ひとつの到達点『マチネの終わりに』
福山雅治は、秀逸なボーカリストであり、優れたギタリストだが、俳優としての彼は、(ロックであれジャズであれ)バンドにおけるベーシストのようだ。ドラマーのように明確にリズムを刻み、サウンドを牽引するのではなく、密やかに、的確に、グルーヴを紡ぎ出す。己は目立たず、バンドそのものを、オーディエンス全体を、弾ませる。職人のように、淡々と、ノリを生み出すのだ。
映画俳優としてのひとつの到達点と断言すべき『マチネの終わりに』では、スランプを抱えながら、運命の女性と出逢うクラシックギタリストの内面に、形を与えた。
劇的であり、内省的でもあるこの悲恋を福山雅治はどのように演じていたか。
混迷の淵で、報われぬ恋を生きる主人公のナルシシズムを丁寧に取り除き、ヒロイン・石田ゆり子にとっての【ひとりの男性】として、福山雅治は画面に存在していた。
主観に没入するのではなく、人物を対象化する。ドライなのではない。そうしたほうが、作品が豊かになることを確信しているからこそのアプローチだ。
結果、本来はけっしてウェットなタイプではない女優・石田ゆり子が内面的な芝居を披露し、新生面を獲得した。
そう、映画俳優・福山雅治は『マチネの終わりに』という作品の輪郭を形作っていたのだ。
岩井俊二との初コラボレーションとなる『ラストレター』では、彼のそうした資質が見事に顕在化した。岩井が執筆した小説版では主人公である人物を、福山はけっしてメランコリックに体現せず、作品世界を構成するパーツとして配置。松たか子、広瀬すず、そして豊川悦司との対峙には、それぞれのシーンに宿る微細な【季節の風】を吹かせる、独特の風合いを醸し出した。
新たな領域に分け入った『沈黙のパレード』
テクスチャに留意した彼の演技は、最新作『沈黙のパレード』で、いよいよ新たな領域に分け入っている。
連ドラでもタッグを組み、『容疑者xの献身』から『マチネの終わりに』まで、映画俳優・福山雅治を誰よりも知る西谷弘による、劇場では3度目の登場となる湯川学役。
実に9年ぶり。【らしさ】は保ちながら、トリオを組む柴咲コウや北村一輝が演じるキャラクターの年月や変化をむしろ、【撫でるように見護る】湯川のありようは、さり気ない陰翳(いんえい)を感じさせるもので、熟成した白ワインを思わせる。
事件の詳細や成り行きについては一切語るまい。また、湯川が何をするかも、ここでは伏せる。
だが、【ヴェール】を感じさせる画面設計を施した西谷の演出は、福山雅治が有している白の可能性を新発見させた。
『沈黙のパレード』における福山雅治は、もはや白い壁でも、サンルームでもなく、月の光のように淡く、朧(おぼろ)げで、しかし、すべてを包み込む抱擁術に満ちている。
それを、【ムーンルーム】と呼んでみたい。
まだ宇宙の何処にもない、福山雅治だけの【部屋】だ。
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『沈黙のパレード』
2022年9月16日(金)より全国東宝系にて公開
原作:東野圭吾『沈黙のパレード』(文春文庫刊)
監督:西谷弘
脚本:福田靖
音楽:菅野祐悟、福山雅治
主題歌:KOH+「ヒトツボシ」(アミューズ/ユニバーサルJ)
出演:福山雅治、柴咲コウ、北村一輝、飯尾和樹、戸田菜穂、田口浩正、酒向芳、岡山天音、川床明日香、出口夏希、村上淳、吉田羊、檀れい、椎名桔平
配給:東宝
(c)2022 フジテレビジョン、アミューズ、文藝春秋、FNS27社関連リンク
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