・総距離298km=フルマラソンの約7回分
・獲得標高14,500m=富士山登頂の約4回分
・制限時間72時間
これは、香港で旧正月の3日間をかけて行われる過酷なトレイルレース『香港フォー・トレイルズ・ウルトラ・チャレンジ』の主な完走条件である。
この超過酷イベントに参加した18人のランナーたちに密着したドキュメンタリー映画『フォー・トレイルズ 限界を超えてゆけ』が、2026年7月10日(金)に封切られた。
今年5月に100kmのウルトラマラソンを完走したライター・折田侑駿が、自身の体験と映画を往復しながら、限界の先で人が紡ぐ<物語>の意味を考える。
これよりおもしろいものはない
走るのが楽しくて仕方がない。いや、愉しくて仕方がない。この世にこれよりおもしろいものはないと、本気で思っている。
こんなことをいうと、世の多くの人たちは顔をしかめるだろう。走り慣れていない人間からすれば、ランニングは苦行だ。しかし同時に、一部の人々は深くうなずいてくれるに違いない。声にならない声で何事かをつぶやきながら目を閉じ、静かに肯定の意を示してくれる者だっているだろう。当然だ。だって本当に、これがこの世で最もおもしろいものなのだから。
実際の数としてはまだ少ないかもしれないが、それでもそれなりの数の人々がこのことに気づきつつあるらしい。ランナーの聖地である皇居まで行かずとも、街には思い思いのスタイルで走る人たちがあふれている。私は東京・墨田区に住んでいるのだが、夜になると隅田川沿いは孤高の走り屋たちでいっぱいだ。
人はなぜ走るのか。その理由はさまざまだ。速さを追求することに取り憑かれたランナーがいれば、とにかく距離を重ねることに魅せられた走者もいる。哲学的な問いを持ち、真理をつかもうと走り続けている人だって少なくないだろう。
15歳のある夜、私はランニングシューズのひもを結んだ。バイクではなく、この脚で走り始めた。いったい何がそうさせたのか、うまく思い出すことができない。走る理由なんて、その時々で変わるものでもある。
けれどもあれから20年ほど走り続けてきた今の私には、変わらぬ理由がひとつある。それは地面との対話の中で、自分だけの<物語>を立ち上げるためだ。
香港のロビン・リー監督が手がけた映画『フォー・トレイルズ 限界を超えてゆけ』にも、そんな人々の姿が刻まれている。
“ウルトラランナー”までの道のり
世界にはさまざまなレースがあるが、香港には『香港フォー・トレイルズ・ウルトラ・チャレンジ』という過酷なレースが存在する。“トレイル”とは未舗装路のことで、“ウルトラ”とは“フル(=42.195km)”以上の道のりのこと。つまりこれは、足元の不安定な4つのコースの走破を目指すレースだ。
その総距離は298kmで、フルマラソンの約7回分に相当する。走行中に積み重なっていく標高は14,500mで、富士山登頂の約4回分だ。加えて、このレースには制限時間がある。出走した者たちは72時間以内に走りきらなければならない。
これがどれほど過酷なことか、イメージできるだろうか。しかし、これにトライする者たちがどれほど酔狂なのかは想像できるだろう。そんなエクストリーマーたちの姿を収めているのが、映画『フォー・トレイルズ』なのだ。



本作が劇場公開される前に、私は2度、観た。1度目は、ウルトラマラソン初完走を目前に控えたタイミングに。2度目は、『第32回 星の郷八ヶ岳野辺山高原100kmウルトラマラソン』を走破した直後に、である。そう、『香港フォー・トレイルズ』の298kmには到底及ばないが、私も“ウルトラランナー”になったのだ。
私がウルトラレースに出るのはこれが2度目で、前回は昨年開催の『第31回四万十川ウルトラマラソン』の第3関門(61.4km地点)の制限時間に間に合わず、リタイアとなった。強制終了だ。これまで経験したことのない悔しさが込み上げてきたものだ。そしてそれが、半年後の「野辺山」につながったのである。
日々、走る。ただ、走る。ランニングは生活の一部だ。走るのを止めることはできない。2023年の『東京マラソン』に当選したことで、学生時代ぶりにレースにも出るようになった。そしてふと、フルマラソン以上の距離を走るレースに出てみたいと思った。
私の父も一度だけ、ウルトラのレースを完走している。その途方もない道のりで何を感じ、どんな光景を目の当たりにしたのか、知りたいと思った。そうして、“ウルトラランナー”になるべく腹をくくったのが、今からちょうど1年前のことだ。
そんな挑戦の日々の途上で、『フォー・トレイルズ』と出会ったのである。
長距離走とは「旅」である
エクストリーマーたちのバックグラウンドはさまざま。走り始めた動機が違えば、走り続ける理由だって違う。ただ誰もが、298kmという道のりに恐れをなしながらも、気持ちは高揚している。



