浅野いにお、自作『うみべの女の子』を語る「結論も教訓もないけど、物語はつづいていく」

2021.8.13
浅野いにお

文=餅井アンナ 撮影=大橋祐希 編集=渡部 遊


連載時から10年の時が流れた今、浅野にとって『うみべの女の子』とはいかなる作品になったのだろう? 映画(2021年8月20日公開)を観ての印象を原作者の浅野に尋ねながら、連載当時に思い描いたストーリーについて聞いた。浅野がこだわったというラストのシーンに込められた意味とは──。

「いいマンガだな」って今でも思う

──まずは、映画化に対する率直なご感想から伺えたらと思うのですが。

浅野 映画化してもらえたのはすごくうれしかったですね。実際にでき上がった映画を観てみると……思っていた以上に過激な内容で。もちろん性描写があるっていうのもあるんですけど、キャラクターの雰囲気とか、セリフの端々から感じる性格の悪さっていうかね。言葉遣いの語彙がけっこう乱暴だったなって思います。最近の作品はかなりマイルドにやってるので、連載の当時はどこかこう、読者を煽っていくところがあったんだろうなぁと感じたりもして。

映画『うみべの女の子』予告編

──10年前にご自身が描いたマンガが今になって映像化されるというのは、どんな気持ちですか?

浅野 もう10年ですけど、自分の中ではあんまり時間が経ってるって感じがしないんですよね。「『うみべの女の子』が一番好きです」って言ってくれる読者も多いですし、単行本が刊行されてから10年間、ずーっとうっすら重版されつづけていて。だから連載が終わったところで関係がブツッと途切れたような感じもなく、ずっと継続して自分の片隅にあるっていうマンガだったんですよね。

──作品に対する浅野さんの思い入れも強い?

浅野 そうですね。当時は『おやすみプンプン』(小学館)と並行して描いていたんですけど、『プンプン』は『ビッグコミックスピリッツ』での週刊連載、『うみべの女の子』はそれと並行して隔月連載だったんです。『プンプン』は週刊の、しかも長期連載だったので、描き込みの精度とかにどうしても妥協があった。『うみべ』は『マンガ・エロティクス・エフ』(太田出版)での隔月連載で、「こっちはとにかく完成度を上げよう」って気持ちでやっていて。そのときの実力を最大限使って描いていたし、自分の年齢的にも一番冴えている時期の作品でもあったので、「いいマンガだな」って今でも思います。

──『うみべの女の子』は、どのように描き始められたお話だったのでしょう。

浅野 最初は「中学生同士のいじましい恋愛をじわじわ描いて、最終的にセックスで終わる」みたいな話になる予定だったんですよ。でも1話目のネームを描こうってなったときに、ふたりが出会って、徐々にお互いのことを好きになって……っていう流れにしていたら、それがね、すごい退屈で(笑)。「こんな焦れったいのやってらんねえ!」って描き直した結果、もう最初のシーンからセックスの事後になってしまった。当初予定していたストーリーの結末の部分から始まったもんだから、じゃあいっそ、自分が描こうとしてたことを逆再生したマンガにすればいいんじゃないかと思って。だからセックスで始まり、最終的に告白で終わる、っていう流れになったんです。

──磯辺と小梅のすれ違いは、どういうところをフックにして描かれましたか?

浅野 環境ですかね。それまで自分の描いてたマンガって都市部を舞台にした作品が多かったので、そこの差をつけるために『うみべ』は地方を舞台にしていて。で、小梅っていうのはそこで育って、そこの文化圏を形成している人。対して磯辺は外からやってきた人だから、そこで明確に「都市部の人間」と「地方の人間」っていう比較が生まれているんですよね。だから最初のスタート地点からふたりには全然違うものが見えてるっていうのは明らかでもある。ただ磯辺って、どうしても男性キャラなのでちょっと僕の主観が入っているんですね。彼の田舎に対する異常な嫌悪感っていうか……あれはね、僕なのかもしれない。自分の場合は僕自身がもともと田舎出身なので、当事者としての抵抗感ではあるんですけど。

──ふたりはもう、関係がスタートする前から噛み合っていない?

浅野 やっぱり磯辺って、小梅のことをちょっとバカにしてるんですよ。だから「本当は俺、こんなことで悩んでるんだ」とか、自分が考えていることを全部は言わないんですよね、たぶん伝わらないだろうって思っているから。そういう意味では本当にスタート地点から価値観が違うふたりで、結局、顔が好みだからセックスできたみたいな面があるんでしょう。それは何をどうがんばったところでわかり合うのは無理というか、一瞬交わることはあってもお互いに寄り添うことはできない。そういうふたりの話だから、もうこのまま一生会うことはないであろう、みたいな雰囲気で離れていくんですけど。

──連載が完結した当時、すでに「僕はもう大人だから、磯辺と小梅のことはもはや親目線で見ている」とインタビューでおっしゃっていましたよね。この10年で、ふたりに対する気持ちに変化はありましたか。

浅野 ああ〜、もう限りなく遠い存在になりましたね。描いていた当時、僕は30歳前後だったと思うんですけど、10代の思い出って、20代前半あたりでいわゆる「黒歴史」的なものになるじゃないですか。それが30歳ぐらいになると、またなんかこう……一周回ってノスタルジックな気持ちになるんですよ(笑)。これはこれで味わい深い、みたいな。だから当時もふたりのことはちょっと他人事みたいに描いてたんですけど、今はさらに離れてしまったので、「もうよくわかんないな」って感じになってますね。

浅野いにお
浅野いにお

ふたりが別れたあとのシーンはどうしても必要だった

──映画では、青木柚さんが主人公の磯辺を演じています。映画の磯辺をご覧になって、いかがでしたか?

