コスパの悪さが説得力を持つ 『いつか中華屋でチャーハンを』増田薫インタビュー

2021.4.26

汗は嘘をつかない。コスパの悪さが説得力を持つ

──なるほど。でも、そこから今回の本への道が始まったわけですもんね。連載を始めてみて苦労したことはありますか?

増田 最初は僕も結構軽い感じだったんですよ。担当にも「数ページでいいっすよ」と言われたし。でも、なんせちゃんとした漫画を描いたことがなかったので、要素を詰め込みすぎて長くなっちゃったんです。次からはもう少しページを減らそうという話をしてたんですけど、そしたら「(スタンド・ブックスから)書籍化の話が来てます」と言われ、今度は長さが必要なので逆にページを減らせなくなった(笑)。

──連載では一度お蔵入りにして本で復活したエピソード(京都の唐揚げの話)とか読むと、わりと苦労もしてますよね。実際にお店に足を運んでるわけだし。

増田 行ったけど本には描かなかったお店もたくさんありますからね。

──すごくコスパは悪いですよね。

増田 お店の方にはせっかくお話を伺ったのに申し訳なかったですが、確かに一回のお話に対しての時間や労力のかけ方としてはあんまり効率いいほうではないかもしれないですね。

──でも、コスパの悪さが説得力を持つんですよ。効率よくいってたら違うものになってますから。

増田 というかスタミナ料理を100食べるとかやってたときも同じなんですけど、単純に漫画とか記事を書くことがあまりないので、できないなりにどうにか形にしようと考えて、かける時間とか数でどうにかするしかないなと思ったんです。 別にもともと中華料理に詳しいというわけでもないですし、ひとつのお店とか料理だけで記事にできる技術もないし。 それとzukkiniさんも「たとえWEBの記事でも、汗は嘘つかないから」と言っていたので(笑)。

──いい言葉ですね。

増田薫『いつか中華屋でチャーハンを』本のデザインも著者が手掛ける

増田 「汗は嘘つかない! できればかいたその汗を見せろ」みたいな。だからつい話が長くなっちゃったんですけどね(笑)、目的のお店まで5時間歩いた話を描くから。でも、ああいうのがないと普通の情報の羅列になっちゃうじゃないですか。ウェブの記事を書く人のHow Toを見てたら、「本当に結果だけ書いちゃうと全然おもしろくないからいろいろ余分なものを入れるべし」みたいなことが書いてあって、それも参考にしました。そういうのは僕が好きだった昔のエロ本も同じで、ちょっとよけいなこととかが詰め込まれてるほうがおもしろいじゃんと。

──無駄と思うようなところがおもしろいと思える箇所は本の中にいっぱいありますよね。本当はたいして美味しくないと思ってるときは「うまい」を2回言うとかね(笑)。

増田 連載を担当してくれた僕の後輩にとっても、実はこれが初めての漫画編集だったんですよ。だから、勝手がまったくわかってない同士で漫画を作っている。本のデザインも自分がやっているので純度が高いです(笑)。描き方としては、最初に文字だけでお話を作るんですよ。ほかの漫画家さんたちがどうやって作ってるのかはわからないんですけど。

──ネームの代わりにテキストが最初にあるということ?

増田 頭の中には絵やコマ割りは全部あって、それをテキストで配置するんです。

──でも、フリーダムすぎるということはない。漫画としての機微はちゃんとありますよ。70年代のエロ本の読み物的な要素だったり、『クッキングパパ』だったり、増田くんの基本となるものが実はわりとオーソドックスというか、スタンダード感のあるものだったことが功を奏しているのかもしれない。好きなものへのオマージュも自然で、読み心地がいい。誠実さを感じるくらいですよ。そういえば、4色と2色のページ割も独特、話の途中でいきなり2色になったりします。

増田 昔読んでたエロ本では、唐突に色が変わったりして、ああいう本が作りたいなと思ってたので、そう指定しました。突然始まっていいんです。「ここから急に2色始まりますけど、大丈夫ですか?」と書籍の担当編集に何度か確認されましたけど(笑)。本のサイズも、好きだったエロ本に合わせてます。

増田薫『いつか中華屋でチャーハンを』70年代のエロ本に想を得た2色刷り

──つくづくおもしろいですね。本のカバーかと思ったら、じつは巨大な帯だというのも増田くんのデザインで、それを外して見える本当の表紙写真も最高だし。初めて漫画を描いた人と初めて漫画を編集した人が、こうして本にたどり着いて世に出るというのは幸福なことですよ。それに、「あんかけカツ丼」も「バンメン」も神戸の中華屋の「シチュー」も気になるけどそれをシリアスに追い求めたいような読後感ではないんです。単なるグルメ漫画とか食レポとも違う、脇道にそれることを楽しくさせる視点の広がりがある。

増田 話の温度感とか本の作りとかのコンセプトというほどではないんですけど、大学時代の僕が手に取って「おもしろい!」と喜んでくれる本にしたいなと考えながら作っていました。きっと喜んでくれるものができたと思うので嬉しいです。

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