第164回直木賞全候補作徹底討論&受賞予想。授賞すべきは、加藤シゲアキ。だが本命は、杉江もマライも『インビジブル』

2021.1.20

加藤シゲアキのボンクラ系青春群像劇『オルタネート』

杉江 次は芥川・直木両賞候補で最も注目されている作品です。NEWSのメンバーとしてステージなどで多忙な日々を送りつつ、だいたい年1作のペースで小説を発表してきました。本当に小説を書くのが好きなんだと思います。その努力には頭が下がる。

マライ 遺伝子レベルで人間の適性や属性を見極めて理想の相手とマッチングさせる高校生限定の出会い系アプリ「オルタネート」の存在がパッケージでは前面に出てきているんですが、読んでみるとそういう話でもない。どっちかと言えば、ボンクラ系若者の青春群像劇という印象が強かったです。

杉江 加藤シゲアキのボンクラ青春小説って、すごいキラーフレーズですね。本人が読んだら喜びそうだ(笑)。

『オルタネート』加藤シゲアキ/新潮社
『オルタネート』加藤シゲアキ/新潮社

『オルタネート』あらすじ
円明学園高校に新入生がやってきた。調理部の部長になった新見蓉は、前年は出場できたものの屈辱を味わった料理コンテストのパートナーがその中にいるかと目を凝らす。一方、一年生の伴凪津は〈オルタネート〉のデータ整備に忙しい。それぞれの出会いを描く群像劇。

マライ だといいのですが(笑)。ただ、そういう読み方をすると青春群像劇としては「無自覚な突き抜け感」が弱かったように思います。一応山場はあるんですけど、ドラマのセオリーに従ったら結果的にそうなりました的な感触があります。これが作品の弱点なのか否かが、評価のポイントなのかもしれない。話の中で『料理の鉄人』(フジテレビ)みたいな番組に登場人物のひとりが出る場面があって、そこで大人が子供にエグい質問を被せてくるんですよ。あそこなんかは「さすがにそれはないんじゃない」という気がしてしまって、見せたい絵に物語を誘導するために作者が焦っている印象を受けました。

マライ・メントライン
マライ・メントライン「作者が焦っている印象」

杉江 キャラクターの心理よりも話運びのほうが優先されてしまっているということですね。確かにそういう弱い場面はいくつかあります。セオリーどおりのプロットというご指摘はそのとおりなんですよ。たぶん、マライさんのおっしゃっている突き抜け感というのは、オフビートなテンポとか、物語が外へ外へと逸れていく展開ではないかと思うんですが、そういう要素は薄い。この小説についての別の書評でも書いたんですけど、加藤さんは兼業作家ということもあって、「ついでに書いているからそのくらいで仕方ないか」と言われないよう、毎回課題を設定して、自分を律しながら厳しくそれに向き合ってきたと思うんです。今回のテーマはたぶん初めて、自分のファンのような若い年齢の読者が共感できるような登場人物を設定して、それを物語の中で動かすということだったと思います。だから大槻ケンヂ的ボンクラ・クロニクル展開にはならないんですよ。notオーケンがキャラクターの基調と言ってもいい。

マライ ああ、なるほど。これはまったくの余談なんですが、大槻ケンヂさんとライムスター宇多丸さんが対談(『サブカルで食う 就職せず好きなことだけやって生きていく方法』[巻末特別対談]2012年)で、昭和的サブカル文化の精髄をいかに次代に継承するかという話をしているんですが、その中で加藤シゲアキさんが「これからのエース候補」としてピックアップされていたんですよね。「あんなイケメンでしかもハードコアオタクだなんてちょっとズルい!」という文脈で。でも加藤さんはnotオーケンですか。

『サブカルで食う 就職せず好きなことだけやって生きていく方法』大槻ケンヂ/白夜書房
『サブカルで食う 就職せず好きなことだけやって生きていく方法』大槻ケンヂ/白夜書房

杉江 だって、加藤さんは「マイブーム」みたいな自分語りをしなさそうじゃないですか(笑)。

マライ それはそうですね。いろいろ言ったんですが、小説に向き合う姿勢と文章の確かさは感じたので、誠実な書き手であることはもちろんなんだけど、その上でという話だと改めて言っておきたいと思います。

杉江 受賞するかどうかは別として、書きつづけてもらいたいですね。今回は全員が初候補なわけですけど、正直飛び抜けた才能というのはいないわけです。だったら最も知名度のある加藤シゲアキに授賞するというのが、直木賞の戦略としては一番正しくはあるんですよね。ぜひもらっていただいて、直木賞の名を世に知らしめてくださいと。きっと期待には応えてくれる書き手だと思いますよ。

批判しにくい『八月の銀の雪』

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