思ってるより誰も自分のことを見てないし、みんな優しい。わかっていても外に出られない<三遊間さくらいのしゃべり足りない心域>
その言葉数の多さから“多弁師”と呼ばれるお笑い芸人・三遊間さくらいが、ラジオやライブで話すほどではないけど、誰かに聞いてほしい心の内や日常の中での発見を書き留める連載「しゃべり足りない心域(こころいき)」。
初回は「自分が女性とコミュニケーションを取れない理由」について分析したさくらい。そのコラムを改めて自分で読んでみて、あまりにも自分の中で考えたことばかり話しているな、と衝撃を受けたという。では、なぜ自分が思ったことばかりになってしまうのか。その理由と、もっとその世界に触れるための課題を綴る。
固い握手を交わした作家
三遊間のさくらいです。
2回目のコラムとなりました。1回目はどうやったんですかね。正直なことをいうと、1回目が公開されたときに、あんまり僕は知らないけどすごい数のフォロワーを抱える物書きみたいな人が「これはいい文章だ!」「とても共感できる!」とか言って感想を引用して世に出してくれないかなとか、すごくスケベなことを考えていました。現実はそう甘くありません。
僕がチケットの手売りをしていると、ひとりの女性が来てくれました。「さくらいさんって武者小路実篤好きですか? 私『お目出たき人』って小説が好きで、大学の卒論のテーマにもしたんです」。この方はおそらく知らなかったと思いますが、僕は武者小路実篤の『お目出たき人』がめちゃくちゃ好きで、けっこう方々で好きだと言ってきました。
ちなみに『お目出たき人』がどういう作品なのかというと、男の主人公がしゃべったこともない女の子が好きで、あの子はきっとこんな女性だと勝手に妄想し、しゃべったこともないのになんか俺のこと好きやと思うねんな、今、目とかあった気がするなとか、何も思われていないのに自分と結婚しそうな気がするとかをずっと言ってる作品です。結局その女の子が誰かと結婚したという噂を聞いて終わります。
僕は初めてこの作品を読んだとき、学生時代の僕の頭の中がすべて書いてある! なんてモテない作者やこいつは!と、うれしくなったと同時に、こんなヒット作を飛ばした文豪にもモテてないやつがいたのか、じゃあ僕が芸人として、売れてもモテないのでは?と不安になり、顔を見てやろうとGoogleで検索して、あんまりカッコよくなかったのでこいつよりはかっこいいか、と安心したのを今でも覚えています。
しかし俺以外にもこんなことを考えてたやつがいたかと、武者小路実篤やるやないかと。ものすごい文豪相手にひよっこ芸人ながら心の中で固い握手を求めました。
話を戻します。その方に僕もその作品が好きだと伝えると、「あの作品って思ったことばっかり書いてますよね。だからあんまり武者小路実篤文章うまくないって言われてたんですよ」と返ってきました。
いや、俺のコラムやん。思ったことばっかり書いてんの。それって文章うまいとかないんか! 読み返してびっくりしました。自分の外のストーリーにこう思いました、とかではなく、とにかく自分の精神に閉じこもり、自分で課題を出し自分で解決するという、引きこもりスタイルのコラム。それゆえに小っ恥ずかしいのは事実です。
公開されたWEBページの見出しに太字で「なぜ僕は女性に好かれたいのにしゃべれないのか」と書かれているのを見たときは、明日から家の外には出られないと思いました。しかもYahoo!ニュースにも全文貼られてたぞ! やりすぎやろQuick Japan! その日から3日ほどは漫才をしに舞台に出るときも、少しモジモジしてしまいました。一番気持ち悪いです。モジモジしてる僕。
しかし、小説家の朝井リョウさんが新人賞を受賞時に先輩の作家さんに、「校長先生の話がつまらないのはみんなに聞いてほしいことを言ってるから。誰にも知られたくないことを書きなさいと言われた」という記事を見て、単純な僕は俺はものを書く上で大事なことをクリアできていると思い、気持ちよくなりました。
