“37秒間”が運命を分けた?ポジティブに生きる脳性麻痺者のリアルな青春物語
映画のタイトルは『37セカンズ』――生まれるときに37秒間、呼吸が⽌まっていたことで脳性麻痺者となったユマを主人公にしたフィクションである。ただし、ドラマの主演を務めるのは主人公と同じ症状を持った佳山明。
障害をテーマにした映画には重くなりがちなものが多いけれど、本作はすこぶるポジティブに仕上がっている。夜の新宿の歌舞伎町から世界に旅立つ少女を主人公にした青春冒険ロードムービー。ぜひ軽い気持ちで劇場へ観に行ってみてください。
未知の世界へ飛び込んだ主人公が得がたい体験をする「ヒーローズ・ジャーニー」
『37セカンズ』──とてもガッツのある、しかも、いろんなことを感じさせてくれる、画期的な映画だった。
で、本題に入る前にまず、断っておく。筆者の“状況”を。ボクは中途障害者だ。6年前、脳梗塞を発症し、片麻痺になった。利き手利き足……ばかりか、カラダの右サイド全般に未だ重い後遺症が残っている。入院中は車椅子のお世話になったがリハビリ病院を退所後、なんとか自立の方向へ。が、パソコンはほぼ左手のみで打ち、外出する際は右足に装具を付けねばならない。麻痺のツラさに音を上げ、何かと日々、凹むことが多い。
そんなボクにとって、この映画の主人公・ユマは眩しく見えた。生まれるときに37秒間、呼吸が⽌まっていたことからこれまで23年間、そしてこれからも、脳性麻痺者としての人生を引き受けざるを得ないユマ。でも彼女は、すこぶるポジティブなのだ。ボクとは全然違う。その“生き方”に強く、羨望の気持ちが湧いた。
と、そう素直に思えたのはやはり、演技はまったくのビギナー、オーディションでこの役をつかんだ主演の佳山明(かやまめい)が、脳性麻痺の当事者であることが大きい(“37秒間”のエピソードも彼女の実体験だ)。本作は、まごうかたなくフィクションによるドラマなのだが、1カット1カット、「佳山明がユマに、あるいはユマが佳山明になってゆく」ドキュメントでもあって、リアリティーと迫真力が半端ではなかったのである。
おまけに、プロットも独創的でいい。
ユマには不満が募っている。やや過保護な母親(神野三鈴)とのふたり暮らしにも、少女コミックの漫画家(萩原みのり)のゴーストライター生活にも。独り立ちをするために動き出し、原稿を持ち込んだアダルトコミック誌の編集長(板谷由夏)には褒められるも、性経験の有無を聞かれ、「妄想だけではダメ。描写がリアルさに欠ける」と痛い指摘を。そこで、思い切って電動車椅子で向かった先は、夜の新宿の歌舞伎町──。
この東京の片隅の歓楽街が後半、まさか海の向こう側へと旅立つ彼女の“滑走路”であったとは!
本作で長編デビュー、南カリフォルニア大学院(USC)映画芸術学部で学んだHIKARI監督のビジョンはさすが明確だ。未知の世界へ飛び込んだ主人公が得がたい体験をしていき、覚醒しつつ再び元いた場所へと戻ってくる「ヒーローズ・ジャーニー」。そう、HIKARI監督はユマを、青春冒険ロードムービーの迷える、しかしたくましき主役として描いている。すでに名前を挙げた神野三鈴、萩原みのり、板谷由夏のほか、芋生悠、渡辺真起子、石橋静河、宇野祥平、渋川清彦、尾美としのり、大東駿介など、今の日本映画に必須な役者たちを適所に起用しながら。
「自分を変えたい」という意思のもと、オーディションに参加した佳山さんは完成後、海の向こう側へと旅立ち、「第69回ベルリン国際映画祭」へ。パノラマ観客賞と国際アートシネマ連盟(CICAE)賞をダブル受賞した。障害者としても、元健常者としてもボクは、そのポジティブさに本当に憧れる。彼女の「ヒーローズ・ジャーニー」は局面を現実に移し、なおつづいているのだ。
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映画『37セカンズ』
2020年2月7日(金)より、新宿ピカデリーほか全国ロードショー
監督・脚本:HIKARI
出演:佳山明、神野三鈴、大東駿介、渡辺真起子、熊篠慶彦、萩原みのり、宇野祥平、芋生悠、渋川清彦、板谷由夏
配給:エレファントハウス、ラビットハウス
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