『響け!ユーフォニアム』は「部活」を通して目標に向かって本気になることの痛みと尊さを教えてくれる。
昨今、「部活」を取り巻く環境やイメージは変化している、だからこそ。アニメ放送から10年が経過した“今”、本作品をもう一度問い直し、濃密な時間のその後を見つめ直していくことに意味があるのではないか。
ここでは、アニメ『響け!ユーフォニアム』より厳選して、12場面を4人の書き手が自身の記憶に重ねながら語る。

2026年4月14日(火)に発売された『Quick Japan』vol.183では、今春最終章の始まりとなる映画『最終楽章 響け!ユーフォニアム』前編の公開を記念し『響け!ユーフォニアム』がバックカバー(描き下ろしイラスト)&特集に登場。「『部活』の終わり?」と題し、本作品を特集する。

目次
第1期 第八回「おまつりトライアングル」

【この物語には脇役など存在しない】久美子と麗奈の大吉山登山
麗奈の孤高の姿と、久美子の額から鼻先、唇をなぞるその指先は、シリーズを通じ幾度も回想に使われることとなるが、個人的には“地元の低山に登る”演出に心打たれる。高校生にとって日常からの小さな脱出であると同時に、頂上に至ってわずかに標高が高くなり、ふたりが吹くユーフォニアム/トランペットが、あがた祭りに集う部員たちの姿をエンドロールでゆるやかに結びつける。「この物語には原理的に脇役など存在しない」という宣言にも見え、また本シリーズで響き渡る金管楽器の音色が部員たちの関係性をたびたび変化させることを思えば(金管楽器の個人練習は屋外で行われ、離れた人に音が聞こえやすい)、作品を象徴するシーンのひとつでもある。(文=宮田文久)
第1期 第九回「おねがいオーディション」

【実力主義が生み出す残酷さ】中川先輩の演奏を聴いて、焦燥感を抱く久美子
部員が一丸となって金賞を目指すことの楽しさや達成感の裏側には、必ず誰かを蹴落とさないとその席に座ることができない競争社会のむごさが存在している。中川(夏紀)先輩の演奏を聴き、コンクールに出るために皆が努力していることを改めて実感する久美子。そのことに焦燥感を抱き、トラウマがフラッシュバックするシーンは部活ならではの葛藤を生々しく描いている。忖度のない実力主義は、時に自分の中に醜い感情を生み出す。技術面でも精神面でも自分自身の未熟さを突きつけられ、やるせなさに襲われてしまう。そんな久美子の気持ちが痛いほどわかる。それを隠さず描いてくれるからこそ、私は「黄前久美子」という人物に魅かれるのだ。(文=藤井里音(編集部))
第1期 第十一回「おかえりオーディション」

【危うくも美しい愛の告白】麗奈に「もしも裏切ったら殺していい」と話す久美子
部活という協調性を求められる空間からはみ出したところで、久美子と麗奈は愛の告白を交わす。「もしも裏切ったら殺していい」「本気で殺すよ」というやりとりはエゴイスティックかつ官能的だ。「裏切ったら殺すよ」は脅しだが、「裏切ったら殺して」は誓い。危うくも美しいこの瞬間は、本作でいっとう輝く。
僕には中学生のとき、部活に親友がいた。彼はアジカンとウイイレを教えてくれた。ある日の帰り道、部内で孤立していた僕に、彼は「味方だよ」と言ってくれた。なのに僕は、その優しさを哀れみとして受け取り、「同情とかいらんし」と吐き捨てた。あれっきりだ。今でも彼の家の電話番号は忘れられないけど、俺を殺して、とはとても言えない。(文=安里和哲)
第1期 第十二回「わたしのユーフォニアム」

【悔しさを言葉にする強さ】「うまくなりたい」という久美子の叫び
黄前久美子という主人公は、まわりのキャラクターと比べると地に足のついた平凡な少女だった。まわりをよく見て他者と距離を取ってしまう。失敗をうまく回避するけれど劇的な成長も期待できなかった。言ってしまえば、今っぽい冷静さをまとった彼女は合奏から外されてしまう。麗奈の存在で「特別になりたい」という感情を知ってしまった彼女が、悔しさに駆られて、どうしようもなく感情を爆発させるシーン。『エヴァンゲリオン』を彷彿とさせるような心の内の葛藤を、「うまくなりたい」というたったひと言に込めて連呼する。複雑に考えすぎて殻を破ることができない私を殴り続けるような、シンプルな強さに打ちのめされた。(文=羽佐田瑶子)
第1期 第十二回「わたしのユーフォニアム」

