タイの大物ラッパーがBABYMETALとのコラボで取り戻した“自信”。F.HERO「私たちはヒップホップでひとつになれる」
タイを代表するラッパー/プロデューサーのF.HERO、BABYMETAL、タイの人気ロックバンド・BODYSLAMがコラボ曲「LEAVE IT ALL BEHIND」をリリース。バンコクで撮影したというMVも発表された。
同曲を聴くとわかるとおり、タイのヒップホップ、ロック、そして日本のメタル、J-POPというさまざまなカテゴリーの音楽がかけ合わされ、新たなシナジーを生んでいる。今年はタイで初めての『サマーソニック』も開催されるというニュースもあったが、今後ますますアジアの中で音楽のクロスオーバーが起こることが予想される。だからこそ各国にどのような音楽シーンがあり、どういった価値観のもと作品が作られているのかというのは、背景として知っておきたい。
そこで今回はF.HEROに、タイのヒップホップやポップミュージックの近況についてインタビューを実施。タイの音楽レーベル「HIGH CLOUD ENTERTAINMENT」のファウンダーである彼は、2022年にはLDH JAPANとパートナーシップ契約も締結。LDH所属アーティストとのコラボをはじめ、国境を超えた活動で注目を集める存在でもある。
さらに、近年ヒップホップの人気が高まっているタイでは、これまでマーケットのシェアを占めてきたT-POP(タイのポップス)やロックといったジャンルに次ぐカテゴリーとして定着しているような変化も見られている。ぜひ、本稿で紹介されているアーティストの作品を聴きながらタイの音楽を感じてみてほしい。タイを入口として、マレーシアやシンガポール、フィリピン、ベトナムといった東南アジアの音楽を聴いてみるのもおすすめだ。
背中を押してくれた、KOBAMETALのひと言
——BABYMETALとのコラボ曲「LEAVE IT ALL BEHIND」をリリースされました。過去にもBABYMETALとはコラボされていますが、あなたが考える、彼女たちの魅力を改めて教えてください。
F.HERO 彼女たちの、今までのメタルの文化の枠からはみ出した勇気ある活動スタンスを尊敬している。(BABYMETALを手がけるプロデューサーの)KOBAMETAL含め、集っているミュージシャンが皆プロフェッショナルだよね。制作を進めていく上で、彼らとやりとりしていたんだけど、こちらのことを尊重してくれるんだ。すごく感謝してる。たくさんアドバイスもくれるし、勝手に(KOBAMETALを)「パパ」と呼んでいて家族のような存在だよ。だから、自分もメンバーの3人にとって“いい兄貴分”でありたいんだ。
——KOBAMETALさんたちからは、具体的にどのようなアドバイスをもらいましたか?
F.HERO BABYMETALとは2019年に初コラボをしたんだけど、そのときはSNS上でたくさんの批判を受けたんだ。なぜF.HEROとコラボするんだ? なぜタイ語が入るんだ? BABYMETALの世界観に合ってないだろ?って。それでけっこう落ち込んでたんだよね。
気持ちが晴れないまま横浜アリーナでのライブに参加させてもらう機会があったんだけど、もうその時は自信がなくなった状態で。そのときに、KOBAMETALがステージ裏で「自分に自信がないのはわかった。でも、あなたを選んだ俺のことは信じてほしい」と言ってくれたんだ。カッコいい言葉だよね。お父さんが息子にエールを贈ってくれているような気持ちになったよ。おかげで、その日のライブはいいパフォーマンスを発揮できた。
——素晴らしいですね。今回の曲では、BODYSLAMも曲に関わっています。三者での制作はどのように進めていったのでしょうか。
F.HERO 3組の音楽スタイルがバラバラだったけど、プロデューサーのMAG The Darkest Romanceがうまくまとめてくれた。もともと自分と仕事をしてきた人なんだけど、彼がBODYSLAMの大ファンで。もちろんBABYMETALの音楽も聴いてきているから、皆のいいところをピックアップしてくれたよ。
タイのヒップホップ事情、T-POP独自の個性とは
——タイではBODYSLAMのようなロックが盛んな一方で、最近はヒップホップはどのような受容をされているのでしょうか?
F.HERO 安定した人気を誇っている。でも、『The Rapper』や『Show Me The Money Thailand』といったオーディション形式のラップ・バトル番組が大人気だった4~5年前からすると、少し落ち着いたかな。どちらにせよ、ヒップホップはもうメインストリームになってポップやロックと同じようなメジャーな枠に入ったんだ。「ラップで食べていけるんだ」ということに皆が気づいた。それまでは、なりたい職業を小学生に聞いても、ラッパーというのは挙がらなかった。当たり前だよね。でも、今はそういった声も聞こえ始めてる。
——『The Rapper』や『Show Me The Money Thailand』は、今もまだタイでテレビ放映されているんですか?
F.HERO 今はもう放送されていない。だから、ややヒップホップの熱は大人しくなってきてはいる。それでも人気のある音楽ジャンルのトップ5には入ってるけどね。今一番人気がある音楽はT-POP。T-POPのアーティストとラッパーがコラボするということも多い。
——T-POPの音楽的な特徴を、どのように捉えていますか? なぜ近年あんなにも人気を得ているのでしょう?