僕の文章が自分の話ばかりになる理由
そもそも僕の文章が自分が思ったことばかりになる明確な理由があります。それは僕があまり外との関わりを持とうとしないからです。
僕はアウェーが大嫌いです。アウェーが嫌いというか、自分が傷つく可能性のある場所に一秒もいたくないのです。まったく知らない外の世界では、誰がどんな攻撃を仕掛けてくるかわかりません。
少年野球でホームランを打ちに打ちまくってた小学5年生のころは、何ひとつ臆することなく外の世界に飛び込んでました。でもなんとなく自分という人間のキャパがわかり出したあたりから、それをやめました。慣れた人、慣れた環境になんとかして身を置きたいと思うようになりました。
でもそういう慣れきった環境の中では、あんまり心に残ることとか成長したなということが起きません。だいたいなんか感情が動いたり、おもしろい話になるときって嫌なところに出向いてるときのほうが多いです。
話がちょっと逸れました。簡単にいうと、外の世界に出ない僕には、「何かいつもと違う出来事」は起こりにくいです。だから僕は基本的に自分のことばっかりを考えます。自分のできないことや苦手なことに関してひとりで考えます。
僕は趣味があまりないのですが、そのときに自分の頭の中で思ってることをたとえ話にしてみたり、わかりやすい表現にしてみてそれがハマったときに喜びを感じます。
たとえば、ある先輩が賞レースでネタをしてて、楽屋ではめっちゃウケててこれはすごい点が出るぞ!って思ってたら、全然点数が伸びませんでした。ええ?って楽屋の芸人同士でなり、「これ低いか?」とか言い合ってました。そのときに僕はまったく仲よくない、しゃべったこともほぼない先輩と言葉こそ交わしませんでしたが、目を見合わせて、この点数おかしくないか?という視線を送り合いました。
それがなんかすごく違和感があって、自分的にすごく気持ちの悪いことでした。そのことを帰り道ずっと考えてて、なんか変やったぞ、違和感すごいな、全然仲よくない、ほぼしゃべったことない先輩と同調のために目を合わしてしまった。うーん、なんかこんな嫌な場面見たことあるぞ。
あれや、ドラマとかでPTAとか保護者会のやつが学校を非難するときに自分の主張に厚みを持たせたいから、全然仲よくない隣の席の人と交わす、「考えられませんよね!」「そうですよね!」みたいなやりとりや。なんか嫌やねんなあれ。もろあれや。だから気持ち悪かったんか。自分が保護者会のあいつみたいで。なるほど。まとまった。
めっちゃイメージ湧くしわかりやすい、なんでその先輩と目が合ったのが嫌やったかきれいに整理できた。よっしゃ気持ちいい!って感じです。これを頭の中でやるのが、けっこう趣味やったりするかもです。
そしてそのまとまった話を為国さん(ぎょうぶのボケ担当兼親友)に当ててみて、納得した様子であれば満足、為国さんがあんまピンときてなかったら練り直しって感じです。
そら思ってることばっかりになりますよね。だってずっとなんか自分の中で思ってるだけなんで。
僕は日常マンガの登場人物
でもそれじゃダメなのもわかってるし、外に放り出されたら意外と自分はなんとかするのもわかってます。やっぱり人間、経験しないと成長しません。それはマジで思うときあります。
ほんまに基礎の基礎でいうと、ちょっと雰囲気あるご飯屋さんとか服屋とかに入るのもめっちゃ緊張します。入るのやめるときもあります。でも、いざ思い切って入ってみたら、意外となんともなかったりします。結局なんか嫌な思いしそうで億劫なことでも、だいたいは大丈夫なんです。で、自分が警戒してたのがアホらしくなります。と、同時にそのことについて臆病になってた時間がめっちゃもったいなかったって悔しくなります。
