神木隆之介論──夏休みの諦念。神木隆之介の声が語りかける、大切な場所。


中村倫也のアプローチが、神木隆之介の芝居を際立たせる

夏休みに向けて公開される『100日間生きたワニ』は、しかし、これまでの声優、神木隆之介の代表作たちとは趣が異なる。ここでは【変化】は描かれない。ちょっとした成長もない。むしろ【変わらないこと】が尊重されている。

社会現象化したツイッターマンガ「100日後に死ぬワニ」のアニメ映画化。カフェでバイトしていた1匹のワニの日常と夢を、始まったばかりの恋や素敵な仲間たちとの交流を添えながら見つめる。

映画『100日間生きたワニ』予告

原作のタイトルに示されているように、100日後にワニは死ぬ。ワニにとっては死ぬまでの100日間の物語である。しかし、ワニは病に冒されているわけではないし、近い死を予感しているわけでもない。

観客は(ほぼ)全員、主人公が死ぬことを知っている。しかし、本人はそれを知らない。

この状況に最も相応しいボイスアクトを、神木隆之介は体感させる。どこまでも繊細、そして、深い。

ワニの相棒、ネズミを演じるのは中村倫也。映画はある意味、ネズミがもうひとりの主人公とも言える。中村の演技も素晴らしい。中村はのん主演の実写映画『私をくいとめて』でも、声だけの演技で破格の効果を作品にもたらした。

ネズミはワニの友達で、いつも行動を共にしている

両者は映画やドラマでも共演しているが、今回興味深いのは、中村のアプローチによって、神木の受けの芝居が際立っている点である。

ワニもネズミも、出しゃばるタイプではなく物静か。しかし、ふたりになったときは、ネズミがツッコミになって、ワニは終始受けの構えになる。

この【友達時間】の豊かな醸成によって、ワニ=神木隆之介のキャラクター表現は、非凡な領域に到達した。

沈黙も表現である

たとえば、入院中のネズミを見舞いに行ったときのワニが、ネズミを笑わせようとして、あるポーズを取る。そのときの笑顔の表し方。

笑い声ではなく、笑顔を声にするということ。

このことによって、自己主張は控え目なワニの本質の部分を一瞬で感知させる。

ワニが、どれだけ優しくて、どれだけ普通で、多くのことを望まず、それでも幸せに生きているかが、当たり前に伝わってくる。

普遍の第一印象、とでも言うべき何かがそこには映っていて(神木隆之介の姿は見えないが、映っているという言葉が正しいと思う。声だけでも、演技は映るのだ)、それだけで感動する。

発声、発語をことさら変えているわけではないのに、その笑顔の声は、ワニにしか思えない。

あるいは、沈黙。

ネズミといても、親と電話していても、好きなセンパイとの時間でも、ふいに天使が通り過ぎる。フランスでは会話中の沈黙を、天使が通り過ぎた、とたとえるが、神木隆之介は、天使が通過することによってもたらされる、予期できぬ静けさを、幸福なもの、愛しきものとして、表現する。

ワニが今、沈黙していることは、ちっとも気まずいことではなく、この時間が、この空間が、とても穏やかなことなのだと、私たちの無意識は察知する。

笑顔は、声なのか。
沈黙は、声なのか。

あなたは疑問に思うかもしれない。

だが、笑顔とは表現なのだ。
だが、沈黙とは表現なのだ。

アニメーションという言葉の語源は【命を吹き込む】という意味にある。

声優、神木隆之介は、笑顔や沈黙で、ワニに、ワニだけの命を吹き込んでいる。

そして、そのことによって、ワニは、ワニだけの【いつもどおり】を生きる。

ワニが100日後に死んだとしても、その【いつもどおり】がなくなるわけではない。

夏休みは、必ず終わってしまう。
終わらない夏休みは、ない。
何か起こる夏休みもあるが、何も起こらない夏休みもある。

何も起こらないまま終わっても、夏休みは夏休みとして、残る。残りつづける。それでいい。

私たちは、心のどこかで、体のどこかで、この情緒を知っている。

神木隆之介は、声だけで、大切な場所に仕舞われている宝物を発見させてくれる。

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  • アニメーション映画『100日間生きたワニ』

    2021年7月9日(金)全国公開
    原作:きくちゆうき「100日後に死ぬワニ」
    監督・脚本:上田慎一郎、ふくだみゆき
    音楽:⻲田誠治
    主題歌:いきものがかり「TSUZUKU」(Sony Music Labels)
    声の出演:神木隆之介、中村倫也、木村昴、新木優子、ファーストサマーウイカ、清水くるみ、Kaito、池谷のぶえ、杉田智和、山田裕貴
    アニメーション制作:TIA
    配給:東宝
    (c)2021「100日間生きたワニ」製作委員会

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