かが屋・加賀翔&放送作家・白武ときおの【エロ自由律俳句|第11回後編】ゲストに現代短歌の第一人者穂村弘が登場

撮影=加賀 翔(かが屋) 文・編集=福田 駿


お笑い芸人・かが屋の加賀翔と放送作家の白武ときおが“エロチシズム”にまつわる自由律俳句を詠み合う企画「エロ自由律俳句」。連載第11回には前回の東直子に引き続き、短歌の世界から穂村弘が参加。句会後編では自由律俳句を詠む上で無視することができない“韻律”のルールについて議論を戦わせる。

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加賀 翔
(かが・しょう)1993年生まれ、岡山県出身。賀屋壮也と2015年に「かが屋」を結成。『かが屋の鶴の間』(RCCラジオ)レギュラー出演中。

白武ときお
(しらたけ・ときお)1990年生まれ、京都府出身。放送作家・YouTube作家。『みんなのかが屋』『しもふりチューブ』『ざっくりYouTube』(YouTube)、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』(日本テレビ)、『かが屋の鶴の間』(RCCラジオ)などを担当。【ツイッター】@TOKIOCOM 【メール】[email protected]

穂村弘
(ほむら・ひろし)1962年生まれ、北海道出身。歌人。歌誌『かばん』所属。1990年第1歌集『シンジケート』を刊行。1990年代の「ニューウェーブ短歌」運動を推進した現代短歌を代表する歌人の一人。『鳥肌が』で講談社エッセイ賞、『水中翼船炎上中』で若山牧水賞を受賞するなど著書多数。


加賀 翔の5句

それでは前編に引き続きみなさん5句ずつよろしくお願いいたします。

【加賀の句①】
鎖骨を舌で渡る

前半から舌ばっかり出してしまっていて、どんだけ舐めるんだと思われるかもしれないですけど……(笑)。鎖骨を舐めているときのブリッジ感を“渡る”と表現しました。舌でこう「えい!」って渡っているあの感じ。

これは両鎖骨を、ということですね?

両鎖骨を、端から端まで同じだけ舐ようという僕の態度です(笑)。

バランスをとっている。

なにより“渡る”っていう表現がいいですよね。しかも“舌が”じゃなくて“舌で”渡る。舌を乗り物みたいに扱っている。

前編でも話しましたけど、今回の加賀くんは本当に直接的というか……以前はここまで攻めていませんでしたよね。

はい、東先生との句会を経て成長させていただきました。

東さん、そんな直接的だったんだ(笑)。

解放感というか、一体感の表現が見事で。それは引き継いで行こうと思っています。

【加賀の句②】
靴下を脱がされてつま先がじんわりとする

靴下を脱がされたときって、それまで動いてなかった血液が巡り渡る感覚がありませんか?裸になった感じというか、解放感っていうんですかね。

イメージとしてわかるんですけど、体験したことは意外とないかもしれません。他人にされたら、グッとつま先まで気合い入れなきゃってなるんでしょうか。

本当は靴下なんて自分で脱げばいいんですよ。なのに相手に脱がせてもらっている。ひと手間を相手に委ねているだけ遊び心があるということを表現したくて。

ストッキングを脱がされても同じように感じるのかな?

たぶんそうだと思います。僕がストッキングを脱がされた経験がないのでわからなかったんですけど(笑)。

【加賀の句③】
耳に薄皮があるように噛む

これは「みなさんも薄皮があるみたいに噛みません?」という確認です(笑)。

なんの薄皮って言ったらいいんでしょうか……餃子?

ミニトマトの皮とか。

僕の中では、魚肉ソーセージの皮みたいに歯で剥くイメージでした。

そもそもその薄皮は剥いちゃっていいの?

