史実とリアリティ──美化される悲劇
「ロミジュリ」の愛称でも親しまれる『ロミオとジュリエット』の物語に対して、世の人々はどんな印象を持っているのだろう。やはり“若者の純愛”を描いた「恋物語」だろうか、それとも“憎しみに翻弄される人々の姿”を描いた「悲劇」だろうか。あるいは『Q』に関して筆者が端的に述べたように、「恋愛悲(喜)劇」だと受け取っている人もいるかもしれない。
『ロミオとジュリエット』をどう読んだにせよ、いずれにしろそこには「ロマンチシズム」があるはずだ。あくまで物語はフィクションなのだから当然である。しかしもしも、『ロミオとジュリエット』が史実だったならばどうか。実際に起こった“事件”に非当事者が「ロマンチシズム」を持ち込むのはタブーだろう。
しかし歴史的な悲劇は時を経て、美化される。「ロマンチシズム」が与えられてしまう。そのひとつが「源平合戦」だ。800年以上も昔の出来事であり、社会環境が違い過ぎる時代を生きる私たちにとってはリアリティがない。もはやフィクションに近い感覚がある。エンタテインメントの題材として扱われ、ドラマにもなれば、ゲームにだってなるのだ。
けれどもこれが“先の大戦”──第二次世界大戦だったならばどうだろう。この大きな悲劇を思い浮かべたとき、しばしば私たちは人間というものに戦慄し、悲しみ、涙する。一番の理由は、戦争終結からまだ80年も経っていないため、多くの人がリアリティを持つことができるからだろう。逆説的な言及の仕方をすると、もしもあの「壇ノ浦の戦い」が10年前の出来事であれば、私たちが面白おかしく語ることなどできるはずがないのだ。
世の中のすべての出来事に「物語」が存在するわけだが、それをどのように捉えるのかは各人に委ねられている。そしてその物語の中には、さらに無数の物語がある。巨大な歴史の影に覆われた、小さな個人の物語が。
「ロマンチシズム」を与えるように美化してしまうのは、物語が風化していることの証である。
『Q』に織り交ぜられている史実
これまでの野田作品にも、さまざまな史実が織り交ぜられてきた。
つい先頃、気鋭の演出家・杉原邦生の手によってよみがえった『パンドラの鐘』は「長崎への原爆投下」が、『ロープ』では「ベトナム戦争」が、『ザ・キャラクター』には「地下鉄サリン事件」が、2021年に上演された『フェイクスピア』では「日本航空123便墜落事故」が、『Q』における「源平合戦」のように、何かしらの姿を借りて舞台上に現出した。
野田の描く奇想天外な劇世界に史実が顔を見せたとき、たちまち物語の「ロマンチシズム」は失われる。いや、観客である私たちからすると、“奪われる”という表現のほうが近いかもしれない。史実を史実のまま描くのではなく、きわめてフィクショナルな物語から飛躍させるかたちで史実に接続させることで、私たちの生きる現実と地つづきの「問題」を鮮やかに現出させる。美化されない、美化できない物語だ。
『Q』が織り交ぜている史実は、「シベリア抑留」である。「源平合戦」は“見立て”として姿を借りているだけだ。
瑯壬生と愁里愛はロミオとジュリエットのような悲劇(=死)を免れた“その後”、瑯壬生は「平の瑯壬生」という名を捨て、激化する争いに一兵卒として加わる。それは敵対関係にある者同士のいがみ合いではなく、戦争だ。やがて彼は捕虜として、「シベリア」と思しき北の地で強制労働をさせられることに。戦争によって引き裂かれた瑯壬生と愁里愛は再会する望みどころか、手紙のやり取りすら叶わない。手紙を待ちわびる愁里愛のもとに、瑯壬生からの手紙はたったの1通さえも届かない。ふたりの絶望的な距離は縮まらない。
「戦争が終わった日に、戦争は終わらない」
初演と今回の再演は手触りが異なると冒頭で述べたが、それは「疫禍」と「戦争」がもたらしたものである。
新たに歴史に刻まれた未曾有の「疫禍」は人々の仲を引き裂き、大国が小国を侵略する「戦争」では非人道的な行為が横行している。これがこの時代の現実である。そしてそこには、小さな物語が無数にある。
「戦争終結からまだ80年も経っていない」と先述したが、何をもって“終結”とするかは議論が分かれる。1945年に第二次世界大戦が終わっても、これから「疫禍」が終息しても、そして進行中の「戦争」が終わっても、“その後”を生きる者たちはそれらが遺した悲劇を被りつづけるのだ。
瑯壬生の「戦争が終わった日に、戦争は終わらない」というセリフが端的に示している。
私たちは現在という時代から過去に向けて、そして未来に向けて、祈るように手紙(メッセージ)をしたためつづけるしかない。忘れないために。繰り返さないために。無数の小さな物語を失わせないために。
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NODA・MAP第25回公演「『Q』:A Night At The Kabuki」
作・演出:野田秀樹
音楽:QUEEN
出演:松たか子、上川隆也、広瀬すず、志尊淳、橋本さとし、小松和重、伊勢佳世、羽野晶紀、野田秀樹、竹中直人関連リンク
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