人生初の煙草は、クソ店長に気に入られるためのKOOL|納言・薄幸、人生の起点となった一服


クソ店長に気に入られるには

当時20歳の私は悩んでいた。
どうすればもう少し働きやすくなるのか。
融通は利くし、時給も高いからなるべく辞めたくない。
ただ、いくらなんでも働きづら過ぎる。
店長と仲良くなれば少しはやりやすくなるはずだ。

何個か前にバイトしていた寿司屋のパートのおばさんは、とことん嫌味な人で、バイトの皆に嫌われていた。
そんな中私は、腹立つ気持ちを押し殺し、常に気に入られる態度を心がけていく内に、いつしか懐に入る事に成功し、唯一可愛がって貰える様になった。
その経験上、私は上の立場の人間に気に入られる確固たる自信があった。

クソ店長に気に入られるにはどうしたら良いのか。
ふと閃いた。
アイツはめちゃくちゃ煙草が好きだ。
奴は会話や愛嬌なんて通用する相手ではない。
ハタチになりたての私が考えに考えた結果辿り着いた答え。
『一緒に煙草を吸ってみよう。』

煙草に詳しくない私は味の違いも分からないので、友達が吸っていたという理由からKOOLを選んだ。
KOOLを握りしめバイト先に向かう。
この日は珍しく、開店準備をする16時から店長が出勤する。
まあ開店準備をするのは、ほとんど私なのは言うまでもない。
そんな事、今日は関係ない。
店長はギリギリの16時ピッタシに出勤する。
私は15時半頃から、バックヤードで店長を待つ。
机にはKOOLとライター。準備は万端。
“バコンッ!!”
店長の出勤の音が響く。
ドアを足で開ける音だ。
ツカツカとバックヤードに向かってくる足音。
“ガチャ!”
店長がバックヤードのドアを開けて入って来る。
残念ながら、ドアノブがあるからバックヤードのドアは手で開けなくてはならない。
「おはようございます!」
私の挨拶は、もちろんの事シカト。
店長がいつもの様に椅子に腰掛け煙草を吸う。
時は来た。
箱からKOOLを一本取り出して口を開く。
「私もご一緒良いですか?」
キョトンとしながら店長が言う。
「へー!お前吸うんだ」
これは、恐らく成功だ!!!
「そうなんです、吸います!失礼します!」
ライターで火をつけ人生初の一吸い。
味は苦くて煙ったいだけだった。
でも、そんな事よりこれから店長と仲良くなれるんじゃないかという希望でいっぱいの私には、
美味しく感じた。
無言で2人で煙草を吸う。
会話はいらない、心地良い時間。
店長と同じタイミングで煙草を消す。
すると店長が、私の方を真っ直ぐ見ながら口を開く。

「クビだよ、お前クビ!」

何か、クビになったんですけど。
混乱している私に店長が続ける。
「俺煙草大好きなんだけど、他人の煙草の匂い嫌い。だからクビ!帰って良いよ!」
どこまでもドクソったれだった。
何なんだコイツ。
仲良くしようとしたらクビになったんだけど。
我慢の限界が来た私は、その場で3本程KOOLを吸ってやった。
「お世話になりました!」
店を出る時、ドアを足で蹴って開けようかと考えたけど、中から外に出る時は引くから無理か、と諦めた。
その辺を冷静に考えられる私は、まさにクール
だね。
なんつって。

クビになって慌てて見つけた次のバイト先の居酒屋は、良い人だらけだった。
煙草吸う人ばかりで、全員平等に煙草休憩が貰える。
閉店後は皆で煙草を吸いながら、ワイワイお酒とご飯を食べてから帰る、という素敵なバイト先。
煙草を吸い始めて良かったな、とこの時思った。
人生初の一服はクビになるという苦い思い出だけど、そのおかげで良い人達に巡り合えた。
KOOLはそんな若かりし時の、思い出の煙草だ。

連載納言・薄幸の煙たい記憶は、毎月1回の更新予定です。

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薄幸(納言)

(すすき・みゆき)お笑い芸人。1993年生まれ、千葉県出身。安部紀克との男女コンビ「納言」のメンバー。「三茶の女は返事が小せえな」「渋谷はもうバイオハザードみてえな街だな」など“街ディス”ネタが人気のコンビ。バラエティでは薄幸のヘビースモーカーっぷりや大酒飲みのやさぐれキャラクターにも注目が集まって..

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