枝 優花「監督と役者は、究極の人間関係」ドラマ『コールミー・バイ・ノーネーム』が証明した“俳優業の強み”【夕方5時の会議室 #3】

編集=高橋千里


少女写真家・飯田エリカと、QJ編集部・高橋の音声番組『夕方5時の会議室』がスタート。メディア業界で働く同世代ふたりが、日常で感じているモヤモヤを、ゆる〜くカジュアルにお話しします。

前回に引き続き、第3回もドラマ・映画監督の枝 優花さんがゲストで登場。今までの人間関係と照らし合わせながら「自分ひとりでは解決できないモヤモヤを誰かと語りたくなる作品を目指した」というガールズラブドラマ『コールミー・バイ・ノーネーム』(MBS/以下『コルミノ』)の制作秘話からお聞きしました。

※音声収録は2025年2月26日に行いました

この記事では、音声の前半部分だけをテキストで公開。後半はYouTubeまたはPodcastよりお聴きください。

役者の感情を引き出すため「心の底にアクセスした」

 今が(『コルミノ』の最終夜の)放送直前で、「怖い」「緊張する」って感想がSNSでめっちゃある。怖いよね〜大丈夫だよ〜って言いたいんだけど。

飯田 でもネタバレすると、ちゃんとまとまるじゃないですか。ちゃんと救われるし。理路整然とした「好きになる理由」とかはないんですけど、ぐちゃぐちゃにぶつかったからこその、女の子同士の恋とかじゃない、人間と人間がちゃんと向き合うときだいたいこうなるよね、みたいなカオスを最後までやって雨降って地固まる……みたいな感じだったんで。ちゃんとめぐち(愛)が、琴葉をビッグラブで包んで……。

 でもあの(最終夜の歩道橋の)シーンを撮るとき、私も相当緊張して。めぐち役の工藤(美桜)ちゃんはここで泣かずに強く立っていられるかっていうこと、琴葉のパワーに負けて泣いちゃったらダメだし。琴葉を演じた尾碕(真花)は、彼女の中にある弱さみたいなものをカメラの前で出せるのかっていうところが勝負で。

段取りのときもだいぶ言ったんですよね。(工藤ちゃんは)わりともう琴葉を食らっちゃってる状態で来て、だけど「そんな顔を見せちゃダメだよ。あなたもしょんぼりしちゃったら共倒れなんだから、そこで無理することによって離れることを決めるきっかけにならなきゃいけないからこそ、一緒に傷ついてるところを明確に見せちゃダメ。あなたはどんどん強くならなきゃ」ってことを言い続けたり。めぐちっていうキャラクターはトラウマを手放したから強くいなきゃダメよ、って。

工藤ちゃんはとっても優しい子で、人の気持ちになって涙がボロッと出ちゃうような子なので、その優しさは今回はしまっておいて、強さってものを持ってほしいって話をずっとしてて。それは日に日に強くなってきてたので、最後の歩道橋のところは何も言わずともあの顔だったというか。

どっちかっていうと本題は尾碕で。重ねていろいろ撮ってはいましたけど、本人もたぶん追い込まれていて、私はこのシーンで(感情を)出せるだろうかっていう不安みたいなのもあって。

それこそ「名前を呼んで」って言うシーンも、脚本では「涙を流す」って書いてあったところを流さない方向に切り替えて、琴葉の弱さを見せる部分はここじゃない、最終夜の歩道橋のシーンに取っておくことにしたので、ある種逃げられたんですよ。でも、ガチンコで待ってるのはこれから。しかも尾碕の誕生日当日で、ヘビーなことやらせてました(笑)。

しかも、ほぼ長回しで撮ってるので。カットして撮ると気持ちが途絶えてしょうがないんで、カメラで引っ張って尾碕のターン、工藤ちゃんのターン、2ショットのターン、ポイントポイントでは抜いてますけど、基本的には芝居を切らないって方向性でやっていこうと。