【正しさを振りかざすのではなく】「あなたの『できます』という言葉を、私は忘れていませんよ」
北宇治高校吹奏楽部顧問の滝(昇)先生は、一部の部員から「粘着イケメン悪魔」と呼ばれている。はっきりとした物言いで厳しい現実を突きつけてくるけれど、真剣に向き合ってくれるからこそ言葉の強度が増す。SNSで飛び交う「正しさ」をめぐる主張と思い込みに胸騒ぎがするとき、滝先生の「あなたの『できます』という言葉を、私は忘れていませんよ」という言葉は対局にある気がした。相対する相手の顔を見て、理解しようとする姿勢で他者と向き合う。だからこそ、相手も信頼してくれる。正しさを振りかざそうとするのではなく、間違っているかもしれない、変わるかもしれない未来を期待して、目の前の人と向き合いたいと思わされたシーン。(文=羽佐田瑶子)
第2期 第四回「めざめるオーボエ」

【シスターフッドの美学】優子がみぞれに語りかける「だから笑って」
『響け!ユーフォニアム』は、シスターフッドの名作だと思っている。久美子と麗奈の鼓舞し合う姿、(田中)あすか先輩をはじめ先輩後輩の関係性など厳しい部活動という抑圧された環境で、互いを思いやり励まし合う様子が連鎖する。そうして、それぞれが自分の人生の主人公だと気づいていく瞬間を描く。親友だと思っていた友人が、相談もなしに吹奏楽部を辞めてしまい困惑する(鎧塚)みぞれに伝えた、優子の「だから笑って」。みぞれにとって楽器は友達とつながる手段だったけれど、誰よりも練習に励んでいた彼女の姿から優子は、自分のために吹いてもいいと伝える。自分が人生の主人公だと思えること、当たり前かもしれない自意識に気づかせてくれるやりとりだ。(文=羽佐田瑶子)
第2期 第五回「きせきのハーモニー」

【約7分ノーカット、伝説の演奏】吹奏楽コンクール関西大会・自由曲「三日月の舞」
約7分ノーカット、伝説となった圧巻の演奏シーンは、何度見ても息をのむ。QJ今号が論じるように部活という営みは課題含みで、本作も歪みを避けずに物語るが、にもかかわらず人々が部活に集って何かを為そうとする理由をめぐる説得力のある描写だと思う(筆者は部活に熱中しながら苦い思い出を持つに至ったが、それでも胸が熱くなる)。流れる汗、息遣いさえ伝わる身体描写、楽器に反射する光、惚れ惚れするカット割り、並んで座る部員たちの足元の隙間から指揮者の滝昇を横移動のカメラワークで捉えるヌーヴェル・ヴァーグ然とした前衛的表現、ED「ヴィヴァーチェ!」からCパートまで、気づけば涙がにじむアニメーションの髄。(文=宮田文久)
第2期 第十回「ほうかごオブリガート」

【「性格の悪さ」が光る愛の説得】「先輩だってただの高校生なのに!」
「ついに愛の告白?」と茶化すあすかを、食い気味でいなす久美子。たしかにこれは告白ではなく説得だ。久美子と麗奈の関係性とは違う、先輩と後輩のやりとり。でも、お互いに踏み込んでいく。部員の言葉を代弁する久美子に「黄前ちゃん、そう言えるほどその人たちのこと知ってるのかなぁ」というあすかは、正しいとしても言いすぎだ。そんなあすかの“正論”に、久美子は「だったらなんだって言うんですか」と感情で打ち返し、自分があすかと吹きたいのだと伝える。「先輩だってただの高校生なのに!」は、あすかが一番求めていた言葉。「性格の悪い」久美子は「自分だけが特別だと思い込んで!」という言葉も忘れずに添えていて、そこが最高だ。(文=安里和哲)
第3期 第二回「さんかくシンコペーション」

