乃木坂46と『ミッドサマー』の類似点とは?魔術めいた快楽と興奮から見出せるもの
乃木坂46を過激に読み解くツイッタラー・私はこーへが国民的アイドルグループの歩みから、資本主義社会の「地獄」を生き抜くヒントを探る。
今回は、乃木坂46の2017年~2021年の“ミッドサマー性”について。
※この記事は『クイック・ジャパン』vol.164(2022年12月27日から順次発売)掲載のコラムを再編成し転載したものです。
感情や痛みを共有し帰属意識を強める少女たち
前乃木坂回は乃木坂46の優しさに満ちた共同体の萌芽に触れた。続く2017年から2021年は、乃木坂46にとってレコ大受賞や写真集ランキングの席巻、初の東京ドーム公演(2017年)など成熟の期間であり、同時に1・2期生を中心に合計27人ものメンバーが卒業する、グループアイドルにとって避け難き喪失の期間でもあった。
この時期を締めくくる「最後のTight Hug」(※)のMVのテーマは「とある村の祭りの日」で、北欧の民族衣装や花冠、スウェーデンの民俗舞踊など『ミッドサマー』(※)との類似が多くみられる。このMVを観たとき、乃木坂46はホルガ村のような部族・宗教的閉鎖性を有したユートピアだと直感した。今回は『ミッドサマー』の象徴的な祭事と、祝祭性、幻覚剤によるトランス状態のイメージから、乃木坂46の成熟期を説明していく。
※2021年末に発表されたベストアルバム『Time flies』収録の、生田絵梨花卒業曲。MV監督である池田一真氏は、本MVに『ミッドサマー』の世界観を参考にしたことをツイッターで明言している
※アリ・アスター監督、2019年公開のフォークホラー。カルトコミューン・ホルガ村を研究のために訪れた米国の大学生たちが、太陽が24時間沈まないことで時間感覚が狂う夏至を祝う祭を見物するうちに想像を絶する悪夢に遭遇するさまを描く。ホルガ村は1960年代のヒッピー的で、儀式のたびに幻覚剤を使用し、常に自然と一体な生活を送ることで、現代社会から解放されたコミュニティを形成している
ホルガ村では18歳ごとに春夏秋冬で人生を区切る。冬の終わりである72歳になると生命のサイクルを終えたとみなされ、アッテストゥパンという断崖絶壁から自ら飛び降り命を絶つ儀式を行う。当人はこれを喜びをもって実行し、村人たちは温かく見守り祝福する。卒業コンサートもまた、共同体との別れの儀式であり、メンバーは乃木坂46内での生命のサイクル(※)を意識し、季節に応じた役割を自然と把握し担ってきた。
※春は期別活動、夏は後輩としての活動期間、秋は先輩としての活動期間、そして冬は卒業発表から卒業コンサートまで。1・2期生のみでは立ち上がらなかったサイクル(先輩・後輩の関係性)が、3・4期生の加入により生まれた
橋本奈々未卒業シングル「サヨナラの意味」(2016年)は以降の卒業ラッシュに向けた楽曲で、“サヨナラに強くなれ”という激励は、涙を流さない強さを意味しない。「全員が家族であり、感情や痛みを共有すべき」というホルガ村の教示と同じく、ともに涙し通じ合うことで結束を強め、次の段階へ向かう勇気や希望を見出し、喪失に耐えうる共同体となる──そんな“悲しみの先に続く僕たちの未来”を志向していた。卒業者が出るたび、自らの歴史を強く再認識することで、乃木坂46を守っていく意志と彼女たちの帰属意識はより強固になった。
またホルガ村の「メイクイーン決定戦」のように、乃木坂46では年3回表題曲のセンターが選出され、女王に選ばれた主人公のダニーと同様に、期間内は中心人物としての活動を祝福される。その上で、アリ・アスター監督の「王位だけでなくトラウマも継承される。王冠はとてつもなく重いものだ」との発言の通り、選ばれたメンバーはライブやヒット祈願を通して乃木坂46のセンターの重圧に向き合ってきた。
この重圧をほかのメンバーが優しく包み込み、センター経験者が労わり、ひとりで問題を抱え込まないことで、一層集団意識を強める。これにより、無理のない範囲(かつ自身が担える領域)での相互扶助がどのメンバー間でも成り立ち、乃木坂46は愛に満ちた共同体となった。そのため、乃木坂46にとっての王位=センターは争い奪うものではなく、ホルガ村と同様に祭事の中心人物以上の意味を持たない。乃木坂46の顔であった生駒里奈が裏センター(※)での卒業を選んだのは、卒業センターによる継承の停滞を防ぎ、世代交代を進めるための決断だった。