剥きたいんですけど剥けない、でもまるで剥いてるかのような力加減と言いますか……。

僕はカスタードを歯じゃなくて唇でむにむにするようなタイプです。

皆さんにそれぞれの噛み方があるんですね(笑)。

耳を噛むのってそんなに定番だったんだ(笑)。人のを見学することってないから知らなかったな。

なんか今日僕、耳の話ばっかりしてますね。

でも耳はほかの部位に比べて、たしかにキクラゲみたいな異物感はあるよね。

ここにしかないコリコリ感があります。触れられる軟骨がここだけで、軟骨を触れられるというのがセクシーに感じられて。

加賀くんの今日のキーワードは舌と耳かもしれないですね。

つま先の話もしているから、僕は末端になにか感じるのかもしれないです。

末端には神経が集まっているからね。フェチと関係があるのかもしれない。

わかりやすく狭いところに行こうとしてるのかもしれないです。背中はいっぱいあるしって思ってしまっている。

「いっぱいあるし」?

背中とかお尻とかみたいにゾーンが広いところには希少価値をあまり感じないのかもね。

【加賀の句④】
伊勢丹の1階を黙って歩く

これ面白いけど、どういうことなんだろう?(笑) 伊勢丹の1階にはなにがあるの?

伊勢丹の1階は半分くらいがコスメコーナーで、反対側にティファニーやカルティエだったりのジュエリーがたくさん並んでるんです。これは恋人と伊勢丹の1階を歩いていたとき、相手がジュエリーを欲しがっているのはわかっているけど、あげてしまうとなにか契約を結んでしまうことになるのかな、とか思ったりして。

そんなこと言って大丈夫ですか?

昔の話なんで!(笑)当時、伊勢丹の1階をものすごい黙って歩いたなという記憶を詠みました。今思うとすごく情けないですね。

すごく実感が伴っているけど、伊勢丹の1階にジュエリーコーナーがあることを知っていないと難しいね。

そうですよね。化粧品の匂いだったり、伊勢丹の1階ってたぶんいろんなことが感じられる場所だと思うんですけど。

結局ジュエリーはあげたんですか?

渡しました。そういう思い出も込みの句です。

【加賀の句⑤】
不倫の肌が荒れている

不倫されてる方がいらっしゃって……。

不倫されてる方がいらっしゃって?

その方の肌が荒れているのを見つけたんです。実際は不摂生とかが理由で荒れてるんでしょうけど、一度不倫しているという話を聞いちゃうと「不倫って肌に悪いのかな」と思ってしまって。

“不倫した肌”、肌の不調の原因。

不倫って非日常の環境に行って、帰ってくることじゃないですか。

ルーティンから外れた行為であってほしいですね。

そこには自分に最適なコスメとかもないはずで、それはそれは肌が荒れるのではないかと思ってしまったのです。「あれ、この人肌荒れてる!」って思ったときに、お泊り多いのかなって思ってしまったことをデフォルメしました。

加賀さんは肌が荒れてるのを見てわかるんだね。僕はそういうことの解像度がすごく低くて。

僕は写真を撮るのが趣味なので結構敏感かもしれないです。人の顔を見るときにもはじめにそういうところが目に入ってしまいます。

そういえばこれも7・5だね。

あ、本当ですね!気持ちいいなと思った理由はそれなんですね。

今後我々が自由律俳句の流派を作るとしたら、5・7の韻律から外れたほうがいいと思いますか?

なんとなくだけど自由律俳句の名句って韻律から外れてないかな。

9音が多いです。【咳をしてもひとり】とか【ずぶ濡れて犬ころ】とか。

そうなんだ。

前に(尾崎)放哉の全句集を読んだんですけど、同じ内容の句がいろんな言い回しでたくさん載ってたんですよ。本人は一回とにかく数を出してみて、詠んだ人に響いたものが9音だったり11音だったりっていうのが多いみたいです。

穂村さんはご自分の歌集を作るときに、調整や作り直しはされますか?

しますね。しますけど改悪だったと言われてしまうことも結構あります。人は最初に見たものをいいと思う傾向もあるので、改悪という意見がどの程度取り入れるべきものなのかはよく考えないといけないけれど。

初期・中期・後期みたいに自分の中で作風の変化はありますか?

