中川翔子という文化的特異点

2021.12.2


女性のオタク趣味に対する軽視を省みる

筆者自身、思春期に教室で時間を共にしたクラスメイトのうち、“よくわからない存在”としてある種切り離し他者化して見てしまっていた生徒たちに対する負い目のようなものがある。

成人して以降BLをはじめとした彼女らのカルチャーに触れるようになり、「あの子たちのあの感じはそういうことだったのか」と時を経て辻褄が合うような感覚があった。当時はあまりにも解像度が低く、“よくわからな”かった。

無粋極まりないし、界隈では前々から言われているだろうことをあえて言うが、解像度が多少高まってきたある日、テレビで中川翔子がオタク趣味について語る内容を聞いて、中川翔子ってどっちかって言えば腐女子より夢女子寄りなんじゃないか、と思い至ったときに心底ゾッとした。自分の視野の狭さ、暴力的に人を決めつけて断じていたことに対しての“ゾッと”だ。

書籍『中川ブロードウェイ』
中川翔子のオタク趣味がのぞける書籍『中川ブロードウェイ』(エムオン・エンタテインメント/2014年)

だから“こうだ”と断定したいわけではないし、そもそもこれはパーソナルな部分に踏み込む野蛮な言及だし、知る限り本人がどうとも明言していないことなので、実際に腐なのか夢なのかという話は本題ではないし、ここで言い切ってはならない。

じゃあなんでこんな話を持ち出したのかというと、「女性のオタク=腐女子」という、さんざん言われてきた誤った認識が自分の中にこびりついていたことを改めて思い知らされたということだ。

当事者たちが必ずしも自分たちのカルチャーの認知拡大を望んでいるわけではない(というかひっそりやりたいという人のほうがおそらく多いだろう)ということとは別軸の話として、上記のような乱暴な認識はある意味ミスジェンダリングに近いことだし、ひとつのカルチャーを、アイデンティティを自分があまりにも大雑把に捉え、理解したつもりで軽視してきたということの証拠にほかならなかった。

女のカルチャーは透明化される、ということを、自分自身の態度を通して再認識することになった。これまで切り捨ててきた物・事・人に対するリスペクトのなさに恥じ入ると共に、しみじみと「つまんない奴だな……」と思う。自分の楽しめるものの幅を自ら狭めていた。思春期にBLを楽しめなかったなんて今振り返れば損失でしかない。

「男オタク」の不存在性

近年では芸能人、特にアイドルをはじめとして、人前に出る仕事をする女性たちの中には、なんらかのジャンルのオタクであることを公言する人が多い。重ね重ねになるけれど、つい最近まではそれをしづらいムードがあって、そのムードの潮目の変化において大きな役割を、中川翔子が果たしたのではないかと思う。

わかりやすい例でいえば、メンバーそれぞれが何かしらのオタクであることを公言しているでんぱ組.incだ。彼女らが中川翔子と共に発表した楽曲は、あえて言えば「女オタクの『Get Lucky』」だ。

しょこたん❤でんぱ組『PUNCH LINE!』

つまり、ダフト・パンクが自身に多大な影響を与えたナイル・ロジャースを迎えて作品を発表したことと重なる趣があるということ。リスペクトをもって先達をフックアップし再評価する行為だ。

伝わる自信がないので一応もう1種類別のたとえをしておくと、マシン・ガン・ケリーとトラヴィス・バーカー(blink-182)の関係性にもなぞらえられる。これも伝わる自信はない。

また、中川翔子の存在が追い風になった部分がどれほどあるのかは断定できないところ(だし、当事者たちにとって必ずしも歓迎されるだけの存在ではなかったのかもしれない)だが、自身がオタクであることについて女性たちが顧みるナラティブは年々存在感を強めている。

カルチャーを通して考える自身と社会の関わり、コミュニティ内におけるジェンダーイシュー、同好の士との連帯、語られてこなかった歴史を残そうとする試み、BLを消費する自身の加害性との対峙など、多角的に論じられてきている。

『ユリイカ2020年9月号 特集=女オタクの現在』
『ユリイカ2020年9月号 特集=女オタクの現在』青土社

対して、「男オタク」であることについての自省や考察の文章がどれほど存在するだろうか。あったとしてその多くは「オタク」についての考察として書かれているのではないだろうか。

「男子高生」とは言わないのに「女子高生」という言葉が定着しているのはなぜか?
「男流棋士」「男子アナ」「キャリアマン」という言葉を聞いたことがあるだろうか?
逆にケア的な役割は「女」に仮託されるので、「イクウーメン」という言葉は使われない。

中川翔子の登場は、本人がそう意図したかどうかにかかわらず、ある種透明化されてきた女性のカルチャーを顕在化し、主体性を女の手の中に取り戻す行為として機能したように思う。

彼女が先陣を切って自己表現したことによって起こった波がまた次の波を呼び、重なって大きな波となりまた次の波と重なってを繰り返してきた。そうして社会にもたらされたものを想像する。教室で息をしやすくなった子供たちが、そして職場で趣味の話をできるようになった大人たちが、実は相当いるのではないだろうか。

それは数値などのかたちで明確に効果測定ができない部分だし、本人たちが「引いては彼女のお陰だ」と認識しようのない、時間の経過と共に少しずつ積み重ねられた意識レベルの変革なのだろう。この仮説が丸っきり的外れでなければとんでもない大変革だが、断定口調で語るには難しいラインの事象だ。

だからこそ無粋を承知で問題提起としてこの文章を書いた。願わくば、論文や書籍などのかたちでオタク史が振り返られるとき、ここに書いたようなことが調査検討されればと思う。「女オタク史」だけではなく、「オタク史」でもだ。


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