1.2019年のアニメ市場は過去最高に
ビジネスなのだから、まずは数字の話から始めよう。11月30日に、日本動画協会から『アニメ産業レポート2020』が発表された。これはアニメ産業についての産業統計で、今回のレポートでは、2019年のアニメビジネスの概況が報告されている。
それによると、2019年のアニメ関連ビジネスのユーザー市場(末端の人がアニメ関連の商品・サービスに使った金額。広義のアニメ市場)は2兆5112億円。2018年比で15.1%増と高い成長を見せた。昨年のレポートでは2018年の概況を「急速な成長にブレーキがかかった感があるのは否めない」とまとめていたから、右肩上がりも頭打ちかと思ったところに、まさかのふた桁アップ。当然ながら国内アニメ制作会社の売上合計(狭義のアニメ市場、アニメ業界市場)も3017億円で前年比12.9%の増加だった。まさに「よもや、よもや」の結果といえる。
とはいえ2020年はコロナ禍の影響で、ビジネス的には低調な結果になるのは避けられないだろう。「よもや、よもや」の2019年が、2010年代のアニメの盛り上がりのピークとなるのか。それとも、配信ビジネスの好調がアニメ産業にもこれまで以上にプラスに働いて、2020年もなんとか持ちこたえるのか。来年のアニメ産業レポートが2020年をどう総括するか、現時点から大変興味深い。
2.コロナ禍で変わったアフレコ現場
コロナ禍がアニメ業界に与えた大きな影響のひとつに「アフレコ方法の見直し」がある。
これまではアフレコブースの中に、時には20人近くにもなるキャストが全員入って収録するのが当たり前だった。当然ながらこれはコロナ禍にあってはあまりにハイリスクな環境である。
これに対し日本音声製作者連盟は、5月26日に「音声制作における新型コロナウイルス感染症防止ガイドライン」を発表し、安全にアフレコを行うための防止策を示した。これを受けて、現在は新たな体制でアフレコが行われるようになった。
まずブースに入るのは3〜4人までとなった。キャストの間にはアクリルなどの衝立が置かれている。また高齢のキャストは単独で収録することも多い。こうした対策に加えて、消毒と換気などを組み合わせ、スタッフも密にならないようリモートでの参加も使いながら、現在のアフレコは行われている。
安全第一とはいえ、従来のようにできないことによる不都合もある。まず間違いなくこれまで以上に時間がかかるようになっているし、それをどう効率化するかという問題もある。
また、大勢の群衆の声である“ガヤ”を収録するとき。これまではブースの中に大勢入って一斉に録ることで雰囲気が醸し出されていたが、今は3〜4人ごとに録ったものを重ね合わせてなんとかガヤらしくせざるを得なくなっているという。せっかく同じ作品に出演していても、若手がベテランの演技を直に見られる機会が極端に減ってしまったというデメリットも聞く。
日本のアフレコは、キャストが原則そろってセッションしながら録る、というところに特徴がある。コロナ禍はその根底を揺るがしかねない事態だった。先行きの見えない4月ごろ、音響スタッフから話を聞いたときは「日本のアフレコ文化の危機」を懸念していた。
結果として関係者の努力により、日本のアフレコ・スタイルをなんとか維持したかたちでアフレコが再開できたわけだが、アフレコ文化が感染症に脅かされるとは、関係者にとってはまさに「よもや、よもや」の事態だったに違いない。
3.『鬼滅の刃』の国民的ヒット
そしてなんといっても今年一番の「よもや、よもや」の出来事は『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の大ヒットだろう。同作は11月24日には興行収入(興収)259億円を突破し、『君の名は。』『アナと雪の女王』を超えて日本国内興行の歴代3位のヒットとなった。
このヒットがどのように準備されたか、そのメカニズムについてはこの連載で以前考察しているので、ここでは改めて振り返らない。今回ここで取り上げたいのは、大ヒットとなって以降の話題だ。