意識してやっているわけじゃないけど、まったくの別人ですね。だから本当はその時代ごとに全て作品化しておくべきなんでしょうね。たとえうまくいかなくても。

時代ごとに自分の作品を残しておく。その時代の煌めきがある。

でも才能がある人は超越するということもあって。東さんってお母さんになってから本格的に短歌を書きはじめてるんですよ。そうすると一番強い「青春期の若い時の恋の歌」が当然手薄になりますよね。それでもあれだけ書けるっていうことは、本当に能力が高いんだよね。なににでも必ず例外はある。

穂村弘の5句

【穂村の句①】
恋人の口から出てる蛸の足の先

居酒屋ですね。恋人の口から蛸の足の先が出ている。その様子を見ていると、まるで恋人の中に別の生物がいて口元から変身をしてしまいそうに感じてしまう。

蛸の足の先ってパッと見だと食べ物かどうかわからないですもんね。

そうですね。綺麗な食べ物だとこの句には向かないのかもしれない。

イカか蛸が、よりマッチしていますね。

エイヒレとかも美味しいんだけどね(笑)。蛸みたいに末端から全体像がわかるものじゃないとダメなんでしょうね。

画が一瞬で浮かぶのも素晴らしいと思いました。彼女の口元からにょきって出ている映像がとてもキュートです。

これもリズム的には【恋人の口から出てる/蛸の足】っていう定型を無理やり伸ばしているのね。

初見では「の先」もなくてはならないように感じましたけど、そうなんですね。

“はみ出ている”というのが内容と一致しているのかな。蛸の足の先が口からはみ出ているように、句としても韻律からはみ出ている。

クァー!たまらないです。

短歌ではよくある技法なんですよ。たとえば【土曜日も遊ぶ日曜日も遊ぶおとなは遊ぶと疲れるらしいね】(作:平岡あみ)っていう短歌があるんですけど、これは5・7で切って読むと「土曜日も 遊ぶ日曜 日も遊ぶ」って土曜から日曜にかけて区切りがないんですよね。つまりオールで遊んでいることを表現している。

リズムがまたがることが内容にもリンクしている。

うん。内容とリズムが連動している。だから自由律俳句も5と7を外した方が“自由”な感じがより出るのかもしれない。5と7を使ってしまう時点で定型感はやっぱり出てしまって、気持ちはいいんだけど自由律の“自由”という感じとは違うかもしれない。このあたりは専門家に教えてもらいたいね。

【穂村の句②】
着ぐるみを剥かれる

それでいうとこれなんかは短律で自由律らしさがあるかもね。【服を剥かれる】だと普通に性的な感じなんだけど、着ぐるみ剥いても別にその中は裸ではなくて。でも僕はそこにエロスを感じます。

着ぐるみってひとりでは脱げないのがすごいエッチだなと思いました。誰かがいないと脱ぐこともできないのが着ぐるみ。

僕は宇宙服とかも好きなんですが、それも着ぐるみ感から来ているのかもしれない。蛸が口から出ているのも入れ子的に着ぐるみ感があります。前半に出したウルトラマンも実質着ぐるみなわけで。

全部なにかに包まれている。

【スワンボートの顔に袋が】というのもそうですね。

なるほど。見えないこと、隠れていることにエロスがある。

性的な嗜好のイメージって自分では制御できないのかもしれない。なんだか恐ろしいですね。

【穂村の句③】
変身の途中でくしゃみをしてめちゃくちゃに

『ハエ男の恐怖』っていう有名なSF映画があって、実験装置の中にたまたまハエが紛れ込んじゃったためにハエと合体しちゃうっていう話。これも同じ考え方で、変身の途中でくしゃみをしちゃうと、変身の手順が狂っちゃうんじゃないのかな。