現在の私の実力では厳しいだろうが、それでも、「マクリホース・トレイル」「ウィルソン・トレイル」「香港トレイル」「ランタオ・トレイル」という4つのコースを走っているところを想像すると、思わず恍惚としてしまう。
ウルトラ走破を目指して、私は走り続けた。しかし漫然と走っているだけではダメだ。ウルトラマラソンにはウルトラマラソンの、そしてレースごとの、戦術と攻略法がある。
私が『四万十川』で失敗したのは、“走った距離は裏切らない”という言葉だけを信じ、盲目的に距離ばかり追っていたから。ネットで調べた“ウルトラ走破に必要な月間走行距離の目安”にばかり気を取られていた。
先輩ランナー諸氏には釈迦に説法だが、ウルトラ走破には走力だけでなく、知力が要る。頭で考えたことを身体レベルで理解できたとき、知力と走力は連動し、最適な走りにつながる。個々のランナーが哲学的な問いを掲げて真理を追究しようとするように、これもまた生涯をかけて極めていくものなのだろう。
とはいえもちろん、基礎づくりのためにもそれ相応の距離は重ねなければならない。一度のランニングで30kmくらいまでなら無理なく走れる身体をつくり、それ以上の距離にも挑んだ。
ランニングが一大カルチャーになりつつある今、フルマラソン完走を目指す人を探すのは難しくない。しかし、ウルトラ走破となれば話は別。ましてや、「チームを組んで100kmの試走をしよう」などという考えを持つ者同士が意気投合できる機会など、ほとんどない。
しかし私は幸運なことに、同じ志を持つ人々と邂逅することができた。江東区の木場公園を朝4時に3人で出発し、100km先の千葉の銚子を目指して走った。しかも雨の中。常軌を逸していて、思い出すと笑いが込み上げてくる。そして、あの日の体験が私のランナー人生を、私という人間を、大きく変えた。
私にとって長距離走は「旅」になったのだ。
『フォー・トレイルズ』の登場人物の中にも、目の前の挑戦のことを「旅ともいえる」と語る者がいる。たしかに、大自然の中を進むその様は「旅」であり「冒険」である。なにせ298kmもあるのだから。
自分なりに「旅」を楽しむようになった私は、たとえ日々の10kmのランニングでも、これを「冒険」だと感じるようになった。今の私は走りきるたびに、生きていることを実感するのだ。


ドーパミンが止まらない
香港のトレイルを踏むランナーたちは、それぞれの<物語>の中を進んでいる。それは観客にも語られるわけだが、ランナーたちが何を目にし、何を考えているのか、本当のところはわからない。私は2度目のウルトラマラソンの途上で、何を感じるのか。そもそも、果たして完走できるのか。興奮と緊張を味わいながら、『野辺山』の地に向かった。

2026年5月17日、快晴──。朝の4時55分に、私は走り出した。
悔しさが残った「四万十」のレースについて語るとき、私は「悪魔が考えたようなコース」などと口にしてきた。のっけから急なのぼり坂が10kmほども続くのだ(つまりその後、急な下り坂が10km続くのである)。
しかし、さすがは“東の横綱”とも呼ばれる『野辺山』のコース。思い返してみる限り、絶えずのぼりと下りを繰り返していた気がする。トレイルも多く、前半はまるで登山。「野辺山を制する者はウルトラを制す」ともいわれるのは伊達じゃない。『四万十』のコースがキッズ向けに思えてくるほどだ。

しかし、それまで過ごした時間は裏切らない。のぼり坂でもぐんぐん進む。最高地点は標高1,908mで空気が薄いが、非日常的なシチュエーションを全身で堪能しながら、「この世にこれよりおもしろいものはない」と確信した。5kmくらいごとにエイドステーションがあり、おむすびと梅干しを頬張り、味噌汁をすする。沁みる。地のものも多く、やはり蕎麦がうまかった。



