「わかりあえない」から希望が生まれる(永井玲衣)|得体の知れないD vol.03

2020.4.11


他者を受け入れることは、自分を受け入れること

対話は気持ち悪くて不快でもある。わけのわからない他者の話を聞かなければならない。概念の他者はつるつるでのっぺらぼうだが、実際の他者は、ひとつの欲求や歴史を含んだ身体でもって、目の前に座っている。缶コーヒーのにおいのする息、誰かが頭を掻く音、隣の人の肌から感じる汗と熱っぽさ。顔にかかるため息、ぶつかり合う膝、咳払い。彼らも、わたしも、存在している、ということを突きつけられる。この人は確かに存在している!

だけど、対話ではその存在を、とりあえずまるごと引き受ける。目の前に人が存在している、ということを受け取ること。愛さなくてもいい。ただ、引き受けることだ。 

これは、その身体が隠し持つ欲求、感情や前提を引き受けることでもある。そして、わたし自身もまた、わたし自身に対して、わたしを受け取ることでもある。 

わたしは怒ってなんかいない、傷つくべきじゃない。こんなことを思ってはいけない。自分から出てきた感情や前提に対して、そう考えることは対話ではない。大事なのは、眺めることだ。だが、ありのままを受け入れてのみ込め、なんて言いたいわけじゃない。まずは奥底にうごめく、なんだか嫌だったりこわかったり、おもしろかったり愉快だったりするものを、取り出し、目の前に置いて、眺めること。これが対話なのだ。だから、対話の場では、わたしがわたしであることが求められる。あなたがあなたであることをのぞむ。

そこからようやく、わたしたちは議論を始めることができる。 

対話はわかりあうことでもない。 

むしろ、わかりあえないことを確かめ合う。わかりあえないことと、それでもなお、わかりあおうとすることは異なる。わたしたちは限りなくばらばらで、さまざまな理由や前提を背負い込んでいることを知った上で、わかりあおうと手をのばす。 

それでも、わたしたちはきっと「問い」を共有することはできる。 

まったくばらばらな人間がひとつのまちに集って住んでいるように、わたしたちはひとつの問いに集うことができる。そしてそれは、対話という「同じ体験」を決定的に経験するからこそ可能なのかもしれない。問いはそれぞれの人生に持ち帰られ、彼ら固有の問いとして魂に沈みこんでいく。にもかかわらず、やはりその問いは共有されている。だからこれは、共有というよりは分有と言ったほうがいい。 

ひとつのものを分かち持つこと。問いは、特権的な誰かのためのものでもないし、持ち主が誰でもないわけでもない。わたしたちは、ちょっとずつ、それぞれの人生の中で、その問いを分かち持つ。 

わたしを取り戻す「対話」

いまは対話の危機だと言われる。いつの時代でも言われてきたが、この時期は特にそうだ。わたしたちは、いま、自分の身体をもてあましている。他者のようにふるまい始める身体の痛み、息のしづらさに、不安を抱えている。

わたしたちは集まることができない。わたしたちは、同じ身体を持っているからだ。腐る肉を持ち、砕ける骨を持っている。切り込みを入れれば血が吹き出す肉体を持っている。目に見えないウイルスが入り込めば、ものの数日で息絶えてしまう、脆い身体を持っている。 

対話はわたしたちをばらばらにする。だがそれは分断ではない。対話は、あなたの前提と、わたしの理由をきちんと切り分ける。同じ意見を持っているからと、すぐさま融合しようとせず、相手の意見に同調しなくてはと感情や欲求を捨ててしまうのではなく、わたしがわたしであることを取り戻させる。

いまは、他者と物理的に文字通り距離をとらなくてはならない。わたしたちは問いどころか、この危機的状況を「分有」してしまった。石の卵はなにも言わないし、誰の声も聞こえない。 

だったらせめて、わたしという他者を、わたしは引き受けるのだ。わたしの前提を、欲求を、理由を、感情を、取り出してただ眺めてみる。わたしは、わたしとふたりきりだ。

これもきっとまた、対話である。 

「D2021」概要

「D2021」ポスター

日時:2021年3月13日(土)、14日(日)
会場:日比谷公園(日比谷公園アースガーデン“灯”内)
主催:D2021実行委員会
共催:アースガーデン/ピースオンアース
※D2021は「311未来へのつどい ピースオンアース」の関連企画です
▶︎公式サイト




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永井玲衣

(ながい・れい)立教大学兼任講師。専門は哲学・倫理学。哲学研究と並行して、学校・企業・寺社・美術館・自治体などで哲学対話を幅広く行っている。哲学実践書の執筆、哲学エッセイの連載なども行う。連載に、『晶文社スクラップブック』「水中の哲学者たち」、『HAIR CATALOG.JP』「手のひらサイズの哲学..

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