めちゃくちゃになるというか。

(人造人間)キカイダーなんかも右と左で正義と悪の心が半分半分だよね……こういうのも性癖なのかな(笑)。

どうしようもない状態があらわになるというか、どっちにもいけない存在っていう。

もともと変身ってセクシーだもんね、キューティーハニーとか。

虫もさなぎから一回ぐちゃぐちゃになって成虫になるわけですよね。

変態っていうのかな。あれもなんか慣れることができない。え?これがこれになるの?っていう奇妙さはある。なにか通じるところはあるのかもしれないね。

【穂村の句④】
どんな声あげても聴こえない豪雨だから 

これも最初豪雨で切ると【どんな声 あげても聴こえ ない豪雨】っていう定型になっちゃうから、「だから」を無理につけました。

「だから」のあとが美しい余韻になっていると感じました。

やっぱ575より長いものを作るのが難しいみたいで、リズム的にこれで合ってんのかどうか見当がつかないね。

穂村さんの中で575のリズムが当たり前になっている。

これって日本人が575に慣れているから気持ちいいと感じるのでしょうか。別のリズムが流行ったらひっくり返るんですかね?

沖縄の琉歌は8と6のリズムだそうから、絶対的に5と7っていうことでもないのかもしれない。

一番最初に5・7を使っていた人たちがすっごい楽しそうだったんじゃないですか?(笑)

都々逸とか交通標語とかもみんな7と5ですよね。

あるある探検隊は4・4・5ですよね「ジジイがババアを張り倒す」とか。

歌人でもすごい敏感な感覚を持ってる人は、4、4の8音を嫌ったりする。【中八がそんなに憎いかさあ殺せ】(川合大祐)っていう川柳があって、これは実際に作品自体が中八してるわけで。リズムで内容を表すっていう川柳ですね。

【穂村の句⑤】
「見ないで」とお通「言わないで」とお雪

これは鶴女房と雪女なんだけど。鶴女房の主人公であるお通さんは自分の部屋にこもって、はたを織るのを見ないでと言う。雪女は「自分と出会ったことを言わないで」って言うんだけど、結局男は見ちゃうし、言っちゃうんだよね。そして女たちは消えてしまうっていう話。

めちゃくちゃ好きな句です。お通、お雪って言葉が、僕らでは出てこないと思います。なんとなくシンボルっぽい聞こえ方がしますよね。

実際シンボルなんだよね。鶴女房型の伝承って日本だけじゃないわけでしょ。世界各国には“はごろも伝説”っていう見るなって言われてるのに見ちゃって全部ぶち壊しになるストーリーがあちこちにある。全世界共通でそこに興奮要素がなにかあるんだろうね。

「しちゃダメ」って言われちゃうと……。

そういうことだろうね。浦島太郎とかもなんでそんな意地悪するのって感じじゃん。

たしかに。じゃあ渡さないでほしいですよね。そんなの見るに決まってんじゃん!って。

白武ときおの5句

【白武の句①】
まだ一昨日にいるポップコーンの指

ポップコーンの味っていつまでも残ってますよね。一緒に映画を観た女の子と連泊して、翌日も、その翌日もその子の指にまだポップコーンの匂いが残っているのを感じたときに、「続いてるな」と感じます。

