過酷な環境下で生きる人々に密着し、食事を共にするテレビ番組『ハイパーハードボイルドグルメリポート』(テレビ東京)。そんな番組を手がける上出遼平が取材の持ち物にまつわるエピソードを語る本連載第2回は、幾多の失敗を経て辿り着いた“最高のロケ靴”の話。
第2話 靴の巻
何度も言うようで申し訳ないが、僕はひとりで日本を出る。持てる荷物の量は限られるから、靴は1足。宿でくつろぐためにサンダルを持つなんてことは遥か昔に諦めている。となると、当然シビアな目線で靴を選ぶことになる。 「オシャレは足元から」とはよく言うけれど、少し激しい海外ロケの成否も靴の選択にかかっている。
その判断指標は以下の3つ。
- 逃げ度
- 防汚度
- 球蹴り度
これらをいかに満たしているかでロケの靴は選ばれる。快適性や耐久性、見た目などはこの先の勘案事項である。
「1. 逃げ度」とは字義どおりで、簡単に言えば「その靴で走れるか」ということだ。ロケではさまざまなものから逃げなければならない局面に見舞われる。前回書いたように、突然ストリートの少年たちに囲まれ投石を受ける場合など、話し合いの余地のないときには逃げるしかない。
また賄賂欲しさに因縁をつけてくる警察官から逃げるのなんて毎度のことである。このときは、ある程度の距離を走らなければならなくなるから靴の軽量性が大事になるし、柵などを越えなければならないときには取り回しが楽であること、つまりぼってりとしたデザインよりも、カンフーシューズや中学校の上履きのような簡素さが必要である。またある程度の高さから飛び降りても膝を負傷しない程度のクッション性などもひときわ重要だ。これらをバランスよく備えている靴こそ、「逃げ度★★★★★」のロケシューズとなる。
治安の悪いエリアでの撮影や、悪徳警官が野放しでいる国でのロケではこれが何より重要である。
「2. 防汚度」もまた読んで字のごとく、汚れにくさのことである。「防水性」とかなり近しい概念だけれど少し違う。
この防汚度が重要となるのは、スラム街やゴミ山を取材するとき。日照りのつづく乾季であっても、日差しの入らない路地を一本入ればひどいぬかるみに行く手を阻まれる。下水道なんてありはしないから、人や家畜の糞尿や、腐敗し切った生ゴミ、死んで何日も経った動物などがひとまとまりの汚泥となり、強烈な刺激臭を発している。
しかしそこを歩かねばならない。
そんなとき、通気性抜群のスニーカーでは気が引ける。菌やウイルスを無尽蔵に抱え込んだこの汚水が靴を通過して肌に触れるのは、気分の問題に留まらない大きなリスクだ。防水の靴であればその点は心配する必要がなくなる。ただし、この防水性だけではまだ不十分だ。
靴の防水性は、水を通さない生地を一層靴の本体にラミネートすることによって確保されている。この「水を通さない生地」がどの層にラミネートされているかが重要なのだ。多くの場合、この生地は何層にもなる靴のボディの、素足に近い層に挟み込まれている。つまり、それより外側の構成部分はすべて水(スラムでは汚水)に浸されてしまうことになる。
たとえば雨の日に防水の靴を穿き、足は濡れなくても靴が水を吸って重くなった感覚があれば、それは防水生地の外側に多くの吸水性の素材が存在していることを意味する。仮にこのような靴を穿いてスラムの汚泥に足を踏み入れれば、足は無事でも靴は汚れをしっかりと吸収し、以後使い物にならなくなってしまう。ひどい臭いが染みついて、その靴では人の家に行くのも、食堂に行くのも、宿に帰ることさえ憚られる。
以上の理由から、靴のなるべく外側に“撥水性”(防水性とは違い、水を弾く機能)を備え、疎水性(水を吸収しない)を備えたパーツで構成される靴が理想的で「防汚度★★★★★」と言える。もちろん、この点で言えばローカットよりもミドルカット以上のほうが好ましい。汚泥の沼は必ずしも浅くない。
そして「3. 球蹴り度」である。
小学生のころ、サッカークラブに所属していた僕や友人たちは「トレシュー(トレーニングシューズの略)」と呼ばれるサッカー用の靴を1年中穿いていた。登下校はもちろん、遠足のハイキングだろうが週末の遊園地だろうが、どこへ行くにもトレシューだった。ソール、アッパー共に薄く、足にぴったりとフィットして裸足の感覚に近いからボールを緻密にコントロールできる。いつでもどこでも正確にボールを蹴ることができる、というのが海外ロケでは殊の外重要なのだ。
その理由は実にシンプル。世界中の子供たちに満遍なく愛されるスポーツこそサッカーだからである。僕の知る限り、世界の競技人口で圧倒的に多いのはサッカーだ。こと、貧困街においてはサッカー以外のスポーツを目にした覚えがないほどである。その理由は明確で、サッカーは最も金のかからないスポーツだから。バットやグローブが必要な野球は言わずもがなだが、アメリカのストリートで王道とされるバスケットボールだって、しっかり弾むボールや、整地されたコート、高い位置のゴールが必要だ。その点サッカーは極端な話何もいらない。そのへんのゴミを丸めてボールにして、石ころを並べればゴールができる。地面の凸凹だってちょっとしたアクセントとして楽しめるから、地球上のあらゆる場所がサッカーコートになるのだ。
アフリカや南米ではこれが顕著で、共にボールを蹴ることで現地の人たちと一気に距離を縮めることができる。あまりに下手だと舐められるけれど、容赦ないドリブルで少年たちをぶち抜きゴールでも決めようものなら尊敬の眼差しを受けるうえ、以後取材にまつわるこちらの要求が通りやすくもなる。
もちろん、革のブーツじゃサッカーなんてできやしない。
だから、海外ロケにおける靴の「球蹴り度」は存外重要なのである。
ちなみに、南米コロンビアのストリートで少年たちと球を蹴って親睦を深めた僕は、その夜なぜか地元の大人たちの練習に召喚され、完膚なきまでに叩きのめされた。戦車みたいにゴツい男たちがルール無用で襲いかかってくるのだ。蹴られ、引きずり倒され、踏みつけられて「ルールはないの!?」と喚いたら、全員から「ない」と一笑に付された。僕に意地悪をしたわけではなかった。それが彼らのサッカースタイルなのだ。さて、以上が僕の靴選びの基準である。ここから、実際に僕が旅の伴侶に選んだ靴を紹介しよう。
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