英国のEU離脱。そのとき、チーズが動いた。(川田十夢)

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2020.2.10

文=川田十夢 編集=鈴木 梢


開発ユニット「AR三兄弟」の公私ともに長男で、開発者の川田十夢。AR(拡張現実)技術を駆使し、多くの人々を魅了する世界をつくり出している。

川田は、今年1月の終わりから11日間の旅に出ていた。最初に訪れたのは、ブレグジット(※)直前のイギリス。そしてドイツ、フランス。1月31日、イギリスがEUを離脱した。変革の真っ只中、現地の人々はどのように過ごしていたのだろうか。また、川田は現地でなにを見て、なにを感じたのだろうか。

※ブレグジット
「Britten(ブリテン=英国)」と「Exit(エグジット=離脱)」を合わせた造語。

ロウソクの火のように揺れる英国

2020年1月31日、イギリスはEU(欧州連合)から正式に離脱した。そのちょっと前には、ヘンリー王子とメーガン妃の王室離脱も決まったばかり。あの英国が露骨に揺れている。レッド・ホット・チリペッパーズからジョン・フルシアンテがちょいちょい脱退したり復帰したりするのとは、少し意味合いが異なる。

ビートルズ、ローリング・ストーンズ、デヴィッド・ボウイ、クラッシュ、スティング、ポール・ウェラー、クイーン、ジョイ・ディビジョン、ザ・スミス、レディオヘッド、ストーン・ローゼズ、オアシス、アークティック・モンキーズなどなど。ひと息で英国の音楽を振り返っただけで、影響の山脈にぶち当たる。それらを象った文化事情が変わってしまうのは寂しい。

揺れるといえばロウソクの火だが、その周辺の現象で宇宙をやさしく語ってくれたさわやかファラデーも、イギリス王立研究所の教授だった。芸能から芸術、そして科学に至るまで。文化の骨格はイギリスが支えてきたところがある。ブレグジット迫るなか、11日間の休みをとって拡張現実的な旅へ出かけた。

ブレクジット直前のロンドンでは、チーズが回っていた。

羽田空港からヒースロー空港、タクシーで宿泊先のサヴォイ・ホテルへ。近代ホテルの歴史はここから始まったらしい。ロンドンといえば演劇、街には映画より多くのポスターが貼られている。ホテルには劇場が併設されているが、順番としては劇場用の発電機を収納するために土地を購入したのが先。近代ホテルの始まりが劇場の副次利用であったことが、ロンドンという都市の性格を表しているようで微笑ましい。

いい舞台に対しては拍手喝采を惜しまない国民性。いくつかの劇公演を楽しんだあと、食のテーマパークのような場所へ出かけた。ヴィーガン向けのハンバーガー、枚数指定で注文できる生ハムと厚さを決められるサラミ、焼きたてのソーセージをふたつ折りにしてパンに挟むジャーマン式ホッドドッグなど。品ぞろえが豊かな雰囲気。フィッシュ&チップスの印象しかなかったロンドンだけど、もうそんなことないみたい。安心して足を奥へ進めると、何やら円盤状のものが回っている。

なるほど。ネタの乾燥を防ぐために考案し特許まで取った「くら寿司」インスパイアの回転寿司屋かと思いきや、お皿の上に乗っているのはチーズ。英国産にこだわったセレクトであるらしい。レールは日本のように円形ではない。そこは世界最古の地下鉄がある街、店舗スペースに合わせた複雑な形。さすがの施工能力。日本の寿司は醤油の一択だが、ロンドンの回転チーズではお皿ごとに異なるオリジナルディップがついてくる。ベリー系であったり、生チョコであったり。一緒に食べると、平面だったチーズの味が立体になった。