連泊が連想される句なんですね。

この指は洗っても洗っても取れないんだろうな、と。

匂いってどうやって残ってるんだろうってすごい不思議に思いますよね。石鹸で洗ってもまだ匂いがするって。

どんだけ強いフレーバーが使われているんでしょうか。

【白武の句②】
返しに来たのにまた借りる

傘とかシャツでよくあるんですけど。もう今回で終わりと思っているのに続いてしまうそのだらしなさ。

リズムもいですね。4・4・5。あるある探検隊と同じだ。

上手ですね。

【白武の句③】
風呂洗うこの夏を知らない二の腕

昨年は日差しがめちゃくちゃ強くて外に出るのが嫌だったんですけど。同じように日差しを避けてきた子がお風呂を洗うために薄着になったときに、その白い肌が見えて。

この人の腕もまだ日に当たってなかったんだ。

その美しさを詠んだ句です。

いいですね。色もそうですけど柔らかさも浮かび上がってくるようです。フランフランしてる二の腕が想像されます。

【白武の句④】
許可なく足の爪切る背中

家に泊まりに来た子が、僕が寝てるだろうからって勝手に僕の爪切りを使っている。背中向けてパチパチ爪を切ってる。その図々しさに良さを感じて。

相手が自分の爪切りを、ということなんですね。

全然勝手に使ってもいいけど、許可なく自分の家みたいな作業をここでしている。気を許してもらっていると感じますね。 

見られていることも気づいてないってことですよね。

「きょかなくあしの/つめきるせなか」これも7・7ですね。

つい短歌にしたいなと思いますか?

いや流石にそこまではないですが(笑)。5と7に整えたくはなる。

やっぱり5と7がいい箱なんですね。

【白武の句⑤】
朝をまとめるたまごをまぜる

これも音の気持ち良さでつい7・7にしてしまっています。

なんか短歌の下の句みたいですね。

「まとめる」と「混ぜる」でリフレインが効いている。

うん、これは短歌になりそう。

朝と卵で音も近いですし。

朝食を作ってくれているのを少し遠くに感じながら、この人と今日は仲良くしたけど、また今度ってことがないのかもしれないという最後の時間です。

アフタートーク

お二人ともやっぱり上手ですね。10 回もやって、まだこんなにいい句が作れるんだね。

ああ、もうこの時間が終わってしまうのか……。

後編の穂村さんも句にはすごくワンダーを感じました。

そうですよね!

でもなんか硬いなとは自分で感じますね。自由律俳句の世界には僕の全然知らないリズムの常識があるんじゃないかな。

僕たちも10回やってきましたけど、専門家の方に「それ全然違うよ!」って言われる可能性も全然あります。

自由律俳句の雑誌ってあるのかな?

商業として続いている雑誌はたぶんなさそうです。

雑誌がないっていうのはかなりマイナーなジャンルだよね。将棋とかビリヤードとかさ、ボーリングとかにも雑誌って絶対あるのに。

尾崎放哉のありとあらゆるものをまとめている「青穂」という結社があるんですけれど自由律俳句の賞である(尾崎)放哉賞はその結社が出しています。

放哉賞を取っているものには、なにか韻律にまつわるルールはありそうですか?

【闇へどうんと島が目の前】っていうのもありますね。

これは7・7だね。じゃあ無理に避けなくてもいいのか。

でも穂村さんの工夫のおかげで【蛸の足の先】を聞けましたからね。個人的にはその喜びがあります。

この世界にも流派があるかもしれないですね。5・7を避ける派閥とあまりに気しない派閥と。

東さんも5・7のところはすごい苦労してました。

やっぱりそうなんだ。

5・7から外すのが気持ち悪いっておっしゃってましたね。

エロ自由律俳句と似たもので、バレ句っていうような概念もあるよね。これもセクシーな川柳のことだと思うんだけど。

「バレ句」かっこいい言葉ですね。

ネーミングって重要だもんね。短歌や俳句が苦労してるひとつの要因として「結社」って言葉のよくなさがあるんだと思うの。すごくクローズで、なんだか良いイメージがない。とは言っても今から変えるのも難しいですし。言霊的なものの強さってあるのかもしれない。

確かに結社の響きは格好いいですが、後からそこに入るのには勇気が入りますね。穂村さんが言葉のどこに反応するのか、どうアプローチして読み解こうとするのかが新鮮でした。勉強させていただいてありがとうございました。

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【連載】エロ自由律俳句
お笑いコンビ・かが屋の加賀翔と放送作家の白武ときお。お互いに自由律俳句が好きで、詠んだ句をLINEで送り合う仲であるふたりが、「エロ」をテーマにした自由律俳句の連載。


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福田 駿

(ふくだ・しゅん)1994年生まれ。『クイック・ジャパン』編集部、ほか『芸人雑誌』編集も担当。

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