ラース・フォン・トリアー『メランコリア』のような鬱病ヒロインのセラピー映画
性別は違えども監督の分身というべきダニー役に指名されたフローレンス・ピューは、掛け値なしに今最も注目すべき若手女優のひとりだ。ただならぬ緊迫感がみなぎる文芸映画『Lady Macbeth』(2016年・日本未公開)で英国インディペンデント映画賞の主演女優賞を受賞し、パク・チャヌク監督がジョン・ル・カレのスパイ小説を映像化したTVシリーズ『リトル・ドラマー・ガール 愛を演じるスパイ』(2018年)、Netflixの心霊ホラー『呪われた死霊館』(2018年)などに相次いで主演。これらの作品で繊細かつ生々しい感情表現を披露する一方、近作『ファイティング・ファミリー』(2019年)ではWWEの実在の女子プロレスラー、ペイジに扮し、豪快な肉弾ファイトを体当たりで演じてみせた。
さらに『ミッドサマー』の次に出演した『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(2019年)では、マーチ家の4人姉妹の末っ子エイミー役でアカデミー賞助演女優賞にノミネート。スカーレット・ヨハンソンと共演するマーベル・コミック大作『ブラック・ウィドウ』(2020年)も待機中だ。
『ミッドサマー』の主人公ダニーは、ホラーにありがちな絶叫ヒロインではない。白夜の陽光が降り注ぎ、美しい花々が咲き乱れる大草原を訪れた彼女は、家族の死の残像にうなされ、カルト集団の奇怪な儀式を目の当たりにしてとてつもない衝撃を受ける。そして時間感覚や平衡感覚が朦朧(もうろう)とするなか、前述したように“どん底”から出発したダニーの心の旅路は思いがけない方向へねじれていく。そこにこの映画の特異なおもしろさがある。
あてどなく大草原を浮遊するフローレンス・ピューの一挙一動に見入り、終始虚ろなダニーの視点で本作を観ていくと、あら不思議、狂気の奇祭ホラーはいつしかファンタスティックな白昼夢のセラピー映画となり、暗黒の絶望は歓喜の解放へと変容していく。こんな映画体験をもたらす類似作品はなかなか思いつかないが、強いて挙げるなら鬱病のヒロインを主人公にしたラース・フォン・トリアー監督の異色ディザスター・ムービー『メランコリア』(2011年)に近いかもしれない。
やがて祝祭のカタルシスが極限まで高まるエンディング、それまでウジウジと悲しみの涙に暮れていたフローレンス・ピューの驚くべき“顔”に注目してほしい。はたして幾多の凄まじい喪失を乗り越え、生まれ変わりを遂げた人間の顔に何が浮かぶのか。そこには、あらゆる観客を鬱な気分にさせた救いなきバッドエンディング映画『ヘレディタリー/継承』とは真逆のエネルギーが、不条理なまでにまばゆくきらめいている。
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映画『ミッドサマー』
2020年2月21日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
原題:MIDSOMMAR
監督・脚本:アリ・アスター
出演:フローレンス・ピュー、ジャック・レイナー、ウィル・ポールター、ビョルン・アンドレセン
提供:ファントム・フィルム/TCエンタテインメント
配給:ファントム・フィルム
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