トム・クルーズ主演作のヒンディーリメイクなど2023年2月のオススメ映画
映画ファン必見の2月公開予定作をラインナップ! 映画評論家・映画ライターのバフィー吉川がセレクト&推薦する、注目の映画作品をお届けします。
目次
シッダールト・アーナンドの分岐点作品にしてハリウッド映画のヒンディーリメイク『バンバン!』
監督:シッダールト・アーナンド
脚本:パトリック・オニール(オリジナル脚本)/スジョイ・ゴーシュ、スレーシュ・ナーヤル
出演:リティク・ローシャン、カトリーナ・カイフ、ダニー・デンゾンパ、パワン・マルホートラ、ジミー・シェールギル、カムレーシュ・ギル、ディープティ・ナヴァルほか
2023年2月10日(金)公開
ストーリー
インドの国際指名手配犯オマール・ザファル(ダニー・デンゾンパ)がロンドンで捕らえられた。だが、本国移送前に仲間が拘置所を襲撃し、脱走に成功。そのころ、かつてインドからヴィクトリア女王に贈られた、インド産で世界最大のダイヤモンド「コヒヌール」を、何者かがロンドン塔から盗み出す。北インドのシムラーに暮らすハルリーン(カトリーナ・カイフ)は、祖(カムレーシュ・ギル)からこのニュースを聞かされる。宝石泥棒を主題とした映画と俳優の話に花を咲かせる祖母は、独り身のハルリーンに、自分の恋話を聞かせる。その後、ハルリーンはマッチングサイトに登録し、サイトを通じて知り合ったヴィッキーとレストランで会い、楽しい時間を過ごす。だが、ハルリーンが席を外している間に彼は姿を消し、本物のヴィッキーが現れる。それまで一緒にいた男は誰だったのか? ハルリーンが思いを巡らせながら車を走らせていると、先ほどの男が負傷した状態で突然現れ、実の名はラージヴィールで、世界を股にかける盗賊なのだと打ち明ける。彼は、ザファルの求めでコヒヌールを盗んだ犯人だったのだ。翌日、ハルリーンはラージヴィールとの接触を疑われ、警察に連行される。そこにラージヴィールが現れ、ハルリーンを救出し、国境を超えたふたりの逃避行が始まる。
おすすめポイント
1月25日からインドをはじめ、アメリカやイギリスなどで大ヒット中、5日間で世界興行収入86億円を記録した『PATHAAN』のシッダールト・アーナンドが2014年に制作した作品であり、トム・クルーズとキャメロン・ディアスの共演作『ナイト&デイ』をヒンディーリメイク。
細かい描写や大まかな流れとしては似ているが、リメイクといっても、オマージュレベルで、ほとんどオリジナル作品。それもそのはず、リメイクという名目で、シッダールト監督が前々からやりたかった本格アクション映画をやってみた!!という作品なのだ。
今でこそ、インドの代表的なアクション映画監督のひとりとして知られているシッダールトだが、元はロマンチックコメディ出身なだけに、今作はまだその余韻を残しており、アクション映画でありながらもロマコメ要素も強い作品だ。
その後の『WAR ウォー!!』(2019)になると、完全にアクションが主体の作品になってくるだけに、アクションとロマコメのちょうど中間的作品、つまり、シッダールト監督の分岐点作品となっている。
また、主演のリティク・ローシャンは、撮影中に大ケガをしながらもスタントを自ら行っている。その点においては、本家トム・クルーズの命知らずのスタント精神に通じていることから、精神的なリメイクとはいえるかもしれない。
プレコード時代、激動のハリウッドを複数の視点から描いた『バビロン』
監督・脚本:デイミアン・チャゼル
出演:ブラッド・ピット、マーゴット・ロビー、ディエゴ・カルバ、ジーン・スマート、ジョヴァン・アデポ、リー・ジュン・リー、P・J・バーン、ルーカス・ハース、オリヴィア・ハミルトン、トビー・マグワイア、マックス・ミンゲラ、ローリー・スコーヴェル、キャサリン・ウォーターストン、フリー、ジェフ・ガーリン、エリック・ロバーツ、イーサン・サプリ―、サマラ・ウィーヴィング、オリヴィア・ワイルドほか
2月10日(金)『ラ・ラ・ランド』監督が贈る“最高のショー”が始まる!