浅野 僕が思っていた以上に凶暴でしたね。磯辺って、マンガの中では今でいう「陰キャ」だったんですけど、青木さんが演じたことによって、陰キャは陰キャでも、ものすごい凶暴性を持った陰キャになっていた。でもそれはちゃんと、青木さんが磯辺というキャラクターを自分の解釈で上書きしてくれた結果だと思うんですよね。僕がマンガで磯辺を描いているときって、本人のバックグラウンドというか、お兄さんのことだったり、田舎に住んでる人を嫌う動機があるにはあったんですけど、行動の動機として設定があるだけ、みたいな感じもしていて。映画ではそこが強調されていたので、なんだろう、彼に対する同情っていうか……「磯辺にもこういう人間らしい部分があったんだな」っていうのをようやく感じられたんですよ。それがすごく新鮮でよかったです。

青木柚が演じた磯辺

──石川瑠華さん演じる小梅はいかがでしたか。

浅野 小梅は逆に、自分の思い描いていた小梅をすごく正確に演技してもらった感じですね。一番よかったのが、ラストの高校生になった小梅。あそこで大津君っていう新しい彼氏に「自分は見つけたよ、小梅を」って言われる場面があるじゃないですか。彼女がそれに「そういうのいいから」って流すシーン、そこが一番、石川さんと小梅が近づいた感じがしてよかった。石川さんの実年齢に近づいたというのもあると思うけれど、彼女が本当に……ちょっと大人になったっていうか。「なんか、いろいろ経験したんだな」っていうのが含まれているセリフだったので。

石川瑠華が演じた小梅

──終盤の大津が登場するシーンは、もともと映画には入っていなかったと伺いました。浅野さんが唯一「入れてほしい」と要望を出された部分だそうですが、どのような意図があったのでしょう。

浅野 あのシーンって、映画のコンセプトによってはなくてもいいところだと思うんです。けどやっぱり僕は、ふたりが一瞬交差して、その後お互いがまったく違うベクトルに進んでいってしまうという部分が表現したかったんですね。それをより強調するには、ふたりが別れたあとのシーンがどうしても必要だった。趣味とかの影響は残っているにしても、たぶん小梅は磯辺に未練もなければもう思い出しもしないんだろうなっていう感じ。そういうところまでダメ押しでやってくれないと、僕の中ではちょっと原作のニュアンスが変わってしまうなって。

──浅野さんの作風として、「つまらないけどつづいてしまう人生」みたいなものをよく描かれているなという印象があります。

浅野 そうですね。僕のマンガって「めでたしめでたし」で終わる感じじゃない。中学生のふたりがキスしてくれだのしないだのって言ってるところでブツって終わるのも、作品としてのまとまりはいいかもしれない。ただ、僕は自分の原作を読んだとき、終盤の蛇足的な部分があることで「これは本当に結論もなければ教訓もない、いいマンガだな」って思ったんですよね(笑)。伝わるものはあるんだけど、作品から何か言ってくることは何もなくて、全部読み手次第っていうか。

──では、磯辺と小梅の恋愛にも、特別な意味を与えたくはなかった?

浅野 はい。恋愛のきれいなところで終わりにしちゃうと、そこがまるで結論のように見えてしまうじゃないですか。でも僕はやっぱり「その人の人生ってものはそのあともまだまだつづいていくんだよ」っていうことを匂わせたいんですよね。それを補強するために「その後」のシーンっていうのは必要で。個人的に高校生の小梅を実写で観てみたかったというのもあるんですが(笑)、「こういうことを経た結果、小梅という人はこういう大人になりました」っていうところまでを説明してほしかったんだと思います。

浅野いにお
(あさの・いにお)1980年生まれ、茨城県出身。漫画家。主な作品に『ソラニン』、『おやすみプンプン』(共に小学館)など。また『ビッグコミックスピリッツ』に『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』を連載中。


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  • 映画『うみべの女の子』(R15+)

    2021年8月20日(金)新宿武蔵野館ほか公開
    監督・脚本・編集:ウエダアツシ
    原作:浅野いにお『うみべの女の子』
    音楽:world’s end girlfriend
    挿入曲:はっぴいえんど「風をあつめて」
    出演:石川瑠華、青木柚、前田旺志郎、中田青渚、倉悠貴、村上淳
    配給:スタイルジャム
    (c)浅野いにお/太田出版・2021『うみべの女の子』製作委員会

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