※2列目真ん中のポジションのこと。生駒里奈は「長く歌い継がれて欲しいと思い、表題曲が私の卒業シングルになってほしくなかった」という理由で、卒業センターの打診を断り、このポジションで卒業を迎えた。それ以降、若月佑美、堀未央奈、松村沙友里、高山一実ら主要メンバーも、卒業時にこの位置に就いている
資本主義の外側への想像力を掻き立てるカタルシス
彼女たちは乃木坂46内でのさまざまな通過儀礼や祝祭(ライブのような集団での文化的営為)を経て連帯感と忠誠心を育み、共同体内で生産的な関係を築いている。そして、活動を通して強大な集団的役割の一部として自身を捉えることで自信を獲得し、個人の能力を開花させ、それをまた乃木坂46へと還元している。
ここでは、愛を与え、受け取り、返礼する、淀みなく贈与が循環するエコシステムが構築され、この利他的な空間に観客が魅了され続けたことで、乃木坂46の一回性たる『スタンド・バイ・ミー』性の伝統化と継承は成功した。その上で、乃木坂46は「シンクロニシティ」で“すれ違う見ず知らずの人よ/事情は知らなくてもいいんだ/少しだけこの痛みを感じてくれないか?”と歌う。
この歌詞は個人主義に対するユートピア的解決策で、“胸の痛みも76億分の一になったような気がする”共同体構築への願望を表している。社会に向けたこの呼びかけは、乃木坂46が達成している“痛みの共有や優しさによる連帯”の地球規模での拡大を掲げたものだ。ここに祝祭が生み出す集団的な感情の共鳴、そのカタルシスによって資本主義の外部への想像力を育む「アシッドコミュニズム」(※)との接続を見ることができるのではないか。
※「資本主義の終わりより、世界の終わりを想像するほうがたやすい」。世界の現状を“資本主義リアリズム”と概念づけた批評家マーク・フィッシャーが生前最後に取り組んでいた未完の著作における主概念。“資本主義リアリズム”に対抗し、1960年代のカウンター・カルチャーがアシッド(LSDやMDMAのような幻覚剤)と共にもたらした変革の可能性に活路を見出し、アナロジーとしてアシッドという語を用い、集団的な意識の向上から世界の別のありようを見出し「外側」を目指す想像力の創出を目指した。アシッドは時間感覚を狂わせ、日常を退屈にする緊急性(時間に追われること)を無化する。文化的な陶酔によって、このような時間感覚の変化を生み出すことでもまた、「何をしたって無駄で社会が変わることなどないのだ」という再帰的無能感から脱せるはずだ、とマーク・フィッシャーは考える
アシッドコミュニズムとは、社会の変わらなさ・限界に対する人々の意識変革を促す運動である。乃木坂46が集まり演舞する場には、このアシッドコミュニズム的空間が出現しているのだと思う。その証拠に、乃木坂46の2ndドキュメンタリー映画『いつのまにか、ここにいる』の監督・岩下力は「レコ大の授賞式(2018年)の裏で、みんなで気持ちをひとつにするシーンにおいて、完全に魔術めいているというかスピリチュアルなものを感じた」と答えており、ファンもまた、感情の伝播が異様な一体感や祝祭性を生み出す光景を、聖地・神宮球場でのライブで目撃してきた。集団意識が高まる場では熱狂ゆえに人は動物化し、観客も含め誰もが等しく興奮と快楽を得る。そうした感情を共有する中で、ダニーと同様に「私はここにいていい」と集団から肯定される感覚を人々は受け取ることができる。
共同体における“ミッドサマー性”とは「集団での贈与の循環と祝祭によるカタルシスによって、共同体内で自身の存在が肯定され、主体性を獲得していく性質」のことである。私たちは持続可能な共同体を築き、その上で平等主義的かつ民主的な熱狂による多幸感を身体的に経験する。その先に集合的な喜びに満ちた世界(ユートピア)を見出すことで、資本主義リアリズムの打破へと歩みを進めることができるのだ。
『乃木坂46、終末のユートピア』は『クイック・ジャパン』vol.163から開始した短期連載です。この記事のつづきは、vol.165でご覧いただけます。
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『クイック・ジャパン』vol.164
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