第164回直木賞全候補作徹底討論&受賞予想。授賞すべきは、加藤シゲアキ。だが本命は、杉江もマライも『インビジブル』

2021.1.20

批判しにくい『八月の銀の雪』

杉江 伊与原さんは横溝正史ミステリ大賞出身者です。ミステリーの著作ももちろん多いんですが、理系の博士課程を修了した方でもあるので、その素養を活かした作品で独自の地歩を築いてこられました。

マライ 各篇の語り手は、日常生活の中で「偶然に遭遇した」スゴい人々によって、世界観をアップデートされていく。これは素朴な感想なんですが、この「偶然に遭遇」する場面の多くがなんというか、『ぶらり途中下車の旅』(日テレ)でなぎら健壱さんが「あれぇ? おじさん何やってるんですか?」と街角で声をかけた相手が、実は自宅屋上から空と雲の観察と描画をひたすらつづけて40年!のスゴい人で、的な情景に見えてしまうんですけど。これはあの、狙ってやっているんでしょうか。

杉江 理系版『ぶらり途中下車の旅』! いいなあ、出版社はすぐに帯をそれに差し替えたほうがいい(笑)。

マライ ありがとうございます(笑)。中身について率直に言うと「いい話」というより「内容について批判しにくい話」という印象が強いです。

『八月の銀の雪』伊与原新/新潮社
『八月の銀の雪』伊与原新/新潮社

『八月の銀の雪』あらすじ
人見知りをする性格の〈僕〉こと堀川は、就職活動で挫折を味わいつづけている。そんな彼は、侮蔑の眼差しを向けていた外国人のコンビニエンスストア店員と、ふとしたことで会話を交わすようになる。実は彼女には大きな秘密があったのだ。表題作を含む科学小説集。

杉江 作者の気持ちを代弁すると、我々が見過ごしにしている日常にも、実は科学について深く考える種は眠っていて、それに気づくことによって世界はもっと美しいものになるのに、ってことだと思うんです。だから社会についてのさまざまな不満を抱えている人が出てきて、科学的な解釈を知って心を新たにするという展開なのではないかと。井之頭五郎風に言うと「科学、そういうのもあるのか」という感じですかね。水伝説とか、そういう非科学的な言説の流布についての危機感みたいなものが作者の中にあるのだろうと勝手に推測しています。

マライ ちょっとこの短篇集、浮世離れ感が微妙に的を外している印象があるのです。あと、水伝説みたいなオカルトに踊らされている人をそこから「引き剥がす」ほどの力は感じられない。

マライ・メントライン
マライ・メントライン「批判しにくいです」

杉江 そこは『心淋し川』と共通する部分かもしれません。人生の賦活という物語の図式は、はまる人向けでそれが心に刺さらないとたぶん浸透が難しいんですよ。でも、科学という観点で世界を再発見するという物語はいいんじゃないのかな。もしかすると、もう少し世間の言説に対する防御力がない、若い世代向けの物語なのかもしれませんね。

イヤミス好きにはたまらない『汚れた手をそこで拭かない』

この記事の画像(全18枚)


関連記事

この記事が掲載されているカテゴリ

関連記事

芥川賞164

第164回芥川賞全候補作徹底討論&受賞予想。マライも杉江も宇佐見りん「推し、燃ゆ」オシ、尾崎世界観はちょっと厳しい

加藤シゲアキ全作品

加藤シゲアキ全作品を読む。直木賞候補作『オルタネート』に至る挑戦は、小説への愛そのものだ

直木賞対談サムネ

第163回直木賞全候補作徹底討論&受賞予想。本命、馳星周『少年と犬』は7度目の正直か?だが『稚児桜』ビルも夢がある

エバース

「ウケるからやるは『M-1』では失敗する」。3位だったエバースは2026年、自分の感覚を信じる【よしもと漫才劇場10周年企画】

豪快キャプテン×ダイタク

ダイタク×豪快キャプテン、認め合うお互いの漫才の魅力「簡単そうに笑いを取る」【よしもと漫才劇場10周年企画】

三遊間×ゼロカラン

三遊間×ゼロカラン、人気投票との向き合い方の正解は?「やっぱり有名にならなあかんな」【よしもと漫才劇場10周年企画】

Furui Rihoが『Letters』で綴った“最後の希望”「どんなにつらい日々であっても、愛は忘れたくない」

Furui Rihoが『Letters』で綴った“最後の希望”「どんなにつらい日々であっても、愛は忘れたくない」

EXILE NAOTOが語る、「勝負する身体」がステージと水面で魅せる“攻めの0.1秒”。大きな影響を与えるオーディエンスのパワーとは【『SG第40回グランプリ』特別企画】

4年目の今、重荷だった「王子様」を堂々と名乗れる。Last Princeが語る、プリンスを背負う勇気と楽しさ

甲斐田晴/ローレン・イロアス/3SKMの撮り下ろし表紙を公開! VTuberのトップランナーたちを徹底解剖【春のQJ×にじさんじ祭り!】

ニューヨーク『Quick Japan』vol.181

ニューヨーク、60ページ総力特集「普通は勝てない?」を考える。バックカバーにはSHUNTO×MANATO×RYUHEI(BE:FIRST)が登場【Quick Japan vol.182コンテンツ紹介】