飯田 カロリーいるやつですね……。

 何回もできることではないからこそ、一発で決めるぐらいスタッフも何回もリハして、カメラとか照明のミスで芝居を(何回も)やらせられないからという話をして、本当に緊張感ある中で。

公式でも言ってるんですけど、尾碕は集中力がなくて、一発目の芝居が一番いいタイプで、瞬発力のある子。で、工藤ちゃんはどっちかっていうとずっと変わらないんです。逆にどうしてそこまで集中力が続くのかわからないぐらい、何回やっても涙が出ちゃう。そんなに最初から泣いてたら持たないかなと思ったら、この子はこういう子なんだ、ずっとこうなんだと思って。

ふたりが真逆だったので、尾碕から先に撮ることにしたんですけど、1回目を撮って、スタッフには「いいんじゃないですか? いいお芝居でした」って言われたんですけど、何も納得できなくて。これのどこがいい芝居なんだ?と。

尾碕の顔を見たら一目瞭然というか、納得してない顔だったんで、ちょっと時間くださいってことで、15分から20分ほどめちゃくちゃ寒い空の下ふたりで話し合って。スタッフはもう何が起こってるかわかんないけど、とりあえず監督がなんか言ってるから待とう、みたいな感じで。

でもやっぱりリミットがあって、街の明かりも9時を過ぎてくると落ちてきちゃうから、時間との勝負もあったんですね。そのなかで尾碕と話して、私も手探りだし何を引き出したらいいのかもわからないなかで、とにかく話さなきゃと思って。

本人がもう「自分が出てこないです、頭で考えちゃってます」みたいな状態で、頭で考えちゃだめだよとかいろいろ話したんですけど見つからなくて、とりあえず一回やってみようという流れになって。

そのときに、これまた直感なんですけど「この言葉しかない」というのが自分の中にあって。その言葉が彼女に刺さるかどうかなんて1ミリの保証もないんですけど、スタートがかかって「じゃあカメラ回りました」となったときに、私が「ちょっと待って!」と尾碕に走って行ったんです。

尾碕に「今まで私と出会ってからさっきまで私が言ったことは全部忘れていただいて、なんにも信じないでください」とか言って、「え?」みたいな感じになって。そのあと、とある言葉を伝えたんです(※)。そうなったときに彼女に対してバチンってハマって。

※枝監督の意向により、伝えた言葉の内容は伏せさせていただきます

「どうしてめぐちはいつもそうなの……」と言った時点でもう唇が震え始めてたので、彼女の中の何かの歴史と琴葉ってものとめぐちってものがつながって、これはいけるわと思ってから、初めてカットかけて「うわーん」って泣いて「心から大好き」って言ったの。あれ、脚本のセリフにないんですけど、尾碕が出てきちゃった。めぐちが「泣くな!」って言ったのも、(セリフに)ないの。

飯田 もう泣いてます(号泣)。

 そこでやっぱり泣くなって言えるめぐち、工藤ちゃん強くなったなと思ったのと、そこの強さに尾碕が飛び込んで行って「大好き」って言ったのが、このとき完全にめぐちと琴葉になったなと思って。

飯田 本を飛び出てましたよね。この「うわーん」って泣き方は、芝居じゃないって思った。

 私がアクセスしたのは、彼女の中の心の底に隠れちゃってる“小さかった子供のころの尾碕”。それを見つけ出して、そこから引きずり出して、それを抱き締めてあげない限りは無理だと思って、見つかんなくて、20分やってもダメだ……隠すのうますぎる……と思って。

だからもう無理やり殴って出した感じではあるんです。現場を通してずっと静かに静かに服を脱がしてる状態ではあったんですけど、根本的な部分は絶対見せなかったんで。しょうがないですけど、暴挙に出たっていう感じですね。

高橋 監督としてその言葉をかけられるの、本当にすごいなって思います。その言葉聞いて、私もなんか泣きそうになった……。

 そうですよね。あとこれは自分の経験値ですけど、どのタイミングに声をかけるか、あれはもうスタートの直前でしか成立しなかったというか。頭を使ってやる芝居ではないので、尾碕の持ってるいろんなものを私が強奪するしかなくて。