ストーリー
1920年代のハリウッドは、すべての夢が叶う場所。サイレント映画の大スター、ジャック(ブラッド・ピット)は毎晩開かれる映画業界の豪華なパーティーの主役だ。会場では、大スターを夢見る、新人女優ネリー(マーゴット・ロビー)と、映画製作を夢見る青年マニー(ディエゴ・カルバ)が、運命的な出会いを果たし、心を通わせる。恐れ知らずで奔放なネリーは、特別な輝きで周囲を魅了し、スターへの道を駆け上がっていく。マニーもまた、ジャックの助手として映画界での一歩を踏み出す。しかし、時は、サイレント映画からトーキーへと移り変わる激動の時代。映画界の革命は大きな波となり、それぞれの運命を巻き込んでいく。果たして3人の夢が迎える結末は……。
おすすめポイント
『セッション』(2014)、『ラ・ラ・ランド』(2016)のデイミアン・チャゼル監督、待望の最新作は、『ラ・ラ・ランド』につづきハリウッドが舞台となっている。
1920年代。まだ映画に対しての規制がほんどないプレコード時代から始まり、サイレントからトーキーへの変化の中で劇的に変化したハリウッドに生きた人々の視点から描く群像劇。
ブラッド・ピットやマーゴット・ロビー、そしてメキシコ系の俳優として注目株のディエゴ・カルバなどがメインキャラクターではあるものの、黒人のジャズミュージシャンとゴシップ記者、アジア系の字幕技師の視点からも描かれている。厳密にいえば、もっと多くの視点はあるのだが、キーパーソンになるのはこの6人だ。
同じ時代の映画業界でありながらも、違った視点だからこその、その時代の見え方の違いが巧みに表現されており、またその視点が交差することで激動のハリウッドをスピーディーに描いている。
またデイミアン・チャゼル作品には欠かせない作曲家ジャスティン・ハーウィッツも続投しており、『ラ・ラ・ランド』の作中曲をサンプリングした曲が効果的に使われていることからも、『ラ・ラ・ランド』と関連性を持たせている。
言葉と言葉の間の緊張感が胃を痛くする『対峙』
監督・脚本:フラン・クランツ
出演:リード・バーニー、アン・ダウド、ジェイソン・アイザックス、マーサ・プリンプトンほか
2023年2月10日(金)公開
ストーリー
アメリカの高校で、生徒による銃乱射事件が勃発。多くの同級生が殺され、犯人の少年も校内で自ら命を絶った。それから6年、未だ息子の死を受け入れられないジェイとゲイルの夫妻は、事件の背景にどういう真実があったのか、何か予兆があったのではないか、思いを募らせていた。夫妻は、セラピストの勧めで、加害者の両親と会って話をする機会を得る。場所は教会の奥の小さな個室。立会人はなし。「お元気ですか?」と、古い知り合い同士のような挨拶をぎこちなく交わす4人。そしてついに、ゲイルの「息子さんについて何もかも話してください」という言葉を合図に、誰も結末が予測できない対話が幕を開ける……。
おすすめポイント
銃乱射事件の被害者両親と加害者両親の対話を描いた、ほぼワンシチュエーションの会話劇。
全編を通して、実際に会話には参加しない教会の職員含め、すべての登場人物に緊張感が伝わり、言葉と言葉の間や空気がいちいち重苦しく、胃が痛くなるようだ。
事件について、事前に防げたのではないか、ビデオゲームが悪影響だったのではないか、親としてちゃんと子供と向き合っていたか……。
同じ年代の子供の親という点では、同じ立場であるし、想いも同じはずなのに、何が間違ってしまったのか。
当事者不在の中で、過去にどうあるべきだったかの議論を交わし、解決どころか泥沼になり、抜け出せないかと思いきや、微かな光もあったりと、ひたすら暗い物語ではないのが唯一の救いともいえる。
回想シーンも入れず、会話だけでここまで想像させて、スリルさえも与えられるのは構成力が優れているからだろう。
成長を見守ることのできない息子の眼差しが心を締めつける『いつかの君にもわかること』
監督・脚本:ウベルト・パゾリーニ
出演:ジェームズ・ノートン、ダニエル・ラモント、アイリーン・オヒギンスほか
2023年2月17日(金)より、YEBISU GARDEN CINEMAほかにて全国順次公開
ストーリー
窓拭き清掃員として働く33歳のジョンは、4歳の息子マイケルとふたりで暮らすシングルファーザー。妻はマイケルが生後間もないころに家を出て行ってしまい、頼れる身内もいない彼は、男手ひとつで息子を育てている。子育てに家事、そして仕事に追われ忙しい日々を送っているが、彼には息子に打ち明けていない秘密がある。それは、自分の余命が残りわずかであるということだった。母親には見捨てられ、父親も亡くなれば、この子は家族を失ってしまう──死を理解するには幼過ぎる、優しく純粋無垢なひとり息子を守るため、彼は養子縁組の手つづきを行い、自分が亡くなったあとに息子と一緒に暮らす“新しい親”を探し始めるのだった……。
おすすめポイント
