須磨の海の青い広がりを思い返しながら
この回転展望閣の3階には「コスモス」という喫茶スペースがあって、床がゆっくりと稼働してぐるっと景色が一回転する。この喫茶スペースがあるから「回転展望閣」という名がついているわけである。昭和中期に日本のあちこちに作られ、今はだいぶその数を減らしてしまった貴重な“回転レストラン”のひとつがここに残っているのだ。受付で缶ビールと「えびピラフ」を注文して席につく。
広い窓の外に海岸線が見え、あれはさっきまで自分がいた須磨駅前の砂浜だ。じわじわと時計回りに窓の外の風景が回転していき、淡路島へと延びる明石海峡大橋が見えてくる。スピーカーからは優しい音量で90年代のJ-POPが流れ続けていて、PUFFYや安室奈美恵やX-JAPANのTOSHIの歌声が聞こえてくる。缶ビールと一緒に出されたプラカップの下にはこの喫茶スペースオリジナルのコースターが敷かれていて、これは伊藤太一さんという神戸の画家の手掛けたものだとか。回転展望閣の前に立つ少女、ロープウェイと須磨の海、リフトに乗る少女が描かれた3種類のデザインがあって、どれも可愛らしい。墨を塗った紙をカッターで切って絵柄を作る「彫画(ちょうが)」という独自の手法で描かれているという。もったいなくてリュックにしまった。部屋に飾ろう。
スプーンで口に運ぶピラフの味は、いつかどこかで食べたような味で、それがまたいい。椅子に座ってビールを飲んでいれば風景の方が勝手に回ってくれるなんて、考えてみたらなんとナマケモノな発想なのだろうか。怠惰で、考えた人のことがたまらなく愛しくなるようなアイデアだ。
このまま窓の外が夜景に変わるまでここにこうしていたい気もするが、営業時間は夕方まで。いつまでもこの場所がありつづけますようにと祈りつつ外に出る。駅から回転展望閣へはロープウェイだけでなく、「カーレーター」という乗り物にも乗っていくのだが、このカーレーター、ガタガタと激しく揺れ、その乗り心地の悪さも含めて有名になっている。何度乗っても揺れに慣れず、笑ってしまう。
ロープウェイの先頭から徐々に近づいて来る海を眺めるのもまたいい。砂浜で海に触れ、今度は山の高みから海を見て、と、神戸は風景のバリエーションがたくさんあって、それぞれを簡単に行き来できるのがいいなと思う。電車に乗り、あっという間に大阪に戻ってきた。ただじっと海を眺めながらお酒を飲んでいただけのような時間だったけど、気持ちが柔らかくほぐれた気がする。
帰宅後、いつも食べている袋タイプのインスタントラーメンを作ってそこに買ってきた須磨海苔を乗せて食べてみる。磯の香りが濃厚で、なんでもないラーメンがいきなり高級感のある味わいに。海苔は魔法の紙だ。須磨の海の青い広がりを思い返しながら、海苔の味わいの溶けたスープをズズッと飲んだ。