【新たな一歩を踏み出す煌めき】ベンチに座った久美子と麗奈が自由曲を決定する
宇治川沿いの「いつものベンチ」で、3年生となり、それぞれ部長、ドラムメジャーという責任ある立場に身を置くことになった久美子と麗奈が語り合う。作中で経過したその時間の流れ自体しみるものがあるが、北宇治高校吹奏楽部が全国大会で鳴らす「最初の一音」=自由曲の選択をめぐって、久美子、麗奈、副部長・塚本秀一の間で意見が一致していると判明した瞬間、画面いっぱいに広がっていく宇治の黄金色の夕景に、胸が震えて仕方がない。その輝きは、『響け!ユーフォニアム』という作品が紡いできた歴史が放つ光であり、歴史を受け継ぎながら本作がまた新たな一歩を踏み出していった瞬間の煌めきでもあると思う。(文=宮田文久)
第3期 第十回「つたえるアルペジオ」

【短所を武器に変えた3年】関西大会本番前に行われた演説
誰しも答えを出してから行動しているとは限らない。あすか先輩との会話を終えて、猪突猛進に走る久美子に迷いはなかった。1期では久美子の短所として描かれていた「思ったことをすぐに口にする性格」は、北宇治高校吹奏楽部での3年間を経て久美子の強みになった。わがままを無責任に言い、言葉にしてすべてをぶつける久美子の瞳はまっすぐで煌めいている。近年の「タイパ」を重視したドライな対人関係へのアンチテーゼとして、このシーンでは「正論よりも情熱」が人を突き動かし、本音でぶつかることの切実さを視聴者に投げかける。中学時代、全国大会を目指して部員一丸となり熱くなっていた日々が目の前に広がり胸が熱くなった。(文=藤井里音(編集部))
第3期 第十二回「さいごのソリスト」(1)

【「正義」と「わがまま」の共鳴】ユーフォニアムソリ決定オーディション前の真由と久美子
私は合唱部にいた6年間、みんなと楽しく演奏することと、実力主義の演奏を両立させることは一度もできなかった。北宇治高校吹奏楽部も同じくしてその困難に幾度となく直面する。音楽には明確な正解が存在しない。(黒江)真由の中にある「正義」と久美子の「わがまま」もまた、どちらが正しいという正解は存在しない。そんななかふたりの信条が共鳴し、距離感が縮まる瞬間はいつ見ても胸を打つ。思い返すと、私も大会が近づくにつれて余裕がなくなり演奏の質ばかり優先していた。私が両立できなかったのは、人ではなく演奏しか見ていなかったからかもしれない。人を見つめ真摯に向き合うことの切実さを学ばせてくれたこのシーンは私の教訓になった。(文=藤井里音(編集部))
第3期 第十二回「さいごのソリスト」(2)

(C)武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会
【青春を捧げたふたりの聖域】涙する久美子と麗奈のエンディング
このシーンで脳裏にリフレインするのは、2年前の麗奈の宣言。「特別」への道は険しい。大吉山で「死ぬほど悔しい」と泣き叫ぶことができた久美子。彼女の不格好な腕のありようは真に迫り、絡み合う久美子と麗奈の手の動きに魅入られる。ふたりは、自分たちにとって都合のいいドラマを、自ら築いた実力主義の壁に阻まれた。けれども、その死ぬほどの悔しさは体に刻まれ、これからを生きる糧になる。美しい挫折は、一瞬の青春をすべて捧げた者にのみ許されるから、俺には縁がない。ふたりの聖域をのぞき見できただけで幸せだ……と思いつつ、自分の7歳の娘はこんな瞬間を経験できたらいいなと素朴に願った瞬間だけは、自分のつらかった部活動を忘れていた。(文=安里和哲)
『Quick Japan』vol.183は現在発売中。描き下ろしイラストデザインアクリルブロックも

描き下ろしイラストがバックカバーに登場する、『Quick Japan』vol.183(ローレン・イロアス版)は現在発売中。
さらに、「QJストア」限定で描き下ろしイラストがデザインされた限定アクリルブロックの購入が可能。






