判断指標に基づき選び抜かれた2足
僕がロケに穿いていく靴は2足ある。現地で起こり得ることを脳が沸騰するほど想像して、そのどちらかを選び取る。 ひとつは、靴ひもの代わりにナイロンのベルトが備えられたローカットシューズ、ARCTERYX(アークテリクス)社の「ARAKYS(アラキス)」である。
- 逃げ度 ★★★★☆
- 防汚度 ★★☆☆☆
- 球蹴り度 ★★★★☆
クライマーが岩場まで行くために穿く「アプローチシューズ」というカテゴリーに属するこの靴は、抜群の軽量性と通気性を備え、靴ひもいらずの圧倒的な脱ぎ穿きの簡易さを持ちながら、革新的なベルト機構で足をしっかりとホールドしてくれる。
海外ロケを始めた当初はVANSの「SLIP ON(スリッポン)」を穿いていたが、全速力で走ったり、何かを蹴り上げたりしたときに靴がすっぽ抜けることがあった。危ないし恥ずかしいしで、それからローカットのスリッポンは戦力外としている。その点この「ARAKYS」はそのソールの軽量性と、ベルトによるホールド力ゆえに飛んでいくようなことはあり得ない。球も蹴れるし走れるし、その上ソールのグリップ力が革命的に優れており、水場でも滑らない。実にロケ向きなのである。
一般にアプローチシューズはロケにぴったりで、テレビのカメラマンは好んで使う傾向にある。中でもこの「ARAKYS」はこのベルト機構による脱ぎ穿きのしやすさで頭ひとつ抜けているが、さらにほかの靴と明らかに一線を画す素晴らしいポイントがある。
それは、「かかとを踏める」作りになっているということ。
かかと部分の素材が切り替えられており、パタンとたたむとつっかけサンダルのようにして穿くことができる。これが飛行機や宿で重宝する。行動時の走破性と、休息時の快適性をここまで兼ね備えた靴を僕はほかに知らない。
ただし、通気性や軽量性と引き換えに、この靴は防水性を持ち合わせていない。また、生地が薄いこともあるので、衛生状況の悪いスラムや、ガラス片の中を歩かねばならないゴミ山に踏み込むときにはオススメしない。ケガと感染症のリスクが高過ぎる。
ということで、ARCTERYX「ARAKYS」のロケ適性は、軽量性や取り回し、優良なホールド感などで「逃げ度」は星4つ(ランニングシューズには及ばないから星5とは言えない)。軽さと通気性を極限まで高めた結果失った「防汚度」は、キャンバスのスニーカーなどに比べればよいので星ふたつ。「球蹴り度」はトレシューには敵わないものの、一般的なスニーカーより相当程度優れているため星4つとした。
さて、そんな「ARAKYS」では入り込めない場所へ行くときに穿いているのがDANNER(ダナー)社の「FULLBORE DRY(フルボア ドライ)」である。
- 逃げ度 ★★★★☆
- 防汚度 ★★★★★
- 球蹴り度 ☆☆☆☆☆
防水透湿素材GORE-TEX(ゴアテックス)を世界で初めてブーツに採用した会社として知られるDANNER社は、名品「DANNER LIGHT(ダナーライト)」や「MOUNTAIN LIGHT(マウンテンライト)」で知られるが、隠れた名品も数多い。「FULLBORE」は比較的最近発表されたモデルで、アメリカの警察官のニーズに応えるように開発された。まだほとんど知られていないような気もするが、凄まじくロケに向いている。
簡単に言えば「軽くて、タフで、歩きやすい」のである。こうして書くのは簡単だけれど、それぞれを兼ね備える靴というのは意外と少ない。
タフな靴を作ろうとすれば普通は重くなる。分厚い皮革や重い生地を使うからだ。また、タフな靴は大概にしてソールが重く、硬い。これは、タフな靴の多くが登山をはじめとした不整地の歩行(特に重い荷を背負った状態での歩行)を想定しているからである。不整地では硬く安定感のあるソールが歩行の安全性を高めてくれる。
しかしこういった靴はロケには大変不向きだ。過剰な耐久性は不要だし、そもそもアスファルトの上を歩くことが多いため、土を想定した重く硬いソールではすぐに足が疲れてしまう(土は想像以上に空気を含んでおり、高い衝撃吸収機能を備えているため、昔ながらの登山靴にはクッション性が求められていない)。50mでも走ったら二度と立ち上がれないほど疲弊するだろう。「FULLBORE」はこれらの点を見事にクリアしている。
都市部における警察官の任務を想定しているため、軽量化と耐久性のバランスがすこぶるいい。靴底に近い部分はレザーで補強し、その他はナイロンの生地を使うことで通気性と軽量性に寄与している。また、内部にはDANNER社独自の防水素材をラミネートしているからぬかるみに足を突っ込んでも水が浸透してくることはない。
そして僕が惚れ込んだのは、「丈夫なブーツ」には望むべくもなかったクッション性である。
とにかく軽く、そして雲の上を歩くようなふわふわとした感触。アスファルトを何時間歩いても足が痛くなることはない。そして一色の差し色もない真っ黒なデザインは、目立つべきでないロケにもってこいなのである。
ただし、もちろんこのブーツでサッカーをすることは難しいし、宿でくつろごうと思ったときにわざわざ穿く気にはならないので、裸足で彷徨うことになる。すべてはトレードオフだ。
FULLBOREのロケ適性は、その軽量性とクッション性からブーツにもかかわらず「逃げ度」星4つ。長靴には敵わないが必要十分な防水性、撥水性を備えており、なおかつ都市部を駆けずり回る程度じゃ穴も開かない堅牢性を備えているため「防汚度」は星5つ。足首を固定するため「球蹴り度」は星ゼロであるが、軽量性、快適性、耐久性のバランスは圧倒的であるため、現在のロケの主力はこちらになりつつある。
以上が、ロケの一軍2足についてである。
さて、前振りが長くなってしまった。そう、ここまでは長大な前振りである。
実のところ、僕が本当に話したいのはここからだ。 学生時代に岩手県の凍った湖で行方不明になったT君から教訓を得て選んだ「極寒ロケで穿くブーツ」について、次の回でお話したい。
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【連載】ハイパーハードボイルドギアリポート
過酷な環境下で生きる人々に密着し、食事を共ににするテレビ番組『ハイパーハードボイルドグルメリポート』(テレビ東京)。そんな番組を手がける上出遼平が取材の持ち物にまつわるエピソードを語る連載です。
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