まあ結局恥ずかしい思いしたくなくて、自分を大事にしすぎてるってことなんですよね。僕は自分を国宝級の茶器ぐらい丁寧に扱っています。だから触られそうになるだけでもやめろ!触るな!割れるぞ!ってなるんです。これは人間としてじゃなくて、芸人としても直さないと致命的やなとは思っているところです。でもたぶん、恥ずかしい思いしたほうがいいんです。てか恥ずかしい思いをすることを必要以上に、恐れることはないってのが正しいんですかね。思ってるより誰も自分のこと見てないし、思ってるよりみんな優しいはずなんです。
でも僕は思ってるよりも人を見てるし、人にまったく優しくありません。最悪です。僕は僕のことしかわかりません。だから街行く人は全員僕やと思ってしまいます。こいつこう見てくるやろなと。でも、僕もこの世界の全員が嫌いなわけじゃないんです。てことは恥ずかしいことが起きても自分自身、許容できる部分もあるはずです。なので、最近の僕は「恥をかく、自分を大切にしすぎない」というテーマを一応掲げてます。だからいろんなことに挑戦してみよう。思い切って普段とはちょっと違うことなんかしてみようかなって。
とかなんとかいっておいて、今日も僕は為国さんとふたりでいつもの銭湯に行きます。そして見たことない種類の飲み物がたくさん並んでる売店でいつもどおり、缶のポカリを買います。やっぱ苦手なことってなかなか実行できないんですよね。まずこれではおもしろいことも起きないぞと思います。
ただこれが不思議なことに為国さんとふたりでなんかしたら、全然特別なことしなくても、なんかおもろいこと起こるんですよね。起こるってか見つけるんですよね。だから、外の世界に出なくてもいいかって思っちゃうんです。
なんか変なプライドも出てきて、ほかの人が外で遊びまくってこんなことに巻き込まれたって話に、僕らはただ集まっただけの話でおもろさ勝ったるわ、みたいな。こっちはステゴロでやったるわと。でもそれにはもちろん限界あります。おもしろいかもしれないですけど、人間的な成長はあんまりないですよね。
僕はけっこう、日常マンガの登場人物なんですよね。日常マンガの登場人物ってあんま歳が変わらなくて、価値観もそんなに変わらないじゃないですか。で、身の回りで起こったことに思いを巡らせる。そいつの性格があって、それをこう見てる。『あたしンち』とか。
そんな回あるかわかんないですけど、(立花)ユズヒコが格闘技やるぞっていう回ってたぶん、ジムには入会しないと思うんですよ。まずジムの門構えを見て、入るのに時間かかって、変な服とか持ってきてしまって、思ったより怖くてやっぱやめる、みたいな。ちょっと外に出てみてやっぱり元の位置に戻ってくる。日常マンガってそうですよね。登場人物たちにそのまま外に突き進まれたら、話変わってきますもんね。
ユズヒコはそれでいいんですけど、僕はちゃんと歳取っていきます。どんどんまわりも変わっていきます。
今の僕の感覚では、おそらく人生はバトルマンガです。もしかしたら別の人から見たら違うかもしれませんが。うずまきナルトはめっちゃ成長していきます。新しい技を覚えて、新しい仲間を増やして、新しい試練に前回の自分とはまるで違う成長した姿で挑みます。
たぶん僕もこうするべきなんだと思います。“おもしろい”は見つけてても、自分が成長するかはわかりません。いっそのこと僕のテーマは「脱為国さん」のほうがいいかもです。まあそうなったらゲームとか買って家から出ないとかになりそうですけど。
恥ずかしい思いを嫌がらず、外に出る。そこで経験を積んで成長する。まあできるかはわかんないんですけどね。てか売れて環境が変われば勝手にそうなっていくかとかのん気なことも考えちゃいます。まあ外出て、恥かこうやって感じですね。
それではさようなら。
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