あとになってエイドでのんびりしすぎていたことがわかったのだが(そのために後半は制限時間に追われることとなった)、これは「旅」であり「冒険」なのだからオーケー。それ以上に問題なのが、のぼり坂を気持ちよく走りすぎていたことだった。
その一歩を踏み出すごとに、ドーパミンが止まらない。穏やかに風がそよぐなか、自分の心音が脳天にまで響いてくる。このBPMに合わせて身体を動かすのだから、さながらひとりレイブパーティーだ。やがて走りは踊りに変わる。思わず叫び出したくなる。膝に不安を抱えていたはずなのに、思いのほか快走できていたことも大きい。
しかし、脚の重だるさを感じたときにはもう遅かった。65kmあたりののぼり坂のこと。そこで初めて徒歩に切り替えたのだが、歩くのもやっとなのである。これが私の<物語>なのだと観念した。
人の数だけ<物語>がある
私が『香港フォー・トレイルズ』に出場できるレベルになるためには、走力以外にも磨かなければならないところが多いらしい。
結果として私は『野辺山』を走破することができたのだが、タイムリミットまで15分を切っていた。どうにか『野辺山』を制したからといって、「ウルトラを制した」なんて言えやしない。しかしこれが、私の<物語>なのだ。
90kmも進んできたというのに、最後の最後にまだのぼり坂がある。ペースによっては、制限時間に間に合わないかもしれない。「頼むから動いてくれ」と、歩くのもやっとな脚に訴えかける。これまでの人生で、私はいくつもの絶望を経験してきた。
どう対処すればいいのかわからない困難だ。それと比べると、こんなにもわかりやすい困難もない。ただ坂道を進めばいいだけなのだ。でも、うまく一歩が前に出せず、頬を伝う汗と涙が混じる。
私が完走できたのは、この絶望的な状況を突き進むひとりの女性ランナーの存在が大きい。
彼女は唸り声を上げながら、坂道を駆け上がってきた。まわりに走っている者など、誰もいない。みんな絶望している。そんななか、彼女は走り続ける。その鬼気迫る姿に圧倒され、私の身体は武者震いを起こした。私は雄叫びを上げる。
そして、限界を迎えていた脚や心肺に命令するのではなく、あらゆる痛みを堪能することを選んだ。意識が朦朧(もうろう)とするなか、それでもどうにか進むことができたのは、名前も知らないあの勇者との出会いがあったからである。彼女はどんな<物語>を生きたのだろうか。


こうして私の<物語>について長々と書いてきたが、これらは実際に私が体験したもののほんの一部であり、数パーセントに満たない。ともに出走していた酔狂な同志と50km地点あたりで会えたとき、そこでもドラマが生まれ、私たちの<物語>はより豊かなものになった。
『フォー・トレイルズ』のラストでは、登場人物のひとりであるストーンが「人は自分の物語を持つべきだ。それぞれにね。たとえ挑戦に失敗しても、それも自分の物語の一部だ」と語る。私は彼のこの言葉を噛みしめるべく、『野辺山』を完走した直後にもう一度、本作を観たのだ。エンドロールを眺めながら、走り出したくてたまらなくなった。
これまで私はカルチャー系のライターとして、古今東西の「物語」を過剰気味に摂取し続けてきた。「傑作」もあれば、「駄作」もある。そんなふうに単純な評価を下してしまえるのは、他人がつくったものだからなのだろう。しかし、自分が生み出したものならばどうか。
それらはひと言で片づけられるほど単純なものではない。私はこの世界にひとつだけの<物語>を、自分だけの「名作」にしていく可能性を持っている。いや、それは私だけではない。人の数だけ<物語>があるのだから。

映画『フォー・トレイルズ 限界を超えてゆけ』

2026年7月10日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー
監督:ロビン・リー
エグゼクティブ・プロデューサー:アリソン・フリードマン
プロデューサー:ベン・リー
2024年/106分/香港/原題:香港四徑大歩走 英題:Four Trails
日本語字幕:増子操 字幕監修:鏑木毅
(C)Lost Atlas Productions
https://www.zaziefilms.com/4trails/
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