話題騒然の企画はどう生まれた?『奥様ッソ』『このテープ〜』大森時生(テレビ東京)に訊ねる制作秘話

2023.3.23
話題騒然の企画はどう生まれた?『奥様ッソ』『このテープ〜』大森時生(テレビ東京)に訊ねる制作秘話

文・編集=福田 駿 撮影=興梠真穂


「観られるものを作る」について深く考えるメディア制作者たちに話を伺う連載『極めて制作上のハナシ』。ここでは啓発せず、ビジネス的な落とし込みを設けず、制作の話を愚直に取り扱いたい。

記念すべき第一回では、『Aマッソのがんばれ奥様ッソ!』『テレビ放送開始69年 このテープもってないですか?』などで話題を呼び、Aマッソの単独ライブ『滑稽』をプロデュースするなど、今最も次回作を期待される若きTVディレクター・大森時生に訊ねる。

大森時生(テレビ東京制作局)
担当番組に『Raiken Nippon Hair』(『テレビ東京若手映像グランプリ2022』優勝作品)、同優勝特番として放送された『島崎和歌子の悩みにカンパイ』、『Aマッソのがんばれ奥様ッソ!』『テレビ放送開始69年 このテープもってないですか?』など

※この記事は『クイック・ジャパン』vol.165に掲載の記事に加筆し転載したものです。


“再生数”はまだ立場の弱い概念

──大森さんの担当する番組のように「誰も観たことのない企画」をチームや関係者と共有するのはとても難しいと思うのですが、大森さんは企画を伝える際になにを重要視していますか?

大森 会社に企画を伝えるときは、内容の面白さと同じくらい内容の面白さをコーティングするロジックみたいなものが重要になるので、やりたいものを提案するのと企画書を「通す」作業を同時に走らせる感覚ですね。最近では再生数という指標が明確に出るがゆえに、再生数が回るロジックが求められるようになりました。それが個人的には視聴率より息苦しい概念だと思いはじめていて。

視聴率ってごまかしが利くというか、何千万人というあまりにも巨大な人数の中で何パー取れるかという話なので、実はまだテレビマンの中でも回答が明確に見えてないんですよ。対して再生数の話となると、企画書上のハッタリが結構バレてしまう。観た人がツイッターで話題にしてくれて、それがバズって再生数が回って──再生数が回るものはその道筋を通ることが多いですけど──みたいな運要素の強い提案ではロジックとして通用しません。

でも企画書をなくすことは現実問題無理なので、結果的にうまくいかなかったとしても、通した人に言い訳を与えられるような企画書を作らないといけない。なんとなく通していいと思うような、ジャッジする側が「これなら」と思うものを用意する必要があります。

『このテープもってないですか?』でいうと、最近では『フェイクドキュメンタリーQ』みたいな不気味なものが再生数取ってます、『フィルムエストTV』みたいな昭和を再現するものが数字取ってます、TAROMANみたいな“ない”ものをあるかのように作る概念が流行っています、というように近隣の映像業界で実際にうまくいった事例を盾にして企画書を組み立てました。

──とはいえ大森さんの番組のように話題を呼んで再生数がたくさん回ることで、企画が通りやすくなるのではないですか?

大森 再生数の登場によって視聴率以外の指標ができたのは確かなのですが、TV局の収入のほとんどがゴールデンの広告収入である以上、実は“再生数“ってまだまだ立場の弱い概念で。なので番組が話題になったとか、再生数が回ったみたいな話って、対外的には評価されますけど局内で評価されるかと言ったらそれは案外微妙なところでもあるんです。

貢献のパーセンテージで言うと、どんなに話題の番組を作るよりもゴールデンで一定以上の視聴率を取る番組のほうが価値が高いのは間違いない。再生数という指標が評価されるようになるゲームチェンジは起こるとは思いますが、ゲームチェンジが起こるとすれば、それはTV局において広告収入が微妙になったとき。でもそうなったときにTVって成立するの?っていう気もするのでなかなか難しい話です。未来が見えなすぎてどうなるんだろうとは本当に思いますね。

伝えすぎない判断

──演者さんに企画を説明するときはすでに企画がまとまっている段階だと思いますが、完成に近いものを解きほぐして伝えるのってかなりハイカロリーではないですか?

大森 対演者さんの向き合いは自分の中でかなり弱い部分です。でも演者さんに完璧に内容が伝わってなくても平気なパターンって実は結構あって。逆に考えさせすぎちゃうとパフォーマンスが微妙になったり、演者さんが意識しすぎることで、言語化しにくい違和感が発生することもあります。

例を挙げると『Aマッソのがんばれ奥様ッソ!』ではAマッソのおふたりに背負ってもらってる部分があるので、なにが面白いかは共有しておいたほうがいいですが、『島崎和歌子の悩みにカンパイ』の場合は演者さんが全体をわかってるかどうかって実は作品の上がりにそんなに関係なかったりします。もちろん、伝えられたほうが一緒により良いものを作っていけるとは思うので、結局自分の課題であることには変わりないんですけど……。

──チームのコアで合意が取れていれば、成果物はうまいこといくのでは、という考えなのでしょうか。

大森 本当に原理主義的なこと言うと、僕自身の中で見えてれば大丈夫だと思っているところもありまして……。TV番組だとトップにいる演出がブレてしまうのがなによりも危険なことで。番組や世界観を作るにあたって、抜本的に方針と違う意見が遠慮なく出てしまうのが一番のリスクとなる。企画内容の合意が取れていない人との会議ではそういうことがよく起こるんです。僕は自我がそこまで強くないので、ずれた意見でもそれを受けてブレてしまうことも全然あります。逆算的にトップを不安定にさせないためにもチームや関係者と合意が取れているのは大事だと思います。

──これだ!という軸が決まればその軸をずらさないように企画を進めていく?