F.HERO T-POPはペンタトニック・スケール(7音構成から“ファ”と“シ”を省いた5音で構成される音階のこと)を取り入れていて、それが国内でヒットしやすいんだ。もともとタイのルクトゥン(タイ民謡をルーツに持つ歌謡曲)ではよく使われていて、それが現代的になっただけで、聴きやすさは共通している。皆はルクトゥンとT-POPを違うジャンルと認識しているけど、はっきりとした共通点があるんだよ。
——なるほど。ちなみに、ラップ・バトル番組出身のラッパーと、それ以前からある従来のラップシーンは交流はあるのでしょうか。
F.HERO 番組出身のラッパーとそれ以外のラッパーとの交流は普通にある。というのも、タイの人たちはあまりシーンとかコミュニティを細かく考えていない。タイの国民性なんだろうけどね。タイでは「ง่ายๆ(NGAI NGAI)」という言葉があるんだけど、「イージーで行こうよ!」みたいな意味なんだ。
あとは、タイではそもそもアーティストになれる人が少ないという違いもあるよね。ほんのひと握りの人しか頂上にのぼり詰められないから、そこまで行ったアーティスト同士はもう誰とコラボしようが何しようがリスペクトされる対象というか。
コラボといえば、ポップ畑の音楽とヒップホップ畑の音楽はサウンド的にも合うところもあると思う。日本でも、(タイの3人組ヒップホップ・ダンス・グループ)Bear Knuckleや僕と、LDHのPSYCHIC FEVERがコラボした例があるし、JP THE WAVYもPSYCHIC FEVERとは一緒にやってるよね。グローバルのポップシーンに対して、アジアのアーティストたちはどんどん手を取り合っていくべきだと思う。ラッパーであるSKY-HIがダンス&ボーカルグループをプロデュースしてるのも、おもしろい事例だよ。もっというと、ヒップホップはそれだけでひとつの国なんだよね。タイと日本と中国と韓国でバラバラではなく、私たちはヒップホップというつながりで国を作れる。
——タイ語とラップの相性はいかがでしょうか。日本語は母音が多いこともあり、母国語をいかにラップに溶け込ませるかという試行錯誤が長らく試されてきました。
F.HERO タイ語のラップの難しさは、音のトーン。タイ語は、高域/中域/低域の音を使い分けることで意味を表現する。トーンを変えるだけで、ニュアンスが絶妙に変化するんだよ。そういう意味では、ラップとの相性はあまりよくないかもしれない。でも、タイ人は昔からスローガンを作るのが好きなんだ。いい感じの言葉をつなぎ合わせてキャッチーなフレーズを作る。だからラップ的な言葉遊びに対するなじみはあるんだよね。
——なるほど。リリックはいかがでしょうか。日本のヒップホップでは、どこに出自を持つかというルーツだったりアイデンティティだったり、あるいは「リアルであること」が重視されます。タイのヒップホップにおいてもそういった価値観はありますか?
F.HERO たとえばCHONBURI FLOWのように、自分の所属しているギャングのことを歌っているラッパーはいる。ただ、ギャングといってもタイではちょっとヤンチャしてるくらいの人たちであって、アメリカのギャングと比べるとかわいいものだよ。ヒットする曲というのは、クラブでのシーンを描写した曲が多いかな。恋愛系だよね。あとは「みんなで飲もうぜ!」というテンションのクラブ・バンガーな曲。
——タイのヒップホップについて、ラッパーの情報は日本にも入ってくるのですが、ビートメイカーについてはほとんど入ってきません。人気のビートメイカーにはどのような人がいるのでしょうか?
F.HERO タイで一番のビートメイカーはNINO。なぜビートメイカーがタイで有名になれないのかというと、法整備がされてないからだと思う。著作権も全然浸透してないし、ビートを作ってお金を稼ぐということができない。そのあたりはタイの音楽シーンの課題だよ。ビートメイカーって、買い切りが多いんだ。そうなると印税が入ってこないから、1曲作って2,000バーツくらい(注:現在のレートで約8,000円程度)。
——ビートメイカーは買い切りが多いというのは、日本も同様の状況です。
F.HERO そうだよね。あと、おすすめのタイのビートメイカーはBrownzer、Spatchie、Mayojames。3人ともタイのヒップホップシーンで知名度があるからチェックしてほしい。
タイは“玄関口”の役割を担っている
——今年は『サマーソニック・バンコク』として、『サマーソニック』がタイでも開催されることになりましたね。どのような感想を抱きましたか?(※本取材後、『サマーソニック・バンコク』第1弾アーティストとしてBODYSLAMとともにF.HERO、BABYMETALの出演が発表された)
F.HERO すごくうれしい! なぜなら、タイでは日本は人気の国なんだ。タイの街中を歩いてる人に「あなたはどこの国が好きですか?」と聞くと、絶対に日本が一番に来るはず。タイの人たちは小さいころから、日本のカルチャーに触れてきてるからね。あと、タイは東南アジアにおける玄関口の役割を担っていると思う。ぜひ『サマーソニック』はタイをきっかけにマレーシア、フィリピンといった東南アジアにどんどん進出してほしいよ。
——F.HEROさんが運営するレーベル「HIGH CLOUD」は最近どういった動きを仕掛けているのでしょうか。今後、目指していきたい方向はありますか?
F.HERO 今後も日本とコラボレーションを展開していきたいし、中国や韓国ともつながりを強めていく。アジア全体として盛り上げていきたいよ。それにF.HERO個人としてもいろいろなアーティストと一緒にやっていきたいから、楽しみにしてて!
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