俳優・古舘寛治 カルロス・ゴーンの日本脱出から考える人質司法の問題点

2020.1.29

「推定無罪」という理念からかけ離れた日本の司法制度

古舘寛治_クイックジャーナル_2_法務省
「ゴーン被告は司法の場で無罪を証明すべき」という森まさこ法務大臣の発言が波紋を呼んだ

人質司法。有罪率99.9%。という初めて聞いただけでは理解に苦しむ言葉もこの司法制度を知れば「なるほど」と膝を打つではないか。

つまり有罪と宣告される前に何カ月も拘留され、弁護士不在でひとり取り調べを受け続けるという現状を「推定無罪」と言えるのか?というのが、海外からの批判であろう。それを知った私も「無罪であってもすでに相当の罰を受けるシステムなのだな」と思う。

その上に今や問題だらけで信用のおけない政府が司法の人事も握っているという。こんな司法をどう信用しろというのだ。捕まったら終わりだ。

なんと言ってもこの「推定無罪」という司法における国際的な理念、原則がまるでこの国の司法制度とかけ離れていることを証明したのが、誰あろう森まさこ法務大臣だった。「ゴーン被告は司法の場で無罪を証明すべき」と口走ったのだ。何が問題か? ゴーン氏の弁護士のコメントを引用する。「有罪を証明するのは検察であり、無罪を証明するのは被告ではない。ただ、あなたの国の司法制度はこうした原則を無視しているのだから、あなたが間違えたのは理解できる」(毎日新聞、1月11日夕刊)。

森法相は「無罪の主張というところを証明と間違えた」と訂正したようだが、政治家のこの手の訂正は毎度最初に出たのが本音で後出しが建前であると私は思う。勉強の足りない一般市民が言うのならいざ知らず、司法制度のトップを司る法務大臣がその程度の認識であることに愕然とする。

政治に、社会に無関心でいるのが最善策なのか……

拘留して「無罪を証明してみろ」と迫るのが日本の司法なら、私も何か無実の罪で逮捕され有罪になることが容易に想像できる。

明るく毎日を過ごしたい、と人は思う。私もそうだ。しかしなんだろう。今回も司法という国の最重要機関のひとつの現状を知り、考えるほどに自分の元気を失っていくような気持ちになる。行政府、立法府を監視する役目もある司法府までがこのような有様で、国を動かしているあらゆる最高権力のシステムが時代について行けず機能不全になっているのか。

なぜこんな社会になってしまったのかを考える。戦後の繁栄からすでに始まっていたのであろう、最初に述べた日本の教育現場での「学び」。「全体の空気を読む」「損する正義は語るな」「黙っているほうがいい」という学びが今、その効力を国全体に行き渡らせている、という想像は冗談が過ぎるだろうか。

明るく生きるにはやはり、政治に、社会に無関心でいるしかないのだろうか。


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