大森 自分の中の自信感によっても左右されますが、企画の核となる部分で絶対にこれをしたいという場合は、それ自体に意見を求めるというより「これでいこうと思いますが、より良くする方法ありますかね」みたいな聞き方をするかもしれません。

『奥様ッソ』で言えば「バラエティパッケージの裏で怖いことが起こっているのがだんだんわかる」という企画の核の部分は絶対にやると決めていて、その中でどういう展開がいいかを会議で揉みました。たとえばスタジオの展開で「Aマッソさんの嘘の旦那役の人が出てくる」くらい嘘すぎるクダリがあっても面白いかもしれないと思って会議で出したんですけど、「そこが嘘すぎるよりは、Aマッソさんふたりだけのほうが面白いんじゃない?」って作家さんに言われたのでそれは聞き入れて取り下げるみたいな。自分の中ですでにやることが決まってる部分と、出して否定されたら変えようって思う部分と両方あります。

常に新鮮な面白みを

──大森さんの中でこの人と一緒に仕事をしたいと思うフックみたいなものはありますか?

大森 関わる作品に、新鮮な感覚というか、感じたことのない面白さがある人と一緒に仕事をしたいと思っています。面白いものって世の中にいっぱいあると思うんですけど、「なんだこれ?」っていう見たことのない面白さに一番興味があります。できればTVじゃないところでそういう人を見つけて、一緒に仕事するのが理想的ですね。そのほうがTVとして新しいものになりやすい。

──その面白さの出し方がバラエティに限らなくてもいい、というのが今の大森さんのアウトプットでしょうか?

大森 Jホラーやフェイクドキュメンタリーが好きなのでそういう仕事をすることが多くなってますが、最近はほかのジャンルもやりたいと思っています。似たジャンルを作るほうが自分自身もやりやすいし、周りもそういうものを望むし評価もされやすいんですけど、環境が揃っちゃってる中でやり続けることにたまに恐怖を感じることもあって。

フェイクを作り続けた先になんかあるのかなって考えちゃうというか。そういう目線も自分の中にあるというのが今のリアルな感覚ですね。たとえばですけど今後はドキュメンタリー性のあるものを作りたくなったりするかもしれません。自分の中でムードの変化みたいものが起こりそうな予感がしています。

『滑稽』制作の過程で

──大森さんの新たな活動と言えばAマッソのライブ『滑稽』がありました。ご一緒されるのは『奥様ッソ』に続いて今回で2回目ですよね。制作の段階からAマッソさんとご一緒されてみていかがでしたか?

大森 加納さんは観客にとって新しいものを作りたいという欲が並外れて強い方だと思いました。「笑わせたい」とか「面白いものをやりたい」という欲ももちろんお持ちだと思いますが、それを上回るぐらい──もしかしたらスベってしまうかもしれないリスキーさがあってもなお──より新しいものを、という部分に価値を置いてる方な気がしています。

こうすれば観客が新しいものを見たという感覚になって、それが結果的に面白さにつながる、というような面白い事柄が観客に届くまでの道筋の設計を細かく描いていて、その解像度が非常に高い方なのではないでしょうか。「こっちのがいいんじゃないですか」っていう歳下の僕の意見もちゃんと咀嚼して考えてくれますし。それって新しいものを作りたいっていう意識が最優先にある方の姿勢ですよね。

──以前ある放送作家さんから、加納さんは芸人さんにしてプロデューサーであったりディレクター的な制作者の視線を持ってるというお話を聞いたことがありまして。

大森 今回のライブでもトータルの世界観やパッケージングまで気にされていたので、それってかなり制作者目線だなと思います。なにを作るかだけではなく、それをどのように届けるか、そのためにどうやって企画を組み立てるかというHOWの部分を重要視している。演者ながらにして制作物を点だけでなく、全体を面で捉えている方ですね。僕が他の芸人さんとご一緒したことがまだ少ないというのもありますが、そういう芸人さんって珍しいんじゃないかなと。

──そうした部分は今回のライブ『滑稽』にも生かされていますか?

大森 そうですね。ライブトータルでいうと、ただ笑うだけではなくてさっきまで笑っていたことを後悔してしまうような構造を加納さんと一緒に考えました。人間の感情の振り幅を早いペースでいろんな方向に動かす設計と言いますか……。笑いが生理的に止めれない反応だということをフリにして、本当は笑わない方がいいことすらもどんどん笑えてくるようなお笑いライブになればと考えています。

Aマッソ『滑稽』配信情報

Aマッソ『滑稽』
Aマッソ『滑稽』

一部編集版視聴期間:2023年3月15日(水)18時〜2023年3月31日(金)23時59分
チケット料金:2,500円(税込)
販売期間:2023年2⽉18⽇(⼟)17時〜2023年3⽉31⽇(⾦)19時
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福田 駿

(ふくだ・しゅん)1994年生まれ。『クイック・ジャパン』編集部、ほか『芸人雑誌』編集も担当。

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