第165回芥川賞全候補作徹底討論&受賞予想。評価激突!「氷柱の声」に泣いたマライ「貝に続く場所にて」にドイツ人として違和感

2021.7.14


「彼岸花が咲く島」言語マニア、民俗学マニアとして評価

『彼岸花が咲く島』李琴峰/文藝春秋
『彼岸花が咲く島』李琴峰/文藝春秋

「彼岸花が咲く島」あらすじ
砂浜に流れ着いた少女は記憶を喪っていた。少女の〈ひのもとことば〉とは少し違う〈ニホン語〉の話される島だ。そこでは女性だけが〈女語〉を使い、島の歴史を学ぶことを許されていた。宇美という名を与えられた少女は島を司るノロになるため言葉を習い始める。

杉江 李は『五つ数えれば三日月が』で第161回の芥川賞候補になりました。

マライ 言語マニアの私としてはとてもおもしろかった。しかし政治的な観点から不本意な曲解や批判をいろいろ浴びそうな内容ですね。ナチ問題でもときどき議論になるのですが、男から権力を取り上げれば社会の平和度は高くなるのか、というのは正直疑問ではある。もちろん本作の著者もそれを絶対的な是としているわけではないんですが。

杉江 舞台になっている孤島は大ノロが統べる完全な女性上位社会です。これは男性上位社会の日本を反転させたカリカチュアでしょうね。諷刺小説としては、最後の終わり方が思考を放棄した楽観主義みたいに読めてしまい、あまり感心しませんでした。

マライ 終わり方が「放棄+楽観」でイマイチというのは同感です。明らかに、そこまでつないでいた緊張感と釣り合う感じでないので。

杉江 言語マニアとおっしゃいましたが、私は民俗学マニアなので、沖縄のニライカナイ伝説と巫女信仰をベースにして、一から新しい民俗を作り出すという島の設定は非常におもしろかったです。

マライ この設定を筒井康隆さんが書いたらもっとすごいものになったような……とか言ってしまうと反則か(笑)。

杉江 それ、ミステリーマニアが「そのアイデアで島田荘司が書いたら傑作になるのに」というのと同じですよ。ニライカナイ信仰がカーゴ・カルトであったり、とにかく文化人類学の基本概念を全部盛り込んで作りましたという構造でしたね。でも、それゆえに話の先行きが読めてしまいもしましたが。

マライ 読める! サプライズはゼロだった、というのはまったく同感です。で、言語交流の話、最近の若い人は韓国とか台湾とか中国のあれこれの取り込みに抵抗がないので、「あんな感じでなじむんだろうな」という印象が実際にあります。比較文化言語小説としては楽しめました。ただ、冷静に見ると受賞はちょっと厳しいのかな、と。

杉江 『五つ数えれば三日月が』(第161回芥川賞候補作)は、台湾男性と結婚した日本人女性の文化的な軋轢を描いた作品でした。言語の壁がある上に、男系の台湾人家庭にひとりだけ投げ込まれて、さらに呪術的崇拝になじめないという。あちらのほうが現実寄りだったぶん受賞には近かった気がしますね。こういうSF的な設定にしちゃうと、はいはい、男性社会を裏返しにしたのね、よく考えたね、で終わりになっちゃう気がしませんか?

『五つ数えれば三日月が』李琴峰/文藝春秋
『五つ数えれば三日月が』李琴峰/文藝春秋

マライ 同感です。深い問題認識があっても浅く処理されてしまう。

杉江 沖縄を描く作家には池上永一みたいなエンタメ系の猛者もいますしね。私も一番評価するのは、マライさんがおっしゃった言語創出の部分です。

マライ その強みが際立つと、逆に文芸的なバランスでアラが目立つというのも皮肉です。

杉江 時代設定はたぶん近未来なんでしょうけど、国際的に重要な地勢のはずなのに近隣諸国からのこの島が見過ごされているというところがちょっと詰めが甘過ぎる気もします。ポーランドをソ連とドイツが両方とも攻めないってあり得ないだろうと。

マライ そのへん、ウソでもいいから何か仕掛けが欲しかったというのはあります。SF的、といえば本作、『進撃の巨人』(諌山創)とか『宇宙の孤児』(ロバート・A・ハインライン)とも通底する、外界がどうなっているか肝心なトコがわからない「退化せざるを得なかった閉鎖社会」の話ですよね。そういう設定はやはりいつまでも魅力的なのか?

小説がなし得ることへの注目度が上がった時期に

杉江 最後にマライさんから全体の所感をお願いします。

マライ 今回は発生から10年の節目ということもあり、東日本大震災をテーマとした文学の、ひとつの総括の場となった面があるように思います。「貝に続く場所にて」と「氷柱の声」。前者は「追悼」「追憶」の意味を深掘りする内容で、後者は「善」「偽善」の無自覚な相剋やストレスの本質を突く内容。テーマとしてはどちらも重要なわけで、もしこの2作のうちから受賞者が出るならばいったいどちらなのか、評価の上で、技法の巧拙というだけでなく、テーマ性やアプローチの角度による差がそこにあるのかどうか、が気になります。あとで選評に出るんですよね、そういうのは。

マライ・メントライン
マライ「東日本大震災をテーマとした文学の、ひとつの総括の場となった面があるように思います」

杉江 今回はそこに言及しなかったら駄目でしょう。

マライ なぜこんな言い方になるかといえば、前回の「推し、燃ゆ」vs「コンジュジ」のような問答無用の才能の激突! みたいな雰囲気ではなく各作とも多かれ少なかれ微妙感を抱えていて、それゆえ「社会背景を踏まえた存在意義」みたいな面を持ち出さざるを得ないというか。まあそのぶん、直木賞が濃ゆいわけですけど。

杉江 どうもありがとうごいます。マライさんが総括とおっしゃいましたが、東日本大震災についての検証は引きつづきなされるべきで、さらには10年の経験をもとに新型コロナウイルス流行という事態への文学的言及もこれからは求められるはずです。今ほど小説がなし得ることへの注目度が上がった時期は珍しい。芥川賞がどのような答えを出すか、楽しみです。

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杉江松恋

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杉江松恋

(すぎえ・まつこい)ライター、書評家。『週刊新潮』などのほか、WEB媒体でも書評連載多数。落語・講談・浪曲などの演芸にも強い関心がある。主要な著書に、『読みだしたら止まらない! 海外ミステリー マストリード100』『路地裏の迷宮踏査』、体験をもとに書いたルポ『ある日うっかりPTA』など。演芸関係では..

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