飯田 たしかに、上手にできちゃう人ってたぶんそうですよね。

 そうなんです、彼女はそういうタイプだったので。自分が“アクティング”のトレーナーを10年以上やってるんですけれど、テクニックって言い方はあれですけど、これも究極の人間関係なんですよ。あくまで監督と役者ですけど、どれだけ撮影前に彼らに信用していただけるかっていうことが大事で。

やっぱり心の中をカメラの前や人前でさらけ出すっておかしな仕事なんで、それを託したくなるようなクルーじゃないと出せないから、そう信じてもらう組作りが大事ですし、この人たちにだったら自分の弱い部分もカメラの前で出したいって思えるように。

やっぱり信用できないと人って心は開けないじゃないですか。すごくセンシティブですし、心を開いたのに結局裏切られちゃったときに傷ついて終わっちゃうこともたぶんあると思うんですよ。

だからこそ、絶対にあなたが傷つかないようにこっちは絶対に守るからこそ、頼むから心を開いてほしい。そのためにどれだけ信用していただけるかっていうのが、私たちのお仕事かなと思っていて。

この仕事を始めてから本当に人間について勉強する時間がとても増えたので、『コルミノ』(の原作)を読んだときにたくさん大事なことが詰まってるなっていうのはすぐ思いました。

飯田 じゃあ、それまでやってきたことのいろいろが……。

 そうですね、集大成的な感じで。特に俳優さんって魅力的だけど、そのぶんたくさん心に傷を負ってる方とかも多くて。表面上だけで判断されてしまったり、変わってるねと言われたりでも私からすれば変わっているわけではなくて、それは表層的な結果であって、なぜその行動原理に至っているのかということを知れば何も変ではないし、当たり前のことというか。

彼らが持っている特徴を活かせるような役とか演出とか、いくらでもそれを魅力に変えていけるお仕事ではあるので、本人が弱点だと思ってることやトラウマすらも、生きやすくなる道にできるのが俳優ってお仕事かなとか思ったりするんですよ。だからこそ、一般社会ではハンディになるような過去を持っていても、それがいくらでも武器になっていくお仕事だし、むしろそれがあるほうが強い、みたいな。

そういうふうに『コルミノ』自体も、琴葉の過去はたしかにハンディかもしれないけど、それがあることによってめぐちと出会えて、自分の過去すらも強みになっていく……みたいなことも証明したかったのがありますね。

高橋 本当に人間ドラマを描いたんですね。

 そうですね。もちろんどこまで行っても究極のGL(ガールズラブ)だという思いのもとをやっているんですけれど、こと私が(同性愛者の)当事者ではないという分の思いとして、自分がわかる部分を誠実にやろうと思ったんです。わからない部分はわからないところに誠実にやろうと思ったので、わかることとして同じ人間として持っている感情に対して向き合おうというか、そういったドラマだったので。

やっぱり「GL」って強く謳ってしまうと、当事者じゃない人たちはどんなコメントをしたらいいんだろうかってちょっと尻込みしちゃったりとか、気を使いすぎちゃって本末転倒なことになってしまっても私は違うと思うから、誰でも楽しめるように、誰でも心に何かが残るように。当事者ではない私が作った『コルミノ』なので。

もちろんLGBTQ監修も入れてますし、いろいろケアをしながらやってはいるんですけれど、関係なくいろんな人に観ていただけるようになったらなと思って作りました。」目前にして、わりとSNSがそういう状態になっていて、私はすごくうれしいです。

【続きはこちらから!】理屈で説明できない「恋愛感情」とは?

次回は、枝 優花さんゲスト回のラスト。これまでのキャリアを振り返り“女性監督”という肩書に思うことや、「本当はこんな作品を撮ってみたい!」という願望まで、たっぷりと話していただきます。

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