国民的大ヒットになり、メディアで『鬼滅の刃』の話題が出ない日はない状態だが、そのなかで原作者・吾峠呼世晴や、外崎春雄監督をはじめとするアニメスタッフに積極的に脚光が当たることは非常に少ない。おそらくそこには何か考えがあり、その方針に基づいてメディア露出を抑えているとは思うのだが、それによって「人間が作って、人間が感動している」というエンタテインメントの基本の部分がどうも見通しづらくなってしまっている印象は拭えない。
特にアニメスタッフは、ファン向けの媒体を除けば名前が知られる機会は少ない。これほどまでに『鬼滅の刃』が愛されているのであれば、原作者はもちろん、世間の期待に答えるアニメを作った制作会社のufotable、外崎監督をはじめとする制作スタッフが「すごい」というかたちで知られてほしいと切に思うのだ。そしてここを入口に『空の境界』シリーズ(2007)や、さらにそれ以前のufotableの作品にまで遡ったらさらにさまざまなアニメの楽しみに触れられることと思う。
『鬼滅の刃』の話題が、大ヒットに比してあまりに『鬼滅の刃』以外に広がらない。それもまた「よもや、よもや」なのであった。
4.2020年の『未来少年コナン』
コロナ禍の影響で、予定されていた新作アニメの制作が滞ったため、NHK総合は急遽5月から『未来少年コナン』を放送した。いうまでもなく本作は、1978年にNHKで放送された、宮崎駿の初監督作(クレジットは演出)で、ここに宮崎監督のすべてが込められているといっても過言ではないマスターピースだ。
デジタルリマスター版とはいえ、40年以上前のアニメが、地上波で全話放送されるとは、これもまた「よもや、よもや」の出来事だった。また、11月2日放送の最終回は、大阪住民投票関連ニュースの影響で放送時間が急遽変更となり、見損ねたり録画をミスする人が続出するという事態もあったが、その声に応えて、後日改めて最終回を再放送するというほどケアも行き届いていた。
『未来少年コナン』の再放送は、コンテンツがあふれている時代における“新作”とは何か、を考えさせる事態だった。ここには二重の意味がある。
まずそこには、過去の傑作を繰り返し観られる環境がある場合の、新作の存在意義が問い直されているという意味合いがある。これは配信サービスではすでに起きている問題だが、今回は地上波だったのでその事実がより際立つことになった。これからの新作は同時代の作品だけでなく、過去の傑作とも競い合わなくてはならない。そのことを象徴する再放送だった。
もうひとつはオリジナル映像の問題。今回の『未来少年コナン』は、デジタルリマスターと共に、オリジナルである4:3の画面から横長の16:9の画面へとトリミングをされた(単純に上下カットしたわけではないが、複雑になるので省略)マスターを使っている。
この16:9版になったことで、旧作が現代の視聴者に違和感なく2020年の“新作”として放送されることが可能になったのだ。
この改変は地デジ化以降のテレビ放送フォーマットに対応するため、権利を持つ制作会社が行ったもの。16:9版があったからこそ今回の突然の再放送にも対応することができたのは、想像に難くない。ただテレビ画面に映された映像は、4:3で設計されたオリジナルのレイアウトではないこともまた事実である。
技術の進歩は多様性を担保することばかりではない。放送フォーマットのように“上書き”されていくものの場合、それ以前のフォーマットに対応していた旧作は、上書き後に商品価値が下がって、技術的に放送可能でも、好まれなくなる。だからこそ改変をしてでも、作品寿命を伸ばしたほうがメリットが大きくなる。『コナン』の再放送が評判を呼んだという一件は、そのことをはっきりと突きつけてきて、これもまた「よもや、よもや」と口にしたくなる一件だった。
「よもや、よもや」に明け暮れた2020年。しかし、2021年もおそらくそんな見知らぬ明日が待っている1年なのだ。
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