2009年、神聖かまってちゃんと出会った夜(磯部 涼)
2008年に結成した神聖かまってちゃんは、翌年『SUMMER SONIC 2009』に出演。美しいメロディ、繊細な歌詞、それとは対照的に過激なライブが話題を呼び、急激にファンを増やしていく。『クイック・ジャパン』に初登場したのもこのころだった。
ここでは、2009年に掲載された記事をWEBで初公開する。音楽ライターの磯部涼が初めて彼らに取材を行った日の記録であり、10年前の神聖かまってちゃんの言葉が綴られている。
結成から12年が経ち、それぞれが年を重ね、ちばぎんは脱退した。神聖かまってちゃんが3人で新たなスタートを切ろうとしている今、改めて彼らの原点を振り返ろう。
※本記事は、2009年12月11日に発売された『クイック・ジャパン』vol.87掲載の記事を転載したものです。
目次
彼らの真価を知るために、取材を決めた
「退屈? いや、退屈よりもっと深いところです。ショベルカーでガァーガァーガァーって土を奥深くまでマグマを探すがごとく、黄金探すがごとく。そんな作業なんです、メロディー探しっていうものは、はい……って普通じゃねぇか! もっと女子高生みたいなインタビューしろよ!」
の子はマイクを掴みながらそう叫んだ。そのマイクは、数日前に彼がライブハウスで掴んでいたものよりはよっぽど頼りない小さなものだったけれど、対して彼の仕草はそのときよりはよっぽど生き生きとして見えた。「なんだよそれ、好みのタイプでも聞けってか」。僕は苦笑いして突っ込みつつも内心、感動していた。
一方、の子はその言葉を無視し、興奮して半分潰してしまった発泡酒をぐいっと飲み干すと、焦点の定まっていない目をまた机の上に置かれたノートブックに向け、そこに写った自分の顔の上を流れていく無数のセンテンスに対して、ギャーギャーと叫び始めた。さっきのはっきりとした口調とは対照的に、僕にはその言葉は文字化けのように聞こえた。
神聖かまってちゃんというバンドの名前は少し前から、時折耳にするようになっていた。若いバンドらしい。ライブハウスよりもインターネットをメインに活動しているらしい。
『SUMMER SONIC』では楽屋でネットに夢中になって機材準備が遅れ、1曲しか演奏できなかったらしい。オシリペンペンズとの対バンではステージで体を切り、最前列にいた女の子に血飛沫を浴びせたらしい。
あぁ、どうせ、コンセプチュアルでシアトリカルなバンドだろう? 僕は無視してやり過ごそうと決め込んでいた。そこにインタビューの依頼が来た。なんでも取材を、ネットで生配信したいとのこと。よくわからないけど、とりあえずはライブを観てから。余計な先入観をこれ以上持たないように、彼らが動画サイトにアップしている膨大な映像も、できたばかりだという3曲入りのCD-Rも聴かずに会場に向かった。果たして、そこで観たものは、ちゃんとかっこいいロックンロールバンドだった。
特に、メンバーや客に悪態をつきながら、美しいメロディとナイーブなリリックを紡ぎ出すボーカリストの佇まいが印象に残った。要するに僕がいぶかしんでいた要素はそのコントラストにおける前者だったのだ。それと対比を描く彼らのオーセンティシティこそを知るために、取材を決めた。
「誰だ、お前?」の子が住む街、千葉ニュータウンへ
「なんかデヴィッド・リンチの世界の中にいるみたいですね」。後部座席で編集N嬢が呟く。東京を出て2時間、時刻はもうすぐ12時を回ろうとしていた。車は街灯のほとんどない一本道をもう10分ばかり進んでいる。ただでさえ悪い視界は強さを増してきた雨に完全にかき消された。ハンドルを握るレーベルU氏の緊張が伝わってくる。
「何だこれ?」。その時U氏が突然声を上げた。見れば、暗闇の中にボウっと浮かぶカーナビが奇妙な画像を映している。真っ直ぐ続く赤い線があるところからとぐろを巻き、その真ん中に目的地がある。「これ、真っ直ぐは行けないのかな?」。
窓の外に巨大な団地群が現れた。千葉ニュータウン。関東随一の大きさを持ち、建設から30年が経つため、最近では老朽化が不安視されている巨大団地郡。敷地内は一方通行が多いため、車では場所によってかなり回り道をしないと辿り着けないのだ。「ここ……みたいですね」。 あたりを見回していると、暗間の中で誰かが手を振っている。かまってちゃんのメンバーたちだ。表情が少し困惑している。「おつかれさまです。実はもう、の子が先に始めちゃってて……」。
促されるままに団地のある一室のドアを開けると、そこにあった光景に目を疑った。破れた壁紙、外されたドア、シンクに、テーブルに、床に、散らかる物、物、物。その先に、パソコンに向かってギャーギャーとわめき散らす青年のうしろ姿が見える。マイクと発泡酒を持つ腕にはびっしりと切り傷が並んでいる。
「えーと、おじゃまします」。部屋に入っていくと、青年が振り返った。目が飛んでいる。「んあ? 誰だ、お前?」。イエロートラッシュという言葉が浮かんだ。そこがボーカリスト、の子の生まれ育った部屋だった。