「手づくりの宇宙」と人類初のSF映画
今からおよそ120年前、人類初のSF映画が誕生した。「魔術師」と呼ばれたジョルジュ・メリエスの『月世界旅行』(1902年)だ。まだ映画の技法が確立されていなかった20世紀初頭、メリエスはまだ見ぬ「映画」の姿を探求し、多重露光やストップモーションなどのちの映像表現の基礎につながる技術を発明する。
自身の代表作となった『月世界旅行』で、メリエスはオリジナルの宇宙のセットをつくり上げ、物語の中で宇宙への憧れを自由自在に表現した。ロケットが月に着弾し、月面に降り立った人々は地球に向かって手を振り、宇宙空間で三日月の女神や星たちと邂逅する――。人類がまだ宇宙に到達していなかった時代、観客たちは『月世界旅行』に描かれた幻想的な世界に熱狂した。当時の監督たちにとって、映画をつくることとはすなわち「誰も見たことがない景色」をスクリーンの上に描くことだった。
そして本作『おばけ』を読み解く鍵を握るのも、木の板や電球、ビーズを駆使した中尾監督の手づくりの宇宙だ。豆電球の光をまとった星たちが、映画に没頭する彼の姿を照らし出すように美しくきらめく。あるいは『銀河鉄道の夜』を思わせるミニチュアの列車が、スクリーンの前の私たちを幻想的な宇宙の旅へと連れて行く。
そうした手づくりの装置のひとつひとつが、この映画を壮大なファンタジーの世界へとつなげていくのだ。映画史の草創期に偉大な功績を残したメリエスの『月世界旅行』から120年のときを経て、当時と同じくアナログな手法で映画を撮り続ける中尾監督もまた、スクリーンの上に手づくりの宇宙を描き出した。単なる偶然かもしれないし、意図的にオマージュを捧げているのかもしれない。だが、誰よりも映画を深く愛し、誰よりも映画と真摯に向き合った中尾監督だからこそ、たったひとりでSF映画の原点に到達したのだと想像するほうが、なんだかロマンチックではないか。
「誰も見たことがない景色」を求めて
中尾監督は自主映画という極めて個人的な場所から壮大な宇宙へとアプローチし、「誰も見たことのない景色」を描き出した。それは身を削って映画を愛し、映画と戦ってきた中尾監督だからこそ到達できた、自主映画の美しい新境地だ。
最先端の技術を注ぎ込んだ商業映画であろうと、予算も手法も限られた自主映画であろうと、映画はその誕生から今に至るまで「誰も見たことがない景色」を志向している。それは世相を鮮やかに反映したストーリーテリングによるものだったり、CGを駆使したダイナミックな演出によるものだったり、はっと息を呑むような俳優の演技によるものだったり。そして本作『おばけ』のように、監督個人の思いや情熱がダイレクトに反映される自主映画だからこそ到達し得る美しい景色も、確かに存在する。その景色は観客である私たちの胸を打ち、これからも映画に夢を見させてくれるだろう。『おばけ』はそんな自主映画の未来にさらなる期待と希望を抱かせてくれる作品だ。
『おばけ』
7月11日(土)より、ポレポレ東中野で公開
監督・出演:中尾広道
声の出演:金属バット(小林圭輔、友保隼平)
エンディング曲:真島昌利「HAPPY SONG」