大ヒットWEB4コマ『妻の飯がマズくて離婚したい』が教えてくれたこと。アニメの食事表現史を考える(藤津亮太)

2021.10.2

どうせお腹に入れば同じって

登場するのは小学生を筆頭に3人の子供がいる夫婦。夫はサラリーマン、妻は小さな会社のパートで働き、家事も担当している。事の発端は、夫が高い外食をして帰宅したこと。妻がそのことを責めると、夫はそれまで我慢してきた気持ちを妻にぶちまける。

「ミナミの口癖だよな どうせお腹に入れば同じって…(略)で食事を楽しみたいんだ 美味しいものを食べることも人生の楽しみのひとつなんだよ」(6話)

しかし妻にはこの夫の言っていることが伝わらない。そしてケンカの挙げ句、ふたりは離婚まで考えるに至る。

この夫婦の衝突は「家事の役割分担」や「家計と節約」などさまざまな要素が絡み合うトピックではある。でも根本の原因は「食事の楽しさ」に対する「網の目の細かさ」が大きく違っているところにある。このあと、マンガはふたりの子供時代に触れ、ふたりの食事に対する「網の目の細かさ」の違いがどう形成されたかを説明していくことになる。

アニメ『あたしンち』のお弁当

このマンガを読んで思い出したのはアニメ『あたしンち』の第1話「だからそーじゃなくてっ」だった。『あたしンち』はけらえいこの同名漫画のアニメ化。超個性的な“母”をフィーチャーしたコメディで、第1話は母と娘のみかんのお弁当の内容をめぐるすれ違いが扱われたエピソードだ。

https://youtu.be/YmoyEwGhhXk
「だからそーじゃなくてっ」第1話 | あたしンち |

みかんの不満は、母の作るお弁当が適当なこと。ある日は塩鮭、ある日はタラコと、おかずがドンと一品入っているだけなのだ。みかんとしては、ほかの友達のお弁当のように、串に刺さった肉団子やプチトマトが入っているようなお弁当がいいのだが、この感覚がなかなか母には通じない。結果、串に刺さった肉団子がたくさん詰め込まれたり、山盛りのプチトマトがおかずになったりする。サブタイトルの「だからそーじゃなくてっ」というのは、もどかしくてみかんの口から出たセリフそのままだ。

みかんは母に別に凝ったものを作ってほしいわけではない。もうちょっとおいしそうと思えるような見栄えや工夫をしてほしいというだけなのだ。でも「おいしそうな食事」に関する母の「感性の網の目」はかなり粗いのだった。

もちろん日本のお弁当は“がんばり過ぎ“で、それが世のお弁当担当者(現状はやはり母親が多いだろう)の負担になっているという現状はある。ただ一方で「お腹がふくれればそれでいい」という観点だけでは、「食の楽しさ」という点で貧しい、というのも事実だ。

味に対しての解像度

そんなことを思うのは、僕自身が長らくまったく料理をしないで生きてきたからだ。しかも食事に関しては「目が粗い」ほう。少々マズイ店に当たって、「まあ、これはこういう食べ物だろう」と思うだけでやり過ごしてしまうことが多い。もちろん「彩りのよい食卓はおいしそうに感じられる」という感覚もなかった。

それがちょっとずつ変わってきたのは、結婚する前に、今の妻に初心者向け料理本『ケンタロウの和食 ムズカシイことぬき!』(講談社)を渡されて、ちょっとずつ料理をするようになったから。子供が生まれてからは土日の昼食担当にもなり、ちょっとずつ料理に慣れてくることで、食に関する網の目が多少なりとも細かくなってきたからだ。

『ケンタロウの和食 ムズカシイことぬき! 』ケンタロウ/講談社
『ケンタロウの和食 ムズカシイことぬき!』ケンタロウ/講談社

自分なりに変化の要因を考えてみると、ふたつ理由がある。第一に、実際に料理をしたことで、食事の味がどういうふうにできているか理解できたことがある。味に対しての解像度が(低いなりに)上がったのだ。

そしてもうひとつは、いろんな料理本で料理写真を見るうちに、彩りに代表される見栄えも「おいしさ(おいしそう)」の重要な要素だということが刷り込まれたからだろう。これももちろん、そんなにレベルの高い話ではなく「プチトマト添えるとよい」とか「人参が入っているのがいい」とか「白いりゴマをふりかけるだけで料理っぽくなる」とか、そういう程度の話ではあるのだけど。

宮崎駿のダメ出し

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