遅く起きた日曜日に、近所の食堂で静かに昼ご飯を食べる
スズキナオ「遅く起きた日曜日に」第6回
初の著書『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』が現在5刷のロングセラーとなり、 テレビ、雑誌、SNSなどでも話題の「チェアリング」の開祖としても知られるスズキナオさん。
「なんでもない日々を少しぐらいは楽しいものにする」アイデアを提案する、誰にもできる遅く起きた日曜日の楽しみ方。
「次に来たら単品メニューの中の『ラーメン』を食べようと、そのときそう思ったのに、あっという間に5年も経ち、閉店の知らせを聞くことになった」
この状況のなか、全国でも数多くの個人店がひっそりと店を閉めている。あの日の食堂の昼ご飯を振り返り、焦るような気持ちで近所にあるもう一軒の定食屋に足を運ぶ、遅く起きた日曜日の朝。
幾度となく繰り返してきたことだが、こうなってやっと後悔するものだ
近所の古い食堂が閉店したという知らせを聞いたのはつい先日のことだ。しばらく営業している気配がないな、とは思っていたのだが、「あそこ、店閉めたよ」と、同じ町に住む友人がそう教えてくれた。
「松葉食堂」という店で、「めし」と大きく書いた看板が好きだった。店の佇まい自体もよくて、いつもその前を歩いては「いい看板だな。いい店構えだな」と、指差し確認するみたいに思っていた。
毎年、冬になると店のドアに「かす汁 さくら咲くまで」と色紙に書いたものが貼り出される。「冷やし中華始めました」は季節の到来を告げるフレーズとしてすっかり定着したけど、「かす汁 さくら咲くまで」も負けてない。いや、こっちのほうが風情があるんじゃないか。
と、こんなふうに書きながら、いつも自分はその店の前を通り過ぎるだけだった。店内に足を踏み入れたのは一度きりだ。デジカメで撮った写真を適当に突っ込んであるフォルダから、ようやくそのときに撮った何枚かの画像データが見つかった。5年ほど前に撮ったものだ。その1枚1枚に助けられるようにして、ようやくじわじわと記憶が蘇ってくる。
店に入ると左手に木枠で縁取られたガラス戸があり、そこに煮魚とか揚げ物とかおでんとか、おかずの乗った皿が置かれている。そこから食べたいものを選ぶか、丼もの、うどん、ラーメンなどの単品メニューを注文するか、好きにしていい。
この日の私はトンカツとマカロニサラダをおかずに大盛りの白米を食べたようである。そしてそこにあとから汁物を追加したようだ。
店内をきれいな猫が歩いてきて、思わずその姿を写真に撮った。「かわいく撮ったってなー」とお店のおばさんが笑っていたような気がする。
「うちは古いんよ。50年以上やってるで」と、お客さんがほかにいなくて暇な時間だったからか、おばさんが語ってくれた。「そのころ、このへんゆうたら賑やかやったよ。路面電車の終点やったんよ」と言う。
その路面電車は「大阪市電」というもので、いくつかあった路線の中の「都島守口線」がここまで伸びていたようだ。1969年まで走っていて、終点であったこのあたりは乗降客も多く、駅を中心にして栄えていたという。映画館がいくつか建っていたらしい。
ちなみに現在のこのあたりは、地下鉄の駅こそあるものの、初めて歩く人がいたらきっと「これといった特徴のない町だなー」と感じるであろう閑静な住宅街で、映画館がいくつもあったなんてとても信じられない雰囲気である。
あとになって、その映画館のひとつを祖父が運営していたという人に偶然出会った。賑やかな町に映画館を開業して、「さあ繁盛するぞ」とその人の祖父は意気込んだそうだが、観客は割と多く入るのに一向に売り上げが上がらない。よくよく調べてみると、受付を任せていたおばさんが顔の広い人で、近所の人をいつもみんなタダで入れていたんだとか。それがきっかけかはわからないが、映画館はすぐたたむことになったんだと、そんな話を聞いた。
「松葉食堂」のおばさんは、古い写真を持ってきて見せてくれた。このあたりを市電が走っていたころの写真だ。
開業当時の「松葉食堂」の写真もあった。店の前に立っている子供のひとりが、おばさんだっただろうか。きっと詳しくいろいろと聞かせてくれたはずなのに、残念ながら記憶が曖昧である。
次に来たら単品メニューの中の「ラーメン」を食べようと、そのときそう思ったのに、あっという間に5年も経ち、閉店の知らせを聞くことになった。店の前まで行ってみると「めし」の看板はすでになく、かつてここが食堂だったことすらすっかりわからなくなっていた。
もう幾度となく繰り返してきたことだが、こうなってやっと後悔するものだ。焦るような気持ちで、もうひとつ、近所にある食堂を訪ねてみることした。
さっき夢中ですすったカレーうどんにも60年の歴史が生きている
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