なぜ阿部寛は歩くのか?95歳の父親との時間と、年齢を重ねる実感「体を張ると、また火がついちゃう」

2022.9.11

文=安里和哲 撮影=西村 満 編集=菅原史稀


阿部寛、58歳。幅広い役柄をこなしながら、着実にキャリアを築いてきた男は、気づけば日本を代表する役者となった。

今回、9月14日より独占配信がスタートするディズニープラス「スター」オリジナルドラマ『すべて忘れてしまうから』で主演を務める阿部に、QJWebがインタビューを敢行。円熟期にある阿部に、作品や役者業についてはもちろん、中学時代の挫折や人生の話、そして老いた父親との“映画のような”エピソードを話してもらった。

阿部寛
(あべ・ひろし)1964年6月22日、神奈川県出身。『TRICK』(テレビ朝日)や『ドラゴン桜』(TBS)、『結婚できない男』(フジテレビ)、『新参者』(TBS)といったドラマシリーズで主演を務める。映画では『歩いても 歩いても』や『海よりもまだ深く』といった是枝裕和監督作品や、『テルマエ・ロマエ』シリーズや『とんび』など、数々の作品に主演。2022年、「20周年記念ニューヨーク・アジアン映画祭(NYAFF)」で「スター・アジア賞」を受賞。


噓のない本物の空間は、芝居がやりやすい

──『すべて忘れてしまうから』は撮影やセット、時間の使い方など、さりげなくも贅沢な作りでした。

阿部寛(以下、阿部) そうですね。すごくこだわっているなと感じました。演出や照明ひとつとってもそうですが、一番驚いたのは、「Bar 灯台」のセットです。偽物が何ひとつない空間だったんですよ。

──阿部さん演じる“M”行きつけのお店ですね。

阿部 はい。偽物が見つけられないくらいの完成度の高さでした。「こんなの必要あるのか?」と思うほど、細部にこだわっている。これは相当手間とお金がかかってるんだろうなと。

──そういった細部へのこだわりは、演技にも影響は与えますか。

阿部 もちろん芝居はやりやすいですよ。昔のドラマ作りは、真っ白なダンボールのような箱で間仕切りを作って、そこに椅子とテーブルが置かれた殺風景な場所でリハーサルをしてましたが、やりづらいのなんの(笑)。そこはやっぱり気持ちが入っていきづらかったので、今回のように本物しかない空間はやりやすかったですね。

──“M”というキャラクターは、たまたま小説家になった主体性のないキャラクターとして紹介されています。その役にも自然と入っていけましたか。

阿部 そこは正直難しかったです(笑)。というのも、何気ないセリフが本当に多くて、役も掴みづらいんです。Mの主体性のなさを表現するために、監督・脚本の岨手(由貴子)さんは、言いよどむようなセリフを書いていて、決定的なことを言わせない。だから、何を考えている人間なのか、なお掴みづらかった。

とはいえ、「“M”の本心を掴ませない」ことが監督の狙いなので、そこは突き詰めず、やりづらさを引き受けながら、岨手監督のきめ細かな演出に身を委ねました。

──役作りというよりは、臨機応変に監督の演出に応えていった。

阿部 そうですね。きっと視聴者が俯瞰で観て初めて、徐々に“M”の個性を少しずつ捉えていくのだと思います。そういう意味では、回を重ねるごとにおもしろくなるでしょうね。

人生を豊かにするのは、人との出会い

──「Bar 灯台」のシーンで、「大人になると、友達って気づいたら、いなくなるんだよね」というセリフをめぐってのやりとりがありました。阿部さんご自身は、このセリフに心当たりはありますか。

阿部 確かに昔からの友人はいつの間にか減ってしまいましたけど、大人になってからのほうが新たな友人は多いかもしれません。

──どうやって友人を作ってきましたか。

阿部 30代のとき、飲みに行ってたら自然とできましたよ。こういう仕事だからなのか、自然といろんな人と出会えました。今でも2年に一度は、一生の友達になるだろうなという人との出会いがあります。

──阿部さんにも「Bar 灯台」のような行きつけの飲み屋がありますか。

阿部 昔はありましたよ。そのときはいろんな友達ができました。ああいう場所は、人生にとって宝になる。今はコロナがあるから、外で飲むこともなかなかできないけれど、この作品を撮りながらも、こういう場は素敵だなと改めて思いました。

結局、人との出会いが人生を豊かにする。もちろん危険な出会いもあるかもしれないけれど、自分とはまったく違う生き方の人に会うことで、自分自身の価値もわかってくる。

──『すべて忘れてしまうから』の舞台は2021年の東京ですが、誰もマスクをつけていない。ある意味パラレルワールドな風景を観て、うらやましく感じました。「Bar 灯台」のような親密な時間は久しく味わってないなと。

阿部 こないだ仕事で行ったニューヨークでは、マスクをつけてない人が大半だったのですが、そこで人間の表情の豊かさを思い出して「相手の表情が見えるというだけで、世界はこんなにも明るくなるのか」と痛感しました。

マスクで顔半分を覆うだけで、人は壁のようになってしまう。それはやっぱり異常なことなんですよね。マスクのある生活に慣れ過ぎて、そんなことも忘れていた。日本の状況はまだまだ油断できませんが、いつか本来の豊かなコミュニケーションが戻ってくる日が待ち遠しいです。


たくさん逃げてきたけれど…役者としては、苦手な役を克服するほうが楽しい

──本作の原作エッセイには「逃げて逃げて今がある」という言葉があります。阿部さんご自身は何かから逃げた経験はありますか?