日本でも『アイ・アム まきもと』(2022)としてリメイクされた『おみおくりの作法』(2013)では、死への向き合い方を描いたウベルト・パゾリーニが、今作では死にゆくシングルファーザーの幼い息子マイケルを見る眼差しを描いている。
経済的な問題ならなんとでもできるが、命の問題はどうにもできない。刻一刻と近づく自分の死を前に、大切な子供を養子に出さなくてはならない。
いくつもの里親の元を訪ねるなかでも無邪気なマイケルを見ていると、すぐにでも止めたいが、そうはいかない。大きなことは望まない、ただ子供の成長する姿を見ていたいだけなのに、それが叶わない。
道を歩く学生や両親のいる家族の姿を見て、当たり前の幸せを与えてあげられないもどかしさと、自分が不在の子供の未来への不安が交わる。ジョンのなんともいえない感情が伝わるからこそ、その眼差しの切なさが心を締めつける。
マイケル役のダニエル・ラモントの天才子役ぶりが発揮されており、演技とは思えないような表情と視線が、物語にとてつもない説得力を与えている。
カニバリズムをひとつのマイノリティとして描いた『ボーンズ アンド オール』
監督:ルカ・グァダニーノ
出演:ティモシー・シャラメ、テイラー・ラッセル、マーク・ライランスほか
2023年2月17日(金)公開
ストーリー
生まれつき、人を喰べたくなる衝動を持った18歳のマレンは、初めて、同じ秘密を抱えるリーという若者と出会う。人を喰べることに葛藤を抱えるマレンとリーは次第に惹かれ合うが、同族は喰わないと語る謎の男の存在が、ふたりを危険な逃避行へと加速させていく……。
おすすめポイント
『君の名前で僕を呼んで』(2017)のルカ・グァダニーノが描くカニバリズム・ロードムービー。とはいっても、『食人族』シリーズや『食人大統領アミン』(1981)、『八仙飯店之人肉饅頭』(1993)のような映画ではなく、実は『君の名前で僕を呼んで』に近いテーマといえるだろう。
多様性がうたわれる世の中で、カニバリズムというものを、ひとつのマイノリティのように描いた作品で、LGBTQ+でいうなら“+”の中にカニバリズムも含まれるのではないかという描き方がされている。少数派であることに悩み、葛藤し、自分探しをする。良くも悪くもグァダニーノ監督らしい作品なのだ。
今作に登場するキャラクターたちは、自分たちも理解できないほど強烈に「人間を喰いたい」という欲求が強い人々(一部、目的に例外はあるが)。
人間が牛や豚といった動物を食すように、その対象が人間であるというのは、私たちの倫理観においては、あり得ない話かもしれないが、そういった衝動に駆られる本能や運命、もしくは呪いのもとに生まれてしまったとしたら、それは罪になるのだろうか……。
歴史を見ても、時代によっては同性愛だって犯罪や病気とされてきた。今でも、そうされている国や地域もある。多様性を追い求めると、そこにも行き着いてしまうのではないかという究極の問いを人類に投げかけられているようでもあった。
富裕層もインフルエンサーも環境が変われば、みな無力『逆転のトライアングル』
監督・脚本:リューベン・オストルンド
出演:ハリス・ディキンソン、チャールビ・ディーン、ドリー・デ・レオン、ウディ・ハレルソンほか
2月23日(木・祝)、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
ストーリー
モデル・人気インフルエンサーのヤヤと、男性モデルのカールのカップルは、招待を受け、豪華客船クルーズの旅に。リッチでクセモノだらけな乗客がバケーションを満喫し、高額チップのためならどんな望みでも叶える客室乗務員が笑顔を振りまくゴージャスな世界。しかし、ある夜、船が難破。そのまま海賊に襲われ、彼らは無人島に流れ着く。食べ物も水もSNSもない極限状態で、ヒエラルキーの頂点に立ったのは、サバイバル能力抜群な船のトイレ清掃婦だった……。
おすすめポイント
世界には、見えないカースト制度というものが蔓延(はびこ)っている。人類は平等といいながらも、生まれながらに平等ということはなく、その社会のシステムの中で生きていくしかない。それを必死に考えないようにして生きているのが人間である。
しかし、そのシステムは、環境が変わることで一気に逆転してしまうことがある。支配されていた側が、支配する側に回ることもあるのだ。
富や権力・お金がなんの価値もなくなってしまったとしたら、富裕層やSNSの普及による現代的価値観のもとに育った者たちには何が残るのだろうか……。極端な環境下では何ができるというのだろうか……。
似たようなテーマの作品としては、2022年に公開された『ザ・メニュー』もあるが、富裕層やインフルエンサーという存在にイラ立っている映画人はけっこういるものだと実感するし、リューベン・オストルンド監督は前作の『フレンチアルプスで起きたこと』(2014)や『ザ・スクエア 思いやりの聖域』(2017)などを観てもわかるように、作品自体が風刺的なのだから、ある程度、展開の予想はつくだろう。