嘘でも感情を刺激すれば信じてもらえる世界で、『亜人ちゃんは語りたい』は嘘をちゃんと説明する

2020.2.23

感情に訴える

この作品はもちろんフィクションです。この世界に亜人は存在しません(たぶん)。マンガという自由度が高いエンタメにおいて、亜人がいるという設定、言ってしまえば「嘘」をベースにして描かれていて、だからこそマンガ的おもしろさがあるわけです。

一方で、「亜人が亜人として普通に世間に溶け込んで存在している」という嘘以外、理論に破綻がないように注意深く書かれています。亜人がいることを除けば、すべてが辻褄が合うように設計されています。

今の世の中では、「理解」よりも「納得」が優先されることが多くあります。トランプ大統領以降、オルトファクト、ポストトルゥース、フェイクニュースなどの単語が多く使われるようになりました。オルトファクトは「もうひとつの事実」くらいの意味で、フェイクニュースは「嘘のニュース」ということですが、たとえ嘘でも、感情を刺激し、納得させてしまえば、嘘が信じられてしまう世の中になっている気がします。

マスメディアが主流だったときは、ファクトチェックがされ、裏がとれ、それを流すことで一定のブレーキがかかっていました。もちろん、ミスはあったでしょうが、それでも、専門家ではない人が無責任に情報を流し放題でいる、ということはありません。

しかし、今は誰でもTwitterなどで直接発信できるので、ひたすら嘘のことでも感情を刺激するようなことであれば、そちらを信じてしまう。そんなことが起こりやすくなっています。ワクチンの専門家が「ワクチンは必ず打ったほうがいい」と頭でわかっているけど、反ワクチン派の意見を目にしているうちに、自分の子供にワクチンを打つときに迷ってしまった……という例も見ました。

嘘を信じてもらうのはとても簡単なのかもしれません。感情を刺激し、不安をかきたて、敵意を呼び起こせばいいからです。そこに、理屈の説明はいらないのです。

そんな社会の雰囲気の中、『亜人ちゃんは語りたい』は「亜人が世間に溶け込んで生活している」という大きな嘘をつきつつ、他はすべて、丁寧に理屈を説明している、という点がとてもおもしろいのです。「ヴァンパイアはニンニクが嫌い」というのは、別に説明できなくても共有できている設定のはずなんですが、それをしっかり理屈で説明してしまう。

世間では、嘘をついたときに説明をしなくても信じてもらえます。なのに、このマンガでは、「亜人がいる」という誰でもわかる大きな嘘をついていて、その性質についてちゃんと説明する必要がないのに、徹底的に説明をしているわけです。

フィクションのおもしろさを、さらに裏返して「フィクションに理屈をつけていく」という点で、このマンガは稀有なおもしろさを出しています。おすすめの1冊です。

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けんすう

2004年、JBBS@したらばをlivedoorに事業譲渡、2006年からリクルートにて事業開発室に所属。2009年にnanapiを創業。KDDIに2014年にM&Aされ、2019年にマンガサービスの「アル」を提供するアル株式会社を創業。

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