阿部 中学のとき、部活から逃げたりね。陸上部で短距離をやってましたが、けっこうサボってました。

小学生のときはずっと学年一足が速くて、県大会にも出てたんです。でも中学になると、まわりの友人のほうが先に大人になったりして、どんどん抜かされていった。当時はまだ身長も今ほど高くなく、筋肉のつき方もまわりとは違っていたんですよね。過去の栄光とのギャップが許せなくて、サボりがちでした。

──今は仕事のオファーはなんでも引き受けると聞きましたが……。

阿部 バラエティ出演で断っているものもあるなー(苦笑)。今もたくさん逃げてます。

──役者の仕事に限ると、いかがですか?

阿部 確かに役者としては、どんな役でも引き受けてきました。役が難しければ難しいほど、自分の“何か”を引き出してくれると思ってますから。苦手な役を克服していくほうが楽しいですしね。

もちろん、自分から「こういう役をやりたい」「こういう作品を作ってみたい」と企画を出すのもいいんだけど、自分の美学があまりにも強く出てしまう。それだと、自分の場合は仕事の幅も狭まってしまう気がするんですよ。

──とはいえ、長いキャリアの中でさすがに「この役はできないな」と断るケースもあったのではないでしょうか。

阿部 同じような役が立てつづけになる場合は断ります。同じものを期待されつづけるのは、退屈ですから。

──阿部さんが58歳だと知り驚いたんですが、ご自身では実感ありますか。

阿部 なんかないんですよねえ(笑)。気持ちと年齢がまだ合ってない。同年代の俳優さんは、どう思っているんだろう。こないだの『DCU』(TBS)のように体張っちゃうと、また火がついちゃうんですよ。意外とまだまだ100メートル速く走れるな、とか思ったりしてね(笑)。

なぜ阿部寛は歩くのか

──『すべて忘れてしまうから』では、阿部さんが東京の街を歩くシーンが散見されました。そこでふと思ったのですが、阿部さんって映画やドラマで歩くシーンが多いですよね。

阿部 あぁ、そうですか?

──なぜ演出家たちは、阿部寛を歩かせたがるのかなと思ったのですが……。

阿部 わからないなぁ。でも、確かに歩くシーンは多い。『新参者』もそうだし、是枝(裕和)さんの作品(『歩いても 歩いても』)もそうだし……。なんででしょうね。

──役によって歩き方は意識的に変えていますか?

阿部 そんなに意識してないですが……。『新参者』のときは考えましたね。刑事の目線で、街全体を見渡しながら歩くイメージでした。

言われてみて思い出しましたが、今回“M”を演じる際にも、岨手監督は「こういうふうに歩いてください」と、その都度細かく演出をつけてくれました。

──具体的にどういった演出がありましたか。

阿部 歩くときの力の入れ方や抜き方ですよね。このシーンの歩行は、直前のシーンを心情的に引きずっている、だったり、逆に切り替えて違う展開に行くための歩行だ、とかですね。そういう説明と共に演出をしてもらいました。

“M”の生活圏での歩き方は、そのときどきの“M”の心境とも当然密接につながってくる。そういう意味では『結婚できない男』の歩きとも近いのかもしれない。とにかくこの作品では、「歩く」ことが、シーンとシーンをつなぐ重要なポイントになってると思います。

──ちなみに普段はよく歩くほうですか?

阿部 親父が僕の家に来たときに散歩するんですが、すごくいい時間なんですよ。2時間くらい、ただただ歩くだけですけど。親父も95歳になるので、親父が転んじゃいけないから、僕が先導してるだけなんですけどね。

でも、その2時間は、それこそ映画になるんじゃないかと思うほど充実している。本当にいい時間ですね。

『すべて忘れてしまうから』

ディズニープラス「スター」オリジナルドラマで9月14日より独占配信

阿部寛主演、大人のためのビタースイートなラブストーリーを描くディズニープラス スターオリジナルドラマが始まる。ハロウィンの夜に、5年間付き合った彼女が消えた。ミステリー作家の“M”は、突然失踪した彼女“F”を探すことに。しかし、人々が語るFは、彼の知らない顔を持っており、やがて驚きの秘密が明らかになっていく……。あなたは、大切な人のことをすべて知っていますか? どんなに近しい人にも、知らない顔がある。この秋、消えた彼女をめぐるミステリアスな物語があなたの心を惑わす──。

C)Moegara, FUSOSHA 2020


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安里和哲

Written by

安里和哲

(あさと・かずあき)ライター。1990年、沖縄県生まれ。ブログ『ひとつ恋でもしてみようか』(https://massarassa.hatenablog.com/)に日記や感想文を書く。趣味範囲は、映画、音楽、寄席演芸、お笑い、ラジオなど。執筆経験『クイック・ジャパン』『週刊SPA!』『Maybe!』..

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