グローバルボーイズグループ・INIのメンバー・許豊凡が、いつかは忘れてしまうかもしれない「ある一日」の心の動きを大切に書き留めるエッセイ連載。
連載第5回では、コロナ禍での隔離生活の記憶を思い出す。デビュー合宿のために韓国へ渡り、先の見えない中でもがいた2021年7月のこと──。
※本稿は『Quick Japan』 vol.183に掲載した連載エッセイの転載です。
20220818:並行時空の彼

結成2年目の夏、僕たちは初めてアメリカに向かった。
海外スケジュールはINIにとって珍しいことではない。そもそもの出自であるオーディションの成り立ちから、頻繁に韓国へ行くことはもとから想定内だった。それでも海外でライブをする、もしくは海外のファンに会える機会は、今でもめったにない。それが、結成して2年目。「いつか海外でライブしたいね」と願望半分で話していたころ、あるサプライズが僕たちを待ち受けていた。
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3月、もしくは4月? 詳しい時期はうろ覚えだが、ある日の練習終わり、いつもどおりマネージャーさんから全体のスケジュールが伝えられた。そのとき、夏に『KCON LA』というイベントへの出演が決まったと僕たちが知らされた。
LAって、あのLA?
『KCON LA』の存在は知っていたし、過去の『KCON LA』や『KCON NY』の映像も何度も見たことがある。もちろんそのステージに立ちたいと思ったことも何度もあるが、いざそれが現実になりそうになると、なんだかまったく実感が湧かなかった。それだけそのイベントが、自分たちとは遠い存在だと思っていたからだ。
そもそも、僕はそれまでの人生でアメリカに一度も行ったことがなかった。だからどんな国なのか、どんな雰囲気なのか、どんな人々に会うのか、そのときの自分には想像がつかなかった。
チームで渡米の準備を進めつつ、しばらく日本で充実した日々を過ごしていた。新曲の練習や披露がずっと続いていて、やらなければいけないことで毎日頭の中はいっぱいだった。そんななか、気がつけば8月がやってきた。
それでも変わらず、まったく実感が湧かないままだった。ビザがギリギリまで発行されず、果たして本当に行けるのだろうかと、出発日が近づけば近づくほど不安が増していた。ようやくビザが下りて、みんなで深夜の羽田空港へ向かう車に乗った。「本当に行くんだな」と、車に乗りながら過ぎていく街の景色を見つめていると、胸の中の騒ぎが止まらなかった。
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僕は、アメリカは自分にとって縁のない国だと思っていた。
高校2年生になって、まわりのみんなの進路がだいたい決まってきたころ、僕はギリギリまでずっと迷っていた。僕のいた高校は海外へ留学する人も多く、その中でも半分以上の人はアメリカ留学を目指していた。なんなら高校からすでに留学していた中学のときの同級生も少なくなかった。毎年の夏には短期留学の話も出ていたし、とにかくアメリカに関する話は、当時から僕のまわりでも絶えなかった。
海外留学を目指そうと決めたものの、果たしてこのままメインストリームに従ってアメリカを目標にするのはよいのだろうか。自分の性格の部分もそうだし、なにより家計への負担がさらに大きくなる。しかし、これまで言語面では母国語の中国語以外、英語しか勉強してこなかったのにまたゼロから違う国に挑戦するべきなのか。迷いが最後の最後まで消えなかった。最終的に自分の直感を信じて一番自分に合うと思った日本を留学先に決めたものの、もしもあのときそのままアメリカ留学を目指していたら、どんな人生を送っていただろうと、今でもたまに想像してしまう。
もしも並行時空があったら、もうひとりの僕はどこでどんな28歳になっているのだろう。
時が過ぎて、僕は大学生になった。だが、大学でも同じ状況が続いていた。自分は少しずつ芸能界を目指そうと思い始めたころ、まわりは就職活動で盛り上がる毎日を送っていた。そんななか『ボスキャリ(ボストンキャリアフォーラム)』という、アメリカのボストンで開催される就活イベントがあった。先輩から何度も話を聞いたことがあり、僕がいたクラスもゼミでも何人かが闘志を燃やしていた。そしてボスキャリの話になると、当然僕は話に参加できなかった。「〇〇がボスキャリで速攻大手の内定取れたよ」「いや、すごいね」そんなまわりの話を聞きながらも、僕は漠然とした自分の未来、そして心の中にあった不安とひとりで向き合っていた。
いつの間にか、まわりとはっきりとした分岐路ができていた。
そんな2019年の年末、僕はようやく決意を固め、初めてニューヨークへ旅行に行くことを決めた。しかし、当時一緒に行く予定だった友人の予定が合わず、旅行は延期になってしまった。来年の春休みに行けたらという話をしていたが、またもや世界の急変で、僕たちのニューヨーク旅行は幻となった。
こうして振り返ってみると、僕のそれまでの人生の中で「アメリカ」というワードはずっと近くにあった。でも結局、自分は一度もその地に行くことはなかった。そもそも僕にとっては海外旅行をするにもビザが面倒なケースが多い。だからそのころの僕は、もう「たぶん僕の人生では当分アメリカに行くことはないのだろう」とさえ思っていた。
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でもそのわずか2年後の2022年の8月18日、なんとこうして僕はロサンゼルスへ向かう飛行機に搭乗することになった。ワクワクした気持ちを抱えながらも果たして自分が降り立つ場所は本当にあの「アメリカ」なのかという、荒唐無稽な思いが入り混じっていた。12時間というそれまで経験したことのない長い飛行時間だったが、映画を観たり眠っていたりしているうちに、あっという間に過ぎていった。
ロスは少し乾燥していたが、まるで永遠に晴れの日が続くかのような、爽やかな風が吹いていた。初めての海外イベントで、わからないことも多かった。これまでほとんど教科書でしか学んでこなかった英語で、緊張で体が強張っていたと同時にワクワクする気持ちも止まらなかった。初めてアメリカのファンの方々と会い、あいさつを交わし、本当にこの土地にも、自分たちのことを知ってくれてる人々がいるんだと感動し、そして日本から駆けつけてくださったファンの方々もたくさんいて、とにかく素敵な時間となった。
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あれから3年連続でロサンゼルスに行くことになった。毎回滞在時間は短かったものの、どれもとても大切な思い出になっている。あれだけ自分とはほど遠い存在と思っていたアメリカに、今の「時空」を選んだ自分が、まさかこのようなかたちで訪れることができたのは、想像を遥かに超える出来事になった。
並行時空のあの彼も、あの彼も、どんな人生を送っているのであろうか。幸せなのか、どうなのか。僕たちの世界線が交わることはないが、今の「時空」の、今の人生を、一生懸命に生きながらも、思わぬサプライズで同じ場所にたどり着くことがあるかもしれない。
人生って、不思議だね。
第6回(WEB版オリジナル原稿)は6月5日(金)17時に配信予定です。
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