通して、他者との感覚の違いがわかったりするんですよね。そんなふうに考えながら作りました。
作品から受け取ったのは、刺激というより“安心”
――違いをあぶり出す触媒としてもおもしろいですね。それと志村さんの作品は、善悪や好き嫌い、幸・不幸じゃ割り切れないものをそのまま届けているような感じがいいのだと、尾崎さんが寄せたコメントを読んで改めて思いました。
尾崎 自分もそうでありたいと思うし、そういうことをしているつもりです。ものごとを善悪で簡単に割り切らない手法はすごく好きだし、これがいいのか悪いのかの答えが出ないということは、本気で考えているからだと思うんです。突き詰めたらわからなくなるだろうし。
――そして、志村先生の作品といえば、ストーリーや絵の巧さはもちろん、エロさも大きな魅力だと思います。クリープハイプもまた色っぽい曲がたまらないですが、エロに関して作品から受け取ったものはありますか?
尾崎 自分の中では「日常的」という感覚なんです。自分もそういう表現をしているので。
――読んで、「うわっ、エロい!」とは感じなかった?
尾崎 あまりないです。自然に読みました。……結局、みんなやっていることですからね。自分の作品でも、そういう表現をしたときに「よくこんな曲作りましたね!」とか「なんでこういう際どいことをやるんですか?」と言われるんです。
でもこっちは、なにも蓋をせずに、そのまま表現しているだけで。だから「なんでそこに蓋をするんですか?」と逆にこっちが聞きたくなる。工程としては、そこにひと手間加えているように見られるんですけど、逆で、加えていないだけなんです。
――なるほど。
尾崎 それは志村さんの作品からも感じました。ほかの漫画ならカメラを別の方向に向けている瞬間も、そのまま映しつづけている。自分の作品も同じで、男女の関係を描くときに視点を切り替えて描いたりする手間をかけずに、そのまま描いてるだけなんです。単純にずぼらなのかもしれないですね(笑)。
――そこにケレン味を感じるほうが、やましいところがあるのかもしれないですね。
尾崎 もしもそういったことをやっていないのであれば、たしかにそう感じるのも無理はないかもしれないですけど……。
――まあ、やってますからね(笑)。
尾崎 そうなんです。それでも、やっぱり『どうにかなる日々』のような作品に触れると安心しますね。「ああ、そうだよな。よかったな」と。だから、僕が作品から受け取ったのは、刺激というより、安心ですね。
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