『機動戦士ガンダム』の“父殺し”
一方で、強制的に“父殺し”をすることになってしまったのが『機動戦士ガンダム』の主人公アムロ・レイだ。アムロの父は、連邦軍の軍属の技術者であるテム・レイ。テムは仕事人間で、あまり父親らしいことをアムロにしていたわけではない。しかし、ガンダムのマニュアルを手にしたアムロが思わず「親父が夢中になるわけだ」と呟くなどの言葉の端々には、アムロが、技術者としてのテムについて一定の尊敬を感じていたであろうことも垣間見える。
しかし、テムは戦闘に巻き込まれ宇宙へ放り出されてしまう。そして再びアムロの前に姿を見せたとき、テムはもう廃人同然の状態だった。そこには「よい機械」を求める「切断の原理」が形骸化して残っているだけだった。アムロは悲しみの中で、父がもうかつての父ではないことを受け止め、強制的に“父殺し”を終えることになる。
アムロとテムの決別は第34話「宿命の出会い」。その後、アムロはさらにその戦闘能力を研ぎ澄ませていき、第40話「エルメスのララァ」では、アムロの能力に合わせるため、ついにガンダム自体をパワーアップしなくてはならなくなる。父が作ったモビルスーツの性能を上回ってしまったアムロの能力。そう考えると第40話でガンダムに施されたパワーアップのためのマグネットコーティングは、“父殺し”の仕上げのようにも見えてくる。
『機動戦士Vガンダム』の“父殺し”
『機動戦士ガンダム』が、乳離れ(親殺し)を含む教養小説的な成長物語として語られていたのに対し、同じ富野由悠季監督による『機動戦士Vガンダム』はそのようなストーリーラインを採用しなかった。13歳の主人公ウッソ・エヴィンは少年のまま戦争に巻き込まれ、そして少年のまま物語は締め括られる。だが、だからこそウッソとその父ハンゲルグ・エヴィンとの関係性は印象に残るものとなった。
ウッソの父ハンゲルグ・エヴィンは、レジスタンス組織リガ・ミリティアの創設者。リガ・ミリティアのリーダーであるジン・ジャハナムを名乗る人間は複数おり、ハンゲルグはそのうちのひとりである。第41話「父のつくった戦場」で、ザンスカール帝国との決戦前に、リガ・ミリティアと地球連邦軍の軍艦が集結することで、ウッソとハンゲルグは再会することになる。
思わぬ再会を喜び合うウッソとハンゲルグだが、その会話はどこかギクシャクしている。その後も、ふたりは何度か言葉を交わすが、やはり会話はなかなか噛み合わない。それはハンゲルグが、ウッソの前に立つと、組織人として「切断の原理」に則って、よい兵士を前提とした、「上官としての会話」しかしないからだ。だからハンゲルグは、ウッソを息子としてそのまま「包含」することはできない。
ウッソもウッソで、その状況に言葉にならないモヤモヤを感じつつも、「父にとってのよい子供であろう」とするので、甘え切ることもできない。父に褒めてもらおうと戦場で張り切っても、ハンゲルグは「兵士に対する労いの言葉」しかかけてこない。ハンゲルグの情に薄い態度を見た連邦軍の提督が「もっと優しくしてやってください」と諭すシーンもあるほどだ。
『Vガンダム』の中では、ふたりの関係性はこれ以上は深掘りされることはない。だからこそ、宙吊りになったままの──でも、キャラクターの関係性だけは非常にリアリティを感じさせる──父子の描写